第15話 10F ボス
カテンとマリルは巨大な扉の前に立っていた。
俺は手のひらの汗をぬぐい深く息を吸い込む。
ここまで体力を温存するために、極力戦闘を避けてきた。
俺は今日、この一戦に持てる力を全て使い切るつもりだ。
この先に待ち構えているのは、これまでの敵とは 比べ物にならない強敵。
これまでの経験、知識、そしてスキル——すべてを駆使しなければ、勝てないだろう。
それを考えると、胸の奥がズシリと重くなる。
隣のマリルに目をやると、彼女の手がわずかに震えていた。
彼女も同じように不安なのだろう。
しかし——
「マリル、心配するな。作戦通りにやれば、俺たちなら必ず倒せる」
俺がそう言うと、マリルは唇を噛み締め、強く頷いた。
そして、拳をギュッと握りしめる。
「……怖くないと言えば嘘になります。でも——」
「私はもう昔の私じゃない」
「カテンさんと一緒なら私の魔法は無敵です!勝って、ラフィーナさんとギルド長さんに自信を持って報告しに行きましょう!」
その言葉に、俺の胸に熱いものがこみ上げた
俺も負けてられない。
「よし、絶対勝つぞ!」
二人で力を込めて扉を押し開ける。
◇
中に広がるのは、巨大な空間だった。
天井は高く、奥行きも50メートル以上あるだろうか。
俺たちは、警戒しながら周囲を見渡した。
「……何もいない?」
ボス部屋なのに、気配すらない
「おかしいですね……」
マリルが警戒しながら呟いた、そのとき——
部屋の中心に突如黒い渦が巻き起こる。
「なんだ!?」
俺たち突然のことにその場から動くことができず、ただその渦を眺め続けていた。
——そして、それは動き始める。
渦の中心に、黒い塊が生まれた。
「……まさか……魔力が集まって魔物を生み出している!?」
それを見てマリルが突拍子もないことを呟く。
しかし彼女の推測通り黒い塊だったものは徐々に膨れ上がり、四肢が伸び、筋肉が膨れ上がる。
骨が軋むような音を立てながら、巨体が形成されていく。
空気が震え、まるで世界そのものが歪んだかのような錯覚を覚えたその時——
そいつは生まれた。
さっきまで渦を巻いていた場所には三つの頭を持つ巨大な獣が立っていた。
「グゥォォォォオオオオオッ!!!!」
ケルベロスの咆哮が爆音のように響き渡る。
圧倒的な威圧感。
空気が震え、耳鳴りがするほどの衝撃。
俺の体がビリビリと痺れ、思わず息を詰まらせる。
「くっ……!」
足がすくむ。動けない。
隣を見ると、マリルも硬直していた。
ヤバい、このままじゃヤられる……!
全身の力を振り絞り、俺は震える足を無理やり前へと踏み出した。
「マリル! 動けるか!」
その声で、マリルがハッと我に返る。
「作戦通りまずは二手に分かれるぞ!」
俺はマリルに指示を出しながら、自ら前へ出た。
「マリル、アイテムと魔法で援護しつつ動きを鈍らせてくれ! その間に俺は情報を探る!」
「はい!」
マリルは即座にアイテムを取り出し、ケルベロスの足元に粘着剤を投げつけた。
「ガウッ!」
前足の一つが粘着剤に引っかかり、わずかに動きが鈍る。
今のうちに——!
俺は即座に【部分鑑定】を発動し、ケルベロスの全身を分析した。
「前足の筋肉が異様に発達している……つまり、爪での攻撃が得意か」
「三つの首の筋肉も発達……当然、あの頭もフルに使ってくるよな」
分析を終えた俺はマリルに指示を出す。
「とにかく、前足の攻撃には気をつけろ! 首の動きにも警戒しろ!」
「わかりました!」
俺は続けて心臓部分に狙いを定め魔石を調べる。
《魔石》
雷属性: 46%
氷属性: 32%
闇属性: 12%
光属性: 8%
炎属性: 2%
雷属性が一番多い……つまり、奴の弱点は氷か!
俺はすぐさまマリルに伝える。
「マリル、氷属性で攻撃しろ!」
「はい!」
俺の指示を聞いてマリルはすぐさま魔法を放った。
「【アイス】!」
氷の弾丸がケルベロスに向かって飛んだ——しかし。
——バシュッ!
氷の弾丸は弾かれるように消滅した。
これまで通りなら、雷属性の割合が一番高い魔物には氷属性が有効なはず。
それなのに、どういうわけかダメージが通らない。
「くそ……! なんでだ!?」
冷や汗が背中を伝う。
しかし、ここで立ち止まっている暇はない。
ケルベロスは容赦なく次の攻撃を繰り出そうとしている。
このままでは、攻撃を止めた俺たちがやられるだけだ。
何か仕掛けがあるはず。
それを探らなければ……!
俺はすぐにマリルに指示を出そうとした——が、
「マリル、またアイテムと魔法で援護……っ!」
マリルの様子がおかしい。
彼女は、魔法が効かなかったことのショックで呆然としていた。
まずい……!
「マリル、しっかりしろ! 」
必死に声をかけると、マリルは小さく震えながらこちらを見た。
「ま、また魔法が……私……」
「まだ負けたわけじゃねぇ!」
俺は剣を握り直しながら、強く言い聞かせるように叫んだ。
「これまで散々試してきたんだ。お前の魔法が効かなかったのには、何か仕掛けがあるはずだ!」
マリルの瞳が揺れる。
「……仕掛け……」
「そうだ、だから——俺がそれを探る。その間、もう一度俺を援護してくれ」
マリルは小さく息を飲んだ後、迷いを振り払うように顔を上げた。
「わ、わかりました!」
俺たちは再び戦闘態勢を整え、ケルベロスへと向き直る。
戦いはまだ終わっていない。
必ず、突破口を見つける——!
それから俺はケルベロスの猛攻に耐えながら攻略の糸口を探った。
三つの頭の連携攻撃、鋭い爪が大地を抉るような前足の攻撃、さらに、それぞれの頭が異なる属性のブレスを吐き出し、広範囲にわたる攻撃を繰り出してくる。
どこを見ても隙がない。
「くそっ……!」
俺は必死に剣を振るい、マリルの援護も受けながらなんとか攻撃を受け流して距離を取る。
しかし、問題が一つあった。
アイテムの効果が薄れてきてる……!
これまで効果的だった痺れ薬や粘着剤も、ケルベロスが次第に順応してきたのか、効きが悪くなっていた。
そんな中、一番厄介なのが、それぞれの頭が異なる属性のブレスを吐き出す攻撃だ。
右の頭は激しい雷のブレス、真ん中は凍てつく氷のブレス、左は闇の波動のようなブレス——
その瞬間、俺の脳裏にある仮説が浮かんだ。
……もしかして!?
「マリル! 頭にはそれぞれ担当する属性があるんじゃないか? おそらく魔石の成分で多いものから三つに割り当てられている!」
俺が叫ぶと、マリルもハッとして答えた。
「ほんとだ! さっきから頭ごとに攻撃の属性がずっと同じでした!」
「よし、俺が隙を作る。その間に、まずは右の頭を氷魔法で攻撃してみてくれ!」
「はい!」
マリルの手元に魔力が集まり、瞬時に氷魔法が発動する。
「【アイス】!」
鋭い氷の弾丸がケルベロスの右の頭に直撃した。
「グゥゥゥ……!」
ケルベロスの右の頭が氷に包まれ、一瞬動きが鈍る。
「今だ!」
俺は一気に距離を詰め、剣を振り抜く。
「ガゥゥゥゥゥ!」
鋭い悲鳴が響く。
マリルが再び魔法で追い討ちをかける。
「はぁっ!」
氷魔法が直撃し、右の頭が砕け散った。
「よし、まずは一つ!」
ケルベロスの巨体が一瞬揺らぎ、バランスを崩す。
残る頭は二つ、確実にダメージを与えられた。
しかし——戦いはまだ終わらない。
ケルベロスは怒り狂ったように咆哮し、さらに攻撃の手を強めてきた。
「そう簡単には終わってくれないよな……!」
だが、攻略の目処はついた。
俺たちは一体目の勢いのまま、氷のブレスを放つ真ん中の頭に、炎魔法を叩き込む。
弱点を突かれたケルベロスは激しくのたうち回る。
そして、俺たちは着実に攻撃を重ね、二つ目の頭を破壊することに成功した。
——そして、ついに頭は一つだけとなる。
「カテンさん、最後の一体……闇属性の攻撃をしてました」
「てことは今のマリルの魔法じゃ弱点をつけないってことか……」
なら——
「俺が決める!」
俺は剣を握り直し、ケルベロスを睨みつける。
「マリル、援護頼む!」
「はい!」
ケルベロスは咆哮し、最後の一撃を狙うかのように、俺へと突進してくる。
——重い!
これまでにダメージを負わせていたとはいえ、それでも圧倒的な威圧感がある。
俺はなんとか威力を受け流しながら懐へ飛び込む。
その瞬間、マリルの風魔法が俺の足元を強く押し上げた。
「カテン! 今です!」
俺はその風に乗り、大きく跳び上がる。
ケルベロスの胸元——心臓の位置を正確に狙い——
「そこだ!!」
全身の力を込めて剣を突き立てる——!
「グ、ガァァァァァァァァァ……!」
ケルベロスの最後の咆哮が響き渡る。
その声がだんだんと消えていき——
——ついに、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
俺は荒い息を吐きながら剣を握り直す。
「……やった……!」
マリルも、その場にへたり込む。
「カテンさん……ついに……」
「——ああ、俺たちは……」
「十階層のボス、ケルベロスを撃破した!」
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