第18話 - 錬金工房は王都を駆ける
ガーンガーンゴーンゴーン!!
朝早くからけたたましい鐘の音が王都全体を響かせる。
昨日空を覆っていた雲も一切無く、嫌気が差すほどの快晴が広がっていた。
「リキュアさん、この音って……」
「来たな」
王都全体に響く鐘の音は、敵勢力が王都に近づいてきたことを告げる。今回の場合の敵勢力はゴブリンの軍勢だ。
工房の机には木箱が数段重なっており、その中にはポーションが入った瓶が隙間無くぎっしりと詰められている。採取してきた薬草も全てふんだんに使い果たし、その他の薬草類もポーションにしたため、錬金メディル内の薬草類の在庫はゼロになった。
「エクシール、店出る前におさらいな。俺たちの目的はこのポーションを王宮兵士に渡すこと。王宮兵士は全ての城門に散らばって警戒しているから、俺たちは城門まで行かなければならない」
「渡したら次の城門に向かって、渡し終えたら一旦工房に集合ですね」
「ああ。頼んだぞ」
「勿論です!」
リキュアとエクシールは錬金メディルの裏口から木箱を持って外に出る。
入口から出ないのは、大通りは避難する王国民でごった返しているからだ。王国民の避難場所は王城と聖堂の二つだ。
リキュアは北と西を、エクシールは東と南の城門を担当している。
既に木箱には魔術をかけており、質量を変化させて軽くしてある。
木箱を落とさないよう、リキュアとエクシールは視線を合わせて頷くと、担当している方角の城門へ急いだ。
城門に到着するとポーションが入った木箱を一つ置いていく。
「錬金メディルだ。ポーション置いておくぞ」
「おお、助かる!」
「錬金メディルです! ポーション持ってきたので置いておきますね」
「ありがとう嬢ちゃん」
王都を囲んでいる城壁に沿って走っていると、外から交戦の声が聞こえてくる。
「尻込むな! 一匹たりとも王都への侵入を許すな!」
「「「おおおっ!」」」
「冷静に対処せよ! 格下と侮るな!」
「「「はっ!」」」
「狙撃隊、第二斉射撃て!」
「「「【放てよ魔源】」」」
(城壁の向こうでは既に始まってるか……)
士気を上げる声、王宮兵士の武器とゴブリンの武器がぶつかる剣戟、魔術による爆発音がぴりぴりと伝わってくる。状況が分からないが、今のリキュアにやれることはポーションが入った木箱を届け、一人でも怪我人を救うことだ。
走っていると次の城門が見え、白鉄鉱で作った武器を持っている王宮兵士が数人いる。
城門は閉じたままだ。
「む、ゴブリンか!?」
「いや、錬金メディルだ。ポーション持ってきたから置いておくぞ」
「おお、錬金メディルだったか。これは失敬。それとかたじけない」
いつも以上に警戒しているので、ゴブリンと見間違われても仕方が無い。武器を構えた王宮兵士はすぐにリキュアに対する警戒を解く。
「戦況はどうだ?」
「報告からだとゴブリンの数は想定より少ないみたいだ」
「斥候か……?」
「その可能性は大いにあり得る。ゴブリンが武器を持っているのもおかしな報告だが」
「北西の村を襲ったんなら、その村にあった武器を使ってるんじゃないか?」
「はっ、確かに……有益な情報提供、感謝する」
「あくまで憶測だ。確かな情報にはならないさ」
リキュアは村の武器をゴブリンが使っている説は間違っていないと思っている。あの村には鍛冶屋があり、散策していた時も壁に剣や斧といった武器が飾られていた。
しかし、その説以外にも考えている推測が一つあるが、これはラム以外の王宮兵士には言わない方がいい。返って混乱させるだけだ。
王宮兵士たちに「次の場所へ向かう」と言い、その城門を後にした。
城門へ向かっている最中、リキュアの目の前に緑色の物体が落ちてきた。
「ぎゃぎゃ……」
ゴブリンである。城壁を上ってきたみたいだ。この城壁の上には狙撃隊がおらず、絶好の侵入スポットのようだ。
城壁の向こう側からも戦闘の声や音が聞こえ「あのゴブリンはどこ行った?」と探しているようである。対処しきれなかった分のゴブリンで間違い無い。
「ぎゃ——」
手にはナイフのような短刀を持っていた。
リキュアを見るや否や一心不乱に舌を出して襲いかかってくる。
「【貫け雷光】」
人差し指をゴブリンに向けて魔術を詠唱。バチッと弾けた雷のエネルギーが一条の閃光となって指先から迸る。
閃光はゴブリンの頭を貫き、一瞬にして絶命させた。即死である。
「【帰せよ焔熱】」
死んだゴブリンを炎で包んで炭化させる。
短刀を拾い上げ、城門へ向かって走り去ると、走った際の風圧で炭化したゴブリンは宙へと待った。
暫くすると西の城門が見える。ラムの姿が確認出来ることから、ラムは西の城門に配備されたようだ。
「あっ、リキュア」
城壁沿いに登場したリキュアに向かって手を振った。
「こっちこっち。ポーション持ってきたんでしょ?」
「ああ。ほら」
木箱を下ろし、蓋を開けて中身を見せる。ずらっと敷き詰められたポーションを見て、ラムや王宮兵士も「おお……」と感動していた。
「それとさっき、ここへ来る最中に城壁を上ってきたゴブリンを見つけた」
「えっ?」
「俺の方で倒して処理はしたが、外の戦況が厳しいのかもしれん。これが持っていたものだ」
さっき倒したゴブリンが持っていた短刀をラムに手渡す。
ラムは「ううむ……」と顎に手を当てて唸った。
「真新しいし、これは盗賊のものじゃ無いっぽいわね」
「となると村のものか」
「そう考えるのが妥当よね」
やはり村の武器はゴブリンたちの手に渡っているようだ。
ゴブリンたちは人間が作った武器の扱い方をほぼ知らないが『切るということが出来るもの』と理解はしているようだ。でなければ村人に切り傷を負わせることなんて出来ない。
「リキュア、ポーション配ってるんでしょ?」
「そうだが。北と北西の城門には届けたぞ。東と南の城門はエクシールに任せてる。この後は南西にある城門に届けてエクシールと合流するつもりだ」
「配り終えたら前線に出てくれない?」
それはポーションを配っているという後衛に回っているリキュアにとって、聞くはずが無い言葉だった。
王宮兵士たちもラムの発言に耳を疑っている。
「何でだ。王宮兵士は十分な数を城門付近に配備したんじゃないのか?」
「でも兵士長曰く足りないっぽいの。今は戦える人が喉から手が出るほど欲しいのよ。傭兵なんか雇ってる暇も無いし。冒険者たちは国からの依頼として参戦して貰ってるわ。勿論、ちゃんと報酬は出すつもりっぽいわよ」
「で、冒険者や王宮兵士以外で戦える俺に白羽の矢が立ったと言う訳か」
「そ。リキュアの実力は兵士長も認めてるから、私が打診したら参戦の許可をくれたわ」
「根回しが早いことで」
エクシールを盗賊から助け出したことや白鉄鉱で替え刃を作ったことが評価されているのだろう。でもリキュアは兵士長の前で魔術や戦っている姿を見せたことは無いので、それだけで評価されているのも腑に落ちない。
「でも、エクシールちゃんだけはちゃんと避難させておいてよね! 怪我するのはリキュアだけでいいから」
「酷い言い草だな。俺が怪我したらちゃんと救護してくれるんだろうな?」
「錬金術師でしょ? 自分の怪我くらいポーションで治しなさいよ」
「そうですか」
他と明らかに扱いがおかしいと感じた。ラムの周りにいる王宮兵士が苦笑いでリキュアを見ているのを見ると、ラムの発言には冗談が含まれていると推測出来る。
扱いがどうであれ、待遇は参戦している冒険者たちと同じと信じたい。
「とりあえずこれを運んでくる。エクシールと合流したらここに戻ればいいのか?」
「そうね。私もそれまではここにいると思うし」
「分かった」
木箱を抱え、西の城門を後にした。
南西の城門にいる王宮兵士に木箱を渡し、素早く錬金メディルに戻る。
裏口の扉を開け「戻ったぞ」と言うと、エクシールが「お疲れ様でした」と労った。
エクシールの方が先に木箱を届け終わったみたいである。
「早かったな」
「魔術で駆け抜けましたから」
エクシールは風の魔術を操って、飛ぶように城壁沿いを走って届けたようである。
リキュアも少しながら自分の背中に追い風を起こし、早く届けるよう心がけた。戦況を尋ねたりラムと会話していたりしたことが重なって、エクシールに抜かされた。
競争をしている訳では無いので悔しさは一切無い。
「じゃあこれからは聖堂に行って避難ですね」
「いや、避難はエクシールだけだ」
「えっ……? どうしてですか……」
少し悲しそうな表情で問う。尻尾も悲しそうに下を向いてしまった。
「ラムの奴に『前線に出ろ』って言われてな……戦況も微妙そうだし少し行ってやろうと思ってよ」
「そうなんですか……」
「エクシールも戦えるから、俺としては連れて行きたいんだがな」
「ラムさんがエクシールはダメって言ったんですね」
「ははっ、察しがいいな。その通りだ。戦いが終わった後、ラムに何言われるか分かったもんじゃないから、ここは大人しく聖堂にいてくれ」
「分かりました」
仮に城門が突破され聖堂付近までゴブリンが流れ込んだ場合は、リキュアたちが駆けつけるまでエクシールに時間稼ぎをしてもらおうと考えた。それをエクシールに伝えると、自分にも役目が出来たように意気込み「はいっ!」と尻尾と耳を立てて返事した。
とそこへ——
「リキュア様! いますか!?」
と裏口の扉が開け放たれ、息が絶え絶えのカレドニアが入り込んできた。
「シスターカレドニア!? ここ裏口だぞ?」
「も、申し訳ありません……先程リキュア様が戻られる様子を見たので……」
「まぁ裏口のことはいい。それよりどうしたんだ?」
カレドニアや子供たちは聖堂に避難しているはずだ。教会から王城までは少し距離がある。
今の状況の中で王都を彷徨くなんてことは有り得ない。出歩こうものなら、聖堂にいる聖職者や王宮兵士が止めに入る。
「か、カシスたちを見ませんでしたか?」
「カシスたちか? 俺は見てないが……」
「エクシールもです」
「そうでしたか……」
呼吸を整えて小声で「どこに行ったんでしょう……」と考え込むカレドニア。
リキュアもエクシールも、ポーションを運んでいる最中に子供らしき姿は見かけなかった。特にエクシールは風の魔術で速く移動していたため、見かけることすら出来なかっただろう。
「おいおい、この状況下でカシスたち聖堂から出て行ったのか……?」
「え、ええ。その通りです……」
子供たちもこの状況を理解しているはずだ。それなのに聖堂から飛び出すなんて一体何があったのだろうか。
ゴブリンとの戦闘は城壁の外で行われている。城壁の外に出ようものなら城門を死守している王宮兵士たちに止められる。魔術や戦いが見たいからで飛び出した訳じゃ無いと信じたい。
「他の子供たちは?」
「聖堂にいます。今は知り合いのシスターに預けています。出て行ったのはカシスたち男子四人でして」
「四人か……」
戦況がどうなっているか分からない。ここでリキュアが加勢しなかった場合、城門が突破される可能性も否定出来ない。現に城壁を上ってきた一匹を見かけたのだ。
だが、子供たちも放っておけない。もし城壁を上ってきたゴブリンと遭遇した場合、魔術を覚えていない子供たちはゴブリンにとって格好の餌だ。そうなるのは絶対に避けたい。
それにカレドニア一人で子供たちを探すのも荷が重いだろう。
であれば——
「エクシール、お前はカレドニアと一緒に子供たちを探してくれ。子供たちを見つけたら一緒に聖堂で避難していろ。いいな?」
「はい!」
子供たちを探したいと耳と尻尾がそわそわしていたというのもあるが、この場でそれが適任なのはエクシールだ。カレドニアや子供たちを守れる戦闘力や魔術もある。見つけたらそのまま聖堂で避難してくれた方が、リキュアとしても前線で考えることが一つ減る。
その判断にエクシールは納得したが、カレドニアだけはリキュアを心配していた。
「リキュア様は……?」
「俺はラムに前線に来いって呼ばれたからな。少しばかり様子を見てくる」
「ラム様が……そうでしたか。お気を付けて下さい。神の御守護があらんことを」
カレドニアはリキュアに向かって祈りを捧げた。
「感謝する。エクシール、気を付けて行ってこい」
「はい。シスターカレドニア、早く探しに行きましょう!」
「はい」
カレドニアはエクシールに手を引っ張られながらも、リキュアに軽く頭を下げてから出て行った。
一人残されたリキュアは工房の机の引き出しを開け、青色に染まった液体が入っている瓶をポケットに入れる。
「さて、行ってやるか」
裏口の扉をバタンと閉め、風の魔術に乗ってラムがいる西の城門へ急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます