第19話 - 盗賊の武器から分かる推察
西の城門に到着すると、前線で戦っている王宮兵士との交代の最中だった。
ゴブリンとの戦いで体力を消耗した王宮兵士が、荒い息を上げながら固い床に寝そべる。カランと白鉄鉱で作った武器が転がった。刃先にはゴブリンの血が付いている。
一人が後退したら待機していた一人が城門の外へ。
ラムは既に城門の外へ出たようなので、リキュアも王宮兵士の交代の隙を見て城門の外へ出た。
外へ出ると目に付くのはゴブリンたちの死体。片手を切断されたり、胴体を貫かれたような死体が転がっており、緑色の血が水溜まりのような池を作り出していた。
「邪魔すぎるな……」
死体が転がっていると行動範囲が制限されていく。そうなってしまっては満足に戦うことも難しいだろう。
「【帰せよ焔熱】」
転がっているゴブリンの死体を燃やし、炭化させて灰と化す。
「あっ、店主さん」
ゴブリンの死体を片付けていると、一人の冒険者らしき女性がリキュアの元に寄ってくる。
鎧や手に持っている緑色の血が、ゴブリンと戦っていた痕跡を映している。
見覚えのある女性なのだが名前が思い出せない。
「えっと……」
「コンテッサです。以前大怪我でお世話になった」
「ああ、あの冒険者か」
シーバスというパートナーの冒険者の不手際で大怪我を負ったコンテッサだが、リキュアが製作したポーションのお陰で一名を取り留めた。会ったことは数回程度しか無く、リキュアは忘れていたが、コンテッサは覚えていたようだ。
「もう一人は?」
「シーバスは向こうで戦ってます」
「そうか。それよりもまだ王都にいたんだな」
「はい。シーバスが中々王都から離れようとしなくて……」
「ははっ、そうなのか」
「それよりも何で店主さんが前線にいるんです? 危ないから避難した方が……」
「王宮兵士の友人に呼ばれてな。少しばかり手伝えと」
「ええっ!? だ、大丈夫なんですか? 店主さん戦えます?」
リキュアのことをほとんど知らない人からしたら、これが当然の反応だ。まるで一般王国民にしか見えないリキュアが戦える術を持っているとは到底思えない。
「少しだけな。ま、危なくなったら避難するし、怪我したらポーションくらい作るさ。錬金術師だからな」
「わ、分かりました。もし私やシーバスの力が必要でしたら言って下さいね」
「その時は頼む」
「では私、シーバスの方を手伝ってきます」
リキュアに向かって軽く手を振ると、そのままゴブリンの死体をものともせず踏んづけて、コンテッサは去っていった。
「ラムはどこに——」
「ぎゃぎゃ——」
「【爆ぜよ魔素】」
いつの間にか目の前に迫ってきたゴブリンは、リキュアが魔術を唱えると体が膨らんで破裂した。肉片や血液が辺りに飛び散り、意識を持っていた目玉がぎょろっとリキュアを見つめ動かなくなる。
「「「ごぎゃぎゃ——」」」
仲間が弾け飛んでも恐怖の感情はゴブリンには芽生えない。三匹のゴブリンがリキュアの眼前に迫り、短刀や剣を携えて飛びかかってきた。
「【幽せよ氷風】」
周囲の気温が低下し、冬が訪れたかのような寒気がゴブリンたちを襲う。空気中の水分が凍り出し、ゴブリンたちの体に纏わり付く。自由が利かなくなり、リキュアに近づく頃にはゴブリンたちは氷像へと変貌していた。
コッ。
氷像となったゴブリンを軽く叩くと、氷像にヒビが入り、ゴブリンの体諸共砕け散る。体も血液も細胞も全て冷凍されていた。
最後は全て黒く炭化させて灰にする。
「うおおおっ!」
近くの王宮兵士はゴブリンの体に白鉄鉱の槍を突き刺しており、ゴブリンは足掻いていたが、やがて絶命した。
「ぐっ……はああっ!」
もう一人の王宮兵士も剣を持ったゴブリンと鍔迫り合いをしていたが、やがて王宮兵士が剣を持っていたゴブリンの腕を切り離す。体勢が崩れたところで一薙ぎし、ゴブリンの胴体を切断した。
周囲を見るとゴブリンの姿が無い。今のでこの付近にいたゴブリンは倒したことになるのだろう。
「…………」
リキュアは近辺に転がっている短刀や剣を手に取る。人間の血やゴブリンの血が付いており、何とも言えない悪臭が鼻に突き刺さる。
「店主さん、こっちは終わりましたよ」
「えっ、店主さん? 何でここに……」
武器を拾い上げて見ていると、ゴブリンを片付けたコンテッサとシーバスがリキュアの傍に来た。シーバスはリキュアが前線にいることに驚いていたが「王宮兵士の友人に呼び出されてな」と説明すると、同情したように「そうだったんですか」と苦笑した。
二人とも先程まで戦っていたはずなのに息が切れていないということは、かなり体力はあるようだ。
「何見てるんです?」
「ああ、ゴブリンが持っていた武器さ」
問いかけてきたシーバスに拾い上げた武器を見せる。シーバスは「ふーむ……」と武器をじっくりと見つめ、コンテッサも武器を見て何か考え始めた。
「何かあんまり手入れされてないですね……刃もボロボロですし」
「何かその武器見覚えがあるような……」
「本当か!?」
コンテッサが何かを思い出しそうな感じだ。この武器の持ち主が分かれば、リキュアの中で組み上げられていたパズルがさらに埋まる。
数秒唸った後コンテッサは「思い出した!」と手を叩いた。
「盗賊です盗賊。シーバス、確かかなり前の依頼で盗賊と戦った時、これと同じようなもの持ってなかった?」
「あ、うん。持ってたね。自警団に盗賊を引き渡す時、武器も一緒に渡したから多少は覚えてるよ。こんな感じの武器だったし、あんまり手入れもされてなかった」
「その盗賊ってどこで捕まえたか覚えてるか?」
「西のネクタト領国境付近の町だったはずです。あそこの町の倉庫を根城にしてましたから」
「なるほどな。やっぱりそういうことだったか……」
「どういうことですか?」
リキュアは話す前提として「混乱しないでくれ」と釘を刺す。そして自分の推論をシーバスとコンテッサに話すと、二人は驚愕の表情を浮かべた。
「まさか——」
「本当ですか店主さん!?」
「多分そうだろうな」
この推論が正しければ非常に迷惑な話だ。もっと早く動いていればゴブリンたちは行動に移さなかったかもしれないのだ。
「今の話が本当であれば、もうすぐ本隊が……?」
シーバスがリキュアに聞いた。
「だろうな。この付近のゴブリンが掃討されたとはいえ、これで終わりとは俺は思えない」
王宮兵士からの報告を聞けば、想定よりも襲いに来たゴブリンの数は少ない。リキュアはこれを斥候と考えた。
斥候であれば本隊はまだいないことになる。
「【見晴らせ鷹眼】」
魔術を詠唱し、目を閉じる。自分が鷹となったように上空の景色が脳内に浮かび上がる。
北西の方向、穏やかな草原の奥に得体の知れない緑色の生物が、王都の方へ向かってきている。ゴブリンの集団だ。武器を持っていれば、持っていないゴブリンもいる。武器を持っていないゴブリンが大半を占めているようだ。
目を開けて魔術を解除する。見慣れた地上の風景が映っていた。
「あれが本隊と見て間違い無さそうだな」
「いたんですか?」
「ああ、いた。北西方向に千を超える大軍が」
「せ、千!?」
「ちょっと多すぎない……?」
「千は概算だ。実際はそれよりも少ないかもしれん」
少なく見積もっても七〇〇以上はいる。全てを王都に通してしまったら王都の陥落は免れない。
ラムに魔術で見た風景を教えようと思ったが、周囲にラムらしき人影は見当たらない。
「俺はこの話を王宮兵士の友人に話してくる。西の城門付近は任せて大丈夫か?」
「はい、大丈夫です!」
「任せて下さい!」
シーバスとコンテッサの力強く頼もしい返事がリキュアの心を落ち着かせる。
西の城門は王宮兵士とシーバスやコンテッサたちに任せてもいいだろう。
念のため、突破されそうな場合の危険信号をリキュアに伝える魔術を設置しておき、リキュアは北西の城門へ急ぐ。
「【駆けよ突風】」
背中に吹き荒れた追い風に乗り、風の如く戦場を走り抜けた。
北西の城門付近にはラムたち王宮兵士や手練れっぽい冒険者が集まっていた。
リキュアが到着すると一部の冒険者や王宮兵士は武器を構えたが、ラムがその集団から出てきたのを見て武器を納めた。
「遅かったじゃない。何やってたのよ」
「西の城門にいたゴブリンを片付けてたんだよ」
「そんなもの、そこの担当の王宮兵士や冒険者に任せればいいじゃない」
それはそうなのだが、持ち場を離れているラムもどうなんだと反論したかった。
「……ラム、少しいいか」
「何よ」
冒険者と王宮兵士の集団から少し離れ、小声で二人は話す。
「ゴブリンの持ってる武器のことだ」
「何か分かったの?」
「ちょっと知り合いの冒険者に聞いた話だが、一部のゴブリンが持っている武器は盗賊のものと見て間違い無いようだ。それ以外の武器は、北西の村に鍛冶屋に飾られていた武器だと思う」
「盗賊のもの? 前にリキュアが持ってきたものも盗賊のものだったでしょ? 何でゴブリンがそんなに大量に持ってるのよ」
「少し前に盗賊を捕まえて壊滅させただろ?」
「うん、そうね。三月くらい前だったかな。北西の山々を根城にしてたっぽいけど、実際に捕まえたのは西の国境付近だったし」
「何かおかしいって言ってたよな?」
「言ったかも。捕まえた盗賊の人数が少ない——ちょっとリキュア、まさか……」
ラムはリキュアの言いたいことを察したようだ。
「盗賊は王国領を出た形跡が無いんだろ? それなのに捕まった人数が少ない。盗賊は壊滅しているのにだ。残党が逃げているとは考えにくい。そうなると考えられるのは——」
一呼吸置き、今まで考えていた推論をラムに聞かせるように言う。
「——ゴブリンに襲われたんだ」
これが今まで考えていたことの推論だ。
「盗賊の人数が少ないのはゴブリンに襲われて殺されたからだ。その際に持っていた武器はゴブリンの手に渡った。だから一部のゴブリンは人間が作った武器を所有してたんだ。殺された盗賊たちは今となっては遺体すら無いだろうな」
「ゴブリンの腹の中って訳ね。血と一緒に肉まで貪られたって考えるとちょっと悍ましいわ」
「俺もだ。で、ゴブリンが盗賊たちを貪ったということは、血の味や人間の肉という奴らにとっての欲求が満たされたことになる。その欲求が再び再熱するとどうなる?」
「ま、もう一度人間を襲うわよね」
「それがこれって訳だ」
血や肉を貪ったゴブリンたちは一時的に欲求が満たされる。満たされた後には必ず『もう一度欲しい』という欲求が芽生えてくるが、もう既に殺した盗賊たちは自分たちの腹の中だ。これでは『もう一度欲しい』という欲求は叶えられない。
そこでゴブリンたちはもう一度人間たちを襲って、血や肉を求める。自分たちの欲求を満たすために。
その結果、血や肉を求めたゴブリンたちの手によって、北西の村は撤退を余儀なくされた。そして逃げてきた村人たちの血の臭いに釣られて、大群のゴブリンが王都へ向かっている。
「さっき魔術で観察したが、もうすぐゴブリンの大群が王都に来る。ざっと七〇〇から千だ」
「多いわね……なら、狙撃隊を西側から北側を中心に再配備し、冒険者たちも北西を中心に集めさせた方がよさそうね」
「扇状に襲撃してくる場合もある。北や南西の城門にも多少の配備は必要だ。さっきポーションを配ってる際に聞こえたぞ。『一匹たりとも侵入を許すな』ってな」
「分かった。兵士長と会議してくる。リキュアはそこで待ってて」
ラムは北西の城門から王都の中へと駆けて行ってしまった。作戦本部は王城なのだろう。
「【伝えよ障害】」
魔術を唱え、ゴブリンの集団を探知する。距離にしてもうすぐだ。
交戦は間近に迫りつつある。
「ポーションも寝る時間を割いて用意したんだ」
ザッと地面を踏む。
「今月の売上は赤字だな」
リキュアの愚痴は誰にも聞かれることなく、腹が立つくらいの快晴の青空に溶け込んだ。
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