第16話 勘違い

 

 十階層のボスを倒し、俺たちは呆然としていた。



 ケルベロスの巨体が消え、大きな魔石が床に転がる。



 ついさっきまでの激闘が嘘のように周囲は静寂に包まれていた。



「私たち……勝ったんですね」



 マリルが息を整えながら呟いた。手は小さく震えているが、それは恐怖ではなく、高揚感のように見えた。



「……ああ、俺たち勝ったんだな」



 俺は魔石を拾い上げ、じっと見つめた。



 それはラットモンスターのものとは比べ物にならないほど大きな魔石。十階層のボスともなれば、やはり格が違う。



 マリルが魔石を見つめながらハッと思い出したように口を開く。



「カテンさん! 私、多分レベル上がりました!」


 

 その言葉に俺も思い出す。



「マリルもか!? 実は俺もケルベロスを倒した時にレベルが上がったのを感じよ」



 確かに、身体の奥から力が湧き上がるような感覚があった。



 レベルアップしたことで次はどんな力を手に入れたのか気になる。しかし——



「今度にしよう……」



「ですね? 今はそれどころじゃないです……もう身体中が痛いです」



 マリルがぐったりと肩を落としながら、小さく笑う。



 あれだけの激戦の後だ。俺もマリルも、まともに考えを巡らせる余裕はない。



 疲労が全身に広がり、足が鉛のように重くなる。



「……だな。俺も今足がに鉛なったみたいに重い。さすがに限界だ」



 詳しい確認は、次の探索の時にしよう。



 俺たちはダンジョンの出口へ向かって歩き出した。




 ダンジョンの出口まで道のりが、いつもよりも長く感じた。



 ダンジョンを出ると、外はすでに暗く夜になっていた。



 冷たい空気が肌を刺する。



 遠くにはギルドの灯りが見えた。



「やっとついた……」



「戻って、皆さんに報告しましょう!」



 そう言いながら、俺たちはギルドを目指した。





 ギルドの扉を開けると、中には数人の冒険者と、片付けを始めている職員たちの姿があった。



 今日の業務はほぼ終わり、すでに閉館準備に入っているようだった。



 そんな中——俺たちが入ると、一瞬だけ空気が変わった。



 職員の一人がこちらを見て、慌てたように奥へ駆け込んでいく。



 すぐに、その理由がわかった。



「——カテンさん!」



 カウンターの奥からラフィーナが姿を現す。



 駆け寄ると、心からホッとしたように息をついた。



「無事戻ってきてくれて……本当に良かったです!」



「おう、報告に来たぞ」



 俺は肩の力を抜き、ゆっくりと答えた。



「十階層、突破した」



 その瞬間——



「えっ、えええっ!? !?」



 ギルド内に驚きの声が響き渡る。



「もう10階層突破したのか!?」


「ケルベロスを倒したってことか!?」 


「マジかよ……ついこの前冒険者になったばっかりだろ!?」



 周囲の職員たちが次々に俺たちの周りに集まり、驚愕の表情を浮かべる。



「……本当にすごいですね、カテンさん」



 ラフィーナが、柔らかく微笑む。



「私、信じてました。でも……やっぱり、心配で……」



「まぁ、なんとかなったって感じだな」



 すると——



「なんだぁ?……騒がしいな……って、カテン、帰ってたのか?」



 ギルド長が姿を現す。



「おっ、マリルも元気そうじゃねぇか。さては、お前ら本当にやりやがったな?」



 俺が苦笑すると、ギルド長はニヤリと笑う。



「どんな死闘を繰り広げたか聞かせてもらおうか」



 俺は今日の戦いを振り返りながら説明をした——



 まずはマリルにアイテムと魔法の援護で——


 弱点を突こうとしたら通じなくて——


 でも、仕掛けがあることに気づいて——



「……って感じで、倒しました」



「ほう……やるじゃねぇか」



 ギルド長は腕を組んで、しばらく考え込むような仕草をした。



「やっぱり、アイテムか……」



「まぁ、アイテムの妨害がなかったら正直今回は無理でしたね。……とはいえ、この戦術が成り立つのは、マリルの魔法があってこそなんですけどね」



 俺がそう言うと、マリルとギルド長が顔を見合わせる。



「いや、それもこれもカテンさんの【鑑定】があってこその戦術じゃないですか!」



「ははっ、そうだな」



 ギルド長は愉快そうに笑う。



「カテン、お前さ……強いのに全然自覚がねぇな」



「……え?」



 俺が首をかしげると、マリルがクスクスと笑う。



「本当にすごいんですよ、カテンさんは。なのに、まるで他人事みたいに言うから……」



「お前のやってること、普通じゃねぇんだぞ?」



 ギルド長も呆れたように肩をすくめる。



「いやいや、俺はただ——」



「ほらな? そういうとこだ」



 マリルとギルド長が揃って笑い出す。



 なんか、妙に納得がいかない。



 その時、ふと視界の隅に気になる人物が映った——。



 カウンター近くに座っていた一人の男。



 彼はずっとこちらの話を聞いていたらしく、手元には何かをメモする動作があった。



 そして——



 すっと席を立つと、そのままギルドの出口へ向かう。



 すれ違いざま——



 「おっと、すみません」



 軽くぶつかる。



 俺は特に気にせず、「ああ」とだけ返した。



 男はそのままギルドを後にしようとする。



 しかし——



「おい!」



 ギルド長の低い声が響いた。



 男は一瞬ビクリと肩を震わせ、足を止める。



「それ、カテンのもんじゃねぇか?」



 ギルド長が男の手元を指す。



 その手には——俺のアイテム袋に入っていた『アオゴケの閃光弾』が握られていた。



 途端に、男の顔がこわばる。



「……チッ」



 男はギルドの外へと駆け出した。



「待て!」



 俺とギルド長はすぐに追おうとしたが——外に出た時には、すでに男の姿はどこにもなかった。



「……いない」



斥候せっこう系のスキルでしょうか?」



 ラフィーナが後ろから追いつき、息を整えながら言う。



 そして、ふと呟いた。



「……あの人、確か商業ギルドの人じゃなかったでしょうか?」



「商業ギルド?」



「ええ、見覚えがあります。確か……商業ギルドで情報収集を担当している人だったかと」」



「……なるほどな」



 ギルド長が渋い顔をする。



「まぁ、大したものを取られたわけじゃないですしそんな怖い顔しなくていいですよ」



 俺は軽く笑って肩をすくめた。



 だが、ギルド長はどこか納得がいかないような表情だった。



「……何もなければいいんだけどな」



 そう呟くと、すぐに表情を切り替える。



「まぁ、考えてても仕方ねぇ! とりあえず、お前らのボス討伐祝いをしようぜ!」



 ギルド長がカテンの首に腕を回す



「酒場に行くぞ! 今日は騒げぇぇ!!!」





 ギルドの職員たちが集まり、酒場で宴が開かれた。



「カテンさん、マリルさん、本当におめでとう!」



「十階層突破とかすげぇよ!」



 皆が祝福してくれる中、マリルは杯を持ったまま、ぽつりと呟いた。



「……カテンさん、私、こんなに順調に進んだことなかったんです」



「?」



「私、実は冒険者になって三年目なんですけど、今までずっとうまくいかなくて……」



「でも、カテンさんと組んでほんの数日で十階層のボスを倒せるなんて」



 マリルは微笑みながら拳を握る。



「カテンさんの【鑑定】のおかげです。私、これからも力になれるように頑張ります!」



 その言葉に、俺も杯を持ち直す。



「……俺も負けてられねぇな」



 低階層とはいえ、十階層以降は今まで以上に厳しくなるだろう。



「これからも、安全に稼いでいこう」



「はい!」



 俺たちは杯を軽くぶつけた。



 その時、ふとギルド長が周囲を見回し、鋭い視線を向ける。



「……さっきから、やけに静かにこっち見てる奴がいるな」



 ギルド長の視線を追うと、カウンターで酒も飲まず俺たちを観察している男がいた。



 男はゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。



「さすがギルド長。私の気配に気づいていましたか」



 低く静かな声が、宴の喧騒をかき消した。



 ギルド長は、彼の顔を見た瞬間に面倒そうに目を細める。



「……てめぇか。また私に戻ってこいって言いに来たのか?」



 ギルド長がそう言うも、男は俺に向かって歩み寄ってきた。



「初めまして、カテンさん。私は『銀狼の牙』のバルムと申します」



 男がその名を口にした瞬間、周囲がざわめいた。



「えっ、『銀狼の牙』って……」


「攻略最前線のパーティじゃないか!」


「確か、今——階層まで行ってるはずだろ?」



 バルムの言葉と周囲の反応を結びつけながら、何となく察した。



 この人、相当すごい奴なのか?



 バルムは俺に向かって静かに微笑む。



「カテンさん、我々のパーティに加入しませんか?」



 その瞬間、宴の空気が一変した。



「えっ……!?」



 俺は何を言われたのか理解するのに時間がかかった。



 でも、すぐに考えを整理する。



 いやいや、俺のスタンスは低階層で安全に細々とやっていくだぞ?



 何の間違いか、俺は今ガチ攻略パーティーに勧誘されている。



 これはどう考えてもおかしい。丁重にお断りしよう。



「お誘いはありがたいんですが、俺は安全な2、30階層くらいの低階層で細々とやっていきたいんです」 

 


 その言葉を聞いた途端、バルムはピタリと動きを止めた。



「……2、30階層……?」



 周囲も、俺に何か言いたげに見ている。



 ……あれ、なんか俺、おかしなこと言ったか?



 ダンジョンは百階層まであると昔何かで聞いた。だから三十階ぐらいはまだ低階層のはず……。



 俺が内心で考えていると、バルムが口を開く。



「カテンさん、あなたが今日10階層を攻略したことがどれだけすごいか……本当にわかってないんですか?」



「それにさっきあなたが2、30階層で稼ぐと言ってましたが……今、最下層はごじ——」



「ッハハハハハハハ!!!」



 バルムの言葉を遮るように、ギルド長の豪快な笑い声が響き渡った。



「カテン! お前、最っ高!」



 笑いすぎて腹を抱えながら、ギルド長はバルムの方を見て肩をすくめる。



「お前の言いたいことはよくわかるがな、こいつはこういう奴なんだよ」



 俺は何のことかよく分からず、周りを見回した。 



「え、何か変なこと言った?」




 バルムは肩を落とし、ため息をつく。



「……なるほど、そういうことでしたか」

   


「ま、そういうことだ。悪いが、こいつは自分のペースでやってくんだよ。わかったら帰った帰った」



 バルムは俺をしばらくじっと見つめた後、静かに微笑ん。



「……そうですね、それでは、また会いましょう」



——また?



 低階層にいる俺に、どうしてまた会うことがあるんだ?



 疑問に思う間に、バルムは酒場を後にした。



「変な奴のせいで空気が悪くなっちまったな。ほら、飯が冷めるぞ!」



 ギルド長が酒樽を持ち上げ、改めて仕切り直す。



「今日は飲んで! 食って! 騒げ!!」



 その言葉で、宴の空気は再び熱を取り戻した。



 俺はマリルと向かい合い、杯を持ち上げる。



「次の階層も、いつも通り、安全に稼いでいこう」



「……ですね! 私も、もっとカテンさんの力になれるよう頑張ります!」



「ああ、頼むぞ」



 俺たちは改めて杯を合わせた。



 この時俺はまだ、自分の成長の速さに気づいていない。



 ——そしてこの先のダンジョンがすでに低階層ではないことにも……


 



【あとがき】

ここまで読んでいただきありがとうございます。


二章からは物語が本格的に動き出し、ダンジョン攻略が加速していきます!


二章から読んでも楽しめるように書きますのでこれからも応援よろしくお願いします。



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