おとどけがかり

初音硝子

epNo.1

  「おとどものですー!」


 暴力的ぼうりょくてきともえる太陽光線たいようこうせんらすなか、コトのこえひびいた。


 見渡みわたかぎ地面じめん全部ぜんぶ硝子がらすおおわれている。


 はしからはしまで硝子がらすおおわれて草木くさき一本いっぽんえていない。


 雨風あめかぜみがかれた硝子がらす日光にっこう乱反射らんはんしゃさせて視界しかいのところどころがしろびしている。


 ぎらぎらとうえからもしたからもらされてちいさなからだ沸騰ふっとうしてしまいそうである。


 左手ひだりれば、巨大きょだい窪地くぼちひろがる。


 窪地くぼち中心ちゅうしんからげるように、いくつもいくつも硝子がらすのしぶきがはじけた瞬間しゅんかん姿すがたのままかたまっている。


 窪地くぼち真中まんなかからはなれるにつれて硝子がらすのしぶきはおおきく、そして大雑把おおざっぱになっていった。


 そしてそのしぶきの外側そとがわつぶされるように硝子がらす泡沫あぶく点在てんざいする。


 中心部ちゅうしんぶでは泡沫あぶくはおろか、しぶきでさえなく、わりにまれあめたまった硝子がらすこなが、さながらゆきのように堆積たいせきしていた。


 まえにある硝子がらす泡沫あぶくはおとどもの受取人うけとりにん、アルイ彫刻士ちょうこくしいえであるはずなのだが……。


  しばらく物音ものおとつづいたあと硝子玉がらすだまつなわせた玉暖簾たまのれんひらいた。


 「やあコトくんじゃないか。久方ひさかたぶりだね。」


 硝子屑がらすくずをはたきながらアルイ彫刻士ちょうこくしてきた。


 こなまみれの作業着さぎょうぎけらえたポケットには何本なんぼんもの彫刻刀ちょうこくとうまれている。


 こげ茶色ちゃいろのねじれまくったかみ適当てきとうれるままにしており、お洒落しゃれなどにはとんと無頓着むとんちゃくそうだ。


 「今日きょう郵便ゆうびんてます。P、C、D4、L3、Hがた入力にゅうりょくポートはおちでしょうか。」


 「じゃあPか。Pがたポートは……Pポート……、ちょっとっててくれ。いまさがしてるから。そうだ、そとにいてはあついだろうから、どうぞがりなさい。」


 「ええっと、はい。ありがとうございますお邪魔じゃまします……。」


 コトは玉暖簾たまのれんをくぐって硝子がらすあわをくりぬいたいえはいった。


 「コトくん所作しょさ少々しょうしょうぎこちないのでは。」


 「そうでしょうね。わたくしほかひとのおうちがるのははじめてなのです。」


 「そりゃなんと!こんなきたないえですまないね。」


 アルイはそこらじゅうならんでいるはこあたり次第しだいまわはじめた。


 「芸術げいじゅつをしているひとがそれをっても謙遜けんそんにはなりないとおもうのですが。」


 「そうかもしれないが、片付かたづいた部屋へやというのはひとつの美徳びとくでしょう。きみはじめて他人たにん部屋へやがこれほどらかっていたのではどこかもうわけないような気持きもちがするのだよ。」


 そういながらアルイはこ今度こんどあたり次第しだいにひっくりかえはじめた。


 「それに、一度いちど最低さいていてしまうと自分じぶん頭上ずじょうにどれくらいの大空おおそらひろがっているかわすれてしまいそうじゃないかい?」


 「どうでしょう。わたくしはこのしょくのせいだとおもうのですが最高さいこう目指めざさずともきていられるので、あまりよくかりません。多分たぶんわたくし大空おおぞらわすれてしまったとしてもそれはたん変化へんかしただけだとおもうのです。」


 「おおコトくんきみはものをわすれたといたときなにかんじるものがないのかね!?」


 アルイ彫刻士ちょうこくし硝子片がらすへん機械きかいらばったゆかさがめてコトのほういて主張しゅちょうした。


 「いえ、なにかんじないとえばそれはうそでありますけれど。」


 「身体からだ内部ないぶがブロンズぞうのようにからっぽになるあの感触かんしょくからないかね?」


 芸術家げいじゅつかがコトにっていく。


 「しかしさっきのは質問しつもん意地悪いじわるぎではないでしょうか。」


 「ん!ああ、すまない。あつくなってしまったようだ。としをとるとおだやかになるというのは本当ほんとううわさぎなかったのかもしれませんな。」


 アルイ捜索そうさくもどふたたびはこまわした。


  そろそろコトはむずがゆくなってきていた。


 「アルイさん。わたくしさがしたほうがいいんじゃないでしょうか。」


 そうコトはいかけたがアルイ歓声かんせいでかきされてしまった。


 「あったぞ!!」


 高々たかだかかかげられた右手みぎてには目当めあての端子たんし変換へんかんポートがにぎられていた。


 「ではよろしくたのむよ。」


 そうってアルイはひだり小指こゆびくと変換へんかんポートの片方かたほうんだ。


 コトは赤色あかいろ肩掛かたかかばんからケーブルをして、もう片方かたほう端子たんしっているほうんだ。


 すこがあり、ピーッと電子音でんしおんがした。


 「はい。転送てんそう完了かんりょうしました。データのれ、とうございましたら西崖さいが本局ほんきょくまでおください。ではわたくしはこれで……」


 すっかり仕事しごとモードになったコトが深々ふかぶかとおじぎをしてかえろうとするとアルイめた。


 「───えと、まだなにか?」


 「いやね、今日きょうさわがしくしてしまった。だからせめてなんだ、珈琲コーヒーでもんでいったらどうだろう。」


 「んー。まあ、今日きょう配達はいたつはもうないですし。はい、いただきます。」


 「どうもありがとう。もう一度いちどになるがさあがってくれ。さっきよりらかったがな。」


 「ええ、まったくですね。お邪魔じゃまします。」


 コトは作業場さぎょうばとおぎたさらにおく台所だいどころめんしたつくえ案内あんないされた。


 椅子いすつくえ硝子がらすけずしてつくられている。


 いえ内壁ないへきにはくも処理しょりほどこされているためそとのようにカメラをいてしまう心配しんぱいはない。


 アルイはろ漏斗ろうと用意よういし、戸棚とだなから珈琲豆コーヒーまめふくろ貯水ちょすいタンクからみずってきた。


 コトはアルイがてきぱきとはたらくのにつれて珈琲コーヒーができていくのを興味きょうみありげにながめながらもどこか浮足立うきあしだ気持きもちでいた。


そそがれたお珈琲コーヒーまめいろかおりとをあずかり、ろからしみした褐色かっしょく液体えきたい漏斗ろうとつたってそのしたかまえる三角瓶さんかくびんに、一滴いってき、また一滴いってきまっていく。


 「それは珈琲コーヒーですか?」


 「ああ。その『珈琲コーヒー』だ。」


 「二度にどほどたことがありますが、んだことはありません。」


 「そうか。それはかった。このまめ移動商隊いどうしょうたいからけたとっておきなんだ。」


 そううとアルイおもしたように作業場さぎょうばしろあしきグラスをってきた。


 「そのグラスは一体……?」


 「こいつはぼく最高傑作さいこうけっさくさ。うんよくけなかった『大理石だいりせき』といういしだそうだ。一目惚ひとめぼれでね。ほかだれにもこいつはわたしたくない、逸品いっぴんさ。元々もともといしちいさくてね。グラスがふたつしかつくれなかったんだ。」


 しろ不透明ふとうめいなグラスがふたつくえかれた。


 「えっと……?」


 コトはアルイかおとグラスをわるわる見比みくらべた。


 「さわって御覧ごらんよ。」


 おっかなびっくりコトはそのしろいグラスをげた。


 コトの予想よそうはんして『大理石だいりせき』のグラスはかるく、またそのふちかみのようにうすけずまれていた。


 そしてしろえたそれはたんなる白色はくしょくなのではなく、くすんでいたり、赤味あかみがあったり、どの角度かくどからてもつぶしではしてない絶妙ぜつみょう光沢こうたくはっしていた。


 「うつくしいだろう。いつかぼくこわれたときにはこいつがぼくわりとなってきるんだ。」


 「すこ人間的にんげんてきぎではありませんか?」


 「さあ、どうだろうな。と、時間じかんだ。珈琲コーヒーができた。」


 三角瓶さんかくびんかたむけてアルイ大理石だいりせきのグラスに珈琲コーヒーをなみなみとそそいだ。


 無論むろんふたそそぎきるとちょうど三角瓶さんかくびんからになった。


 アルイはコトとつくえはさんでかいにある椅子いすすわった。


 「先刻さっきからになっていたのですけれど、どうして椅子いすふたつあるんです?一人ひとりらしではなかったのですか?」


 「いつか来客らいきゃくがあるかもしれないと予感よかんがしたからだ。」


 そううとアルイ珈琲コーヒーのグラスをかたむけた。


 「ほほ、美味うまい。どこでつくられたものなのかはきそびれたがきっとみなみほうなのだろう。コトくんってみるがいいよ。うむ、じつ美味うまい。」


 複雑ふくざつから白色しろいろ石杯せきはいとそれをたすただのくろでない沢山たくさんくろかさなりった液体えきたい


 コトはグラスにくちけ、かたむけた。


 ちび……


 「どうだろう?」


 「───とってもにがいです、でもこうばしくて……。美味おいしい……のかもしれません。本当ほんとう不思議ふしぎです。」


 コトはらないようにしずかにグラスをいた。


 「そうか。じゃあぼくきみ珈琲コーヒーいてくれたのだと、そう解釈かいしゃくするよ。人間にんげんらしくね。」


 アルイはそううと一気いっき珈琲コーヒーグラスをかたむけた。


 まどがないがこの硝子がらすいえかべひかりとおす。


 それゆえ室内しつないあわ青色あおいろまる。


 アルイがグラスをゆらゆらとまわしている。


 「それにしても不思議ふしぎなことだね。ぼくひとでないのにわざわざ芸術家げいじゅつかというひと真似まねごとをしている。何故なぜなのだろうね。」


 「まあ……、理由りゆうくてもかまわないのではないでしょうか。わけもなく行動こうどうするのはとても人間的にんげんてきだとおもいますよ。」


 「いや、きっとなにかある。自分じぶん自身じしん気付きづいていなかろうと行動こうどう理由りゆうとなるものが、なに存在そんざいするのだ。なにもないところにはやはりなにもないのだろう。虚無きょむやぶられるためにはなによりも外的がいてき干渉かんしょう必要ひつようなのだよ。」


 コトは、コトが予想よそうしたとおだまってしまった。


 グラスをげ、珈琲コーヒー一口ひとくちふくむ。


 アルイすでしてしまったようだ。


 からになったグラスを機会きかい見失みうしなったまま神経質しんけいしつもてあそんでいる。


 コトの珈琲コーヒーはもうすこし、あと一口半ひとくちはん程度ていどのこっている。


 これがくなったらここにられる理由りゆうくなってしまう。


 コトはアルイなにかってくれやしないかとねがった。


 行動こうどう選択肢せんたくしっていく。


 むなしいかな、大理石だいりせきのグラスはすぐにからになった。


 グラスは珈琲コーヒーわりとして複雑ふくざつ白色しろいろたくわえている。


 コトはいよいよかえ時間じかんであることを予感よかんした。


 グラスをせきつ。


 「さて、アルイさん。随分ずいぶん長居ながいしてしまいました。わたくしはこれにて。さようなら。」


 「うむ。コトくんさようなら。いや、すまなかったね。さわがしくしてしまって。またたまえよ。今度こんどはしっかりおちゃ準備じゅんびをしておくから。」


 「ありがとうございます。つぎるときはミルクをってきますから大丈夫だいじょうぶですよ。」


 いつのにやらかたむ窪地くぼち西側にしがわ位置いちするこの斜面しゃめんかげはいりもうほとんどよるのようであった。


 しかし外縁がいえんでは硝子がらす地面じめん陽光ようこう貫通かんつうするので、くらがりと夕焼ゆうやけの境目さかいめ一層いっそうあかかがやいていた。


 その斜面しゃめん反対側はんたいがわはまだ西日にしびらされてあか朱色しゅいろまれ桜色さくらいろにもきらめくところがあった。


 「ではアルイさん。さようなら。」


 コトは深々とお辞儀をするとあかかばんをしっかりとなおした。


 窪地くぼちふちまでのぼうしろをかえるとアルイがまだっているのがえた。


 コトはかえすと、安全装置あんぜんそうちはずしていきなりはしした。


 ちいさな郵便ゆうびんさんはずっととお西にしほうかえってった。

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