第17話 - ポーションあれば憂い無し

「リキュアさん、こんなに大量のポーションって要るんですか?」

「要るだろうな。それぐらいは想定しておかないと」

 教会でブラッドベリージャムを作った翌日、リキュアとエクシールは二人とも工房に籠もり、採取してきた薬草をポーションにしていた。

 日付が変わる夜中頃に採取を終えて戻ってきて、二人はそのまま入浴を済ませて眠りにつき、翌朝から作業に精を出している。店のカウンターには『工房にいます。用がある場合はこのベルを鳴らして下さい』という紙と呼び鈴を一緒に置いてある。

「鍛冶屋の連中に感謝しておいてくれよ。品物にならん鉱石もなかなかどうして役に立つものだからな」

「逆にそんなに使いますか……?」

「そこは俺たち次第だろうな」

 工房に籠もる前にリキュアは朝早くから王都にある数店の鍛冶屋から売り物、品物にならない鉱石を全て仕入れ価格で引き取った。鍛冶屋にとってその鉱石は無価値と同等であるため、快諾はしやすかった。

 引き取った鉱石はリキュアの錬金術によって、全てポーションを入れるガラス瓶へと姿を変えている。一時期の白鉄鉱くらい足の踏み場が無い訳では無いが、薬草とガラス瓶で工房内の床が埋まってしまっている。

「…………」

「…………」

 純水を作り、薬草を入れて錬金術で混ぜ合わせてポーションにする。錬金術にとって基礎中の基礎なのだが、こうも大量だと想像魔術以上に集中力と根気が必要になってくる。

「ポーション作り、早くなったな」

「あれだけラムさん用に作ってたら早くもなりますよ」

 エクシールのポーションを作る速度が早くなっているのをリキュアは感じ取った。さらに品質も向上しており、エクシールの努力が窺える。獣人の身でありながら、早く大量に品質が高い品物を作れているのは、天性の才能でないかと思っている。

「リキュアさん、そろそろ教えてくれません? 何で急に大量のポーションを作らないといけないんですか? ラムさん用のポーションでしたら、いつも持ってきている薬草で作ればいいじゃないですか」

「ま、これ以上隠す必要も無いか」

 ポーションを作る手を止めず、リキュアは説明に入る。エクシールも作業を止める気配は無い。

「以前廃鉱で見つけたゴブリンと短刀があっただろ?」

「ありましたね。二月くらい前……でしたね。それがどうかしたのですか?」

「実はあの時拾った短刀をラムの方で調べて貰ってたんだ」

「いつの間に……ってことはあの短刀の持ち主が分かったんですか?」

「一応な。ラムの話によれば、あの短刀の持ち主はお前を誘拐した盗賊の誰かが持っていたものだ。個人までは調べられていない」

「えっ……?」

 予想外な持ち主を聞き、エクシールの作業が中断される。ガラスコップ内にあった魔法陣が消え、まちまちに刻まれた薬草が水中を舞う。

「でも……ラムさんたちは盗賊を壊滅させたんですよね」

「ああ、そうだ。今でも王城の地下牢に収容されてるだろうよ」

 盗賊たちの処罰はまだ決まっていない。数々の騒動を起こしてきた分、それを調べ上げるのに時間がかかっているからだ。

「じゃあ何で……落とした……?」

「かもな。うっかり落としてゴブリンにでも拾われたんだろう」

「でもエクシールを誘拐した盗賊と、このポーションの関連性はありませんよね?」

「その二つは無いな。間にゴブリンが入れば関連性が有る。有ってしまう」

「ど、どういうことです……?」

「それは——」

 リキュアが言いかけた時、店の方の扉が勢いよく開け放たれる音がした。

 バァン! ガランガラン——

「リキュアいる!?」

 声の主はラムだ。いつも来る時みたいに面白がって開け放つのでは無く、急いでいるかのような開け方だ。リキュアの不在を確かめる声も焦りが籠もっている。

 開けられた瞬間、エクシールの耳と尻尾ビクッと反応して立ち上がる。

「何か……急いでいるようですね」

「エクシールも来い。あの様子だと今日は撫でられないと思うぞ」

「う……その言葉、信じますよ。撤回しないで下さいね」

 リキュアが先に店へ行き、エクシールは両手で耳を抑えつつ、足場が無い工房を通って店へ出る。

 カウンターの向こう側では息を切らしたラムがリキュアと対話していた。王宮兵士の鎧の隙間からは急いだ証である汗が流れている。

 エクシールの姿を見ると飛びかかろうとする——

「エクシールちゃああん——ってダメダメ。今はエクシールちゃんに構ってる暇なんて無かったわ」

 ——が、己の衝動を抑え込み、エクシールに飛びかかるのを諦めた。

(当たった……)

 リキュアの予想通りになり、エクシールは耳を抑えていた両手を頭から離した。

 リキュアから何か言われたらしく、ラムは片足で店の床を思いっきり踏み、苛立ちを発散させたところで要件を言う。

「あーもう! そんな小言聞きに来たわけじゃ無いの! ねぇ、ポーション作ってない? ミントとか入ってない普通のポーション」

「作ってると言ったら?」

「今すぐ頂戴。ありったけ」

「あ、ありったけですか!?」

 エクシールが素っ頓狂な声でラムにオウム返しした。

「そうなの。怪我人が多すぎて、市場のポーションだけじゃあ足りないのよ。粗悪品も混じってるしね」

「分かった。今ある分全部持っていく。ただ、何が起きたか知りたいから、俺とエクシールも行く。それでも構わないな?」

「いいわよ。早く持ってきて」

「エクシール、一旦戻るぞ」

「え、あ、はい」

 工房に戻った二人は作ったポーションを全て木箱に入れていく。エクシールは中断していたポーションを作成し、瓶に詰めた。百個は無いものの、五〇個以上はある。こんなに大量のポーションを作っておいてよかったとエクシールは安堵した。

「まさかリキュアさん、こうなることを予想して……?」

「かもな。とりあえず、患者が重傷になる前にさっさと行くぞ」

「はい!」

 木箱を持ち、ラムにポーションの個数を見せる。ラムは「それだけあれば十分だと思う」と言い、店を出て案内をする。

 錬金メディルの扉には『外出中』のプレートをエクシールが掲げ、瓶と瓶が当たる甲高い音を奏でながらラムの後についていく。五〇個以上のポーションは流石に重さがずっしりとあるため、快適に運べるよう魔術で質量を変えて運んでいる。

「こ、これは——」

「酷いもんだな」

 ラムに連れて来られたのは王都の中央広場だった。市場のすぐ近くにある広場で、国王の像と共に水を放つ魔術で十数分置きに噴水が上がる。

 通常なら買い物客や王国民で賑わっている広場だが、灰色の曇天の空模様も相まって、今の広場は緊張が走っている。カラカラと数台の馬車の車輪が遠ざかっていく。

 王宮兵士が組み立てた救護テントが並び、多数の人々が広げられた麻布の上で寝転がっている。麻布は鮮血を吸って赤く染まっており、痛々しさがひしひしと伝わってくる。肩を負傷した者、腕や膝を負傷した者等様々だ。

 それぞれの患者の傷には王宮兵士の救護班が手当てした応急処置が施されている。ただ、傷を多少和らげる程度の応急処置であり、傷口は完全に塞がっていない。

「ラムさん!? 一体何があったんですか?」

「えっとね——」

「事情を聞く前にまずは処置だ。エクシール、手分けしてやるぞ」

「あ、はい」

 事情を聞くのは後回しにし、怪我を治すのが最優先事項だと判断したリキュアは、ポーションの入った瓶を両手に持てるだけ持つ。エクシールも手に数本持ち、ラムは「あなたたちも手伝いなさい」と動ける王宮兵士にリキュアのポーションを配布していた。

「少し染みるぞ」

「うっ——」

 患者の傷口にポーションをかけて治療していくリキュアたち。傷口が塞がった人たちは口を揃えて「ありがとう」とお礼を言った。

 患者の傷口は切り傷が非常に多かった。膝や肘の擦りむいた痕は転んだ時に生じた者ものだと推測出来るが、一体どういう経緯があったのだろうか。リキュアは概ね予想出来ていたが、エクシールは分かっていなかった。

 リキュアが最後の女性の患者にポーションを振りかける。

「いったた……」

「よし、これでもういいだろう。あんまり激しく動かすなよ」

「凄い! 治ってる! ありがとうございます!」

 腕に切り傷があった最後の女性の患者は塞がった傷口を撫でて、塞がっていることに感動していた。

 空になったポーションの瓶をポケットに入れる。

「あっ、あなたは以前私の宿に泊まった方ですね?」

「以前……?」

 リキュアは傷を治した女性の顔を見た。顔を覚えるのはあまり得意な方では無いのだが、少し思い出すと「ああ」と納得した。

「鉱山の麓の村の宿屋の」

「はい。また立ち寄って下さい……とは言えない状況になってしまいましたが……」

「一体何があったんだ?」

 宿屋の女性店員から何があったのか探る。

 その際に空となったポーションの瓶を木箱に入れているエクシールも、人間より大きな耳をぴくっと、聞き耳を立てて話を聞いていた。

「ゴブリンの集団が急に村に襲いかかってきたんです」

「ゴブリンの集団!?」

 聞き耳を立てていたエクシールがリキュアの後ろから割り込む。

「あっ、あなたはあの時の獣人の……」

「エクシールです——って自己紹介してるんじゃなくて、ゴブリンの集団に襲われたんですか!?」

「そうです。大量のゴブリンたちが村を……私、もう怖くて……」

 宿屋の女性店員の体が恐怖で小刻みに震える。

「ここにいる人たちはみんな、村の人と私の宿に泊まっていた冒険者の方たちです。今日の朝を少し過ぎたくらいに襲いかかってきて……ゴブリンは冒険者の方と王宮兵士の人たちで何とか食い止めてましたが、それを上回る数で……」

「冒険者と王宮兵士から逃れた連中が襲ってきたって感じか」

「そんな感じです。私もナイフのようなもので切られちゃって……その後、冒険者の方が助けて下さったんです」

「村の人たちはこれで全員なんですか?」

 エクシールの問いに宿屋の女性店員は諦めた素振りで首を横に振った。

「正確には全員じゃないです。生きている人は全員だと思いますよ」

「——まさか」

 エクシールが口元を押さえる。

「数名、ゴブリンの手によって殺されてしまいました。私たちは村で管理していた馬車に乗って王都まで逃げてきましたが、既に犠牲となってしまった人たちは……村に……」

「そんな……」

 遺体まで運んでくる余裕が無かったのだろう。仕方が無い判断と言えるが、その判断はリキュアが想定している中で悪い方向に向かってしまう判断だ。

 宿屋の女性店員の目に涙が浮かび、声を押し殺して目元を手で塞ぐ。慰めるようにエクシールが宿屋の女性店員の頭を軽く撫でた。

「皆さん、ひとまず聖堂へ! 動けない人は私たちに声をかけて下さい」

 ポーションで傷口を治している最中に、いつの間にか広場から姿を消していたラムが戻ってきた。どうやら聖堂に掛け合い、雨風を凌げる場所を用意したようだ。居場所を失った人たちにとって重要なのは衣食住の確保である。

 自力で動ける人は王宮兵士の力を借りず、逆に立ち上がることがままならない人は王宮兵士の力を借りて聖堂まで歩き始めた。宿屋の女性店員もリキュアたちに「ありがとうございました」と最後にお礼を言ってから聖堂へ向かった。

「とりあえず救護テントとか片付けちゃいましょ」

「「はっ」」

 ラムの指示に従って王宮兵士たちがテキパキと救護テントを片付け始める。

「ラム、一応聞くがあの村に駐屯していた王宮兵士は戻ってきてるんだろうな?」

「……一名だけいないけど、それ以外は戻ってきてるわ」

 王宮兵士の方にもゴブリンによる犠牲者が出てしまったようだ。犠牲規模がどの程度なのか把握する術が無いが、悪い方向に進んでいるのは確かだ。

「ほら、リキュアが以前あの村の警戒態勢を強めて欲しいって言ったでしょ? 兵士長は検討しておくと保留にして兵を送らなかったのよ。で、それから二月後くらいに北西方面で危獣とゴブリンが争った跡があって、兵士長はその報告を聞いてようやく動いたの。つまり私が言いたいことは、あの村の警戒態勢は強まってたってこと」

「強めていてもそれを圧倒する数ってことか……」

「そのようね。百や二百……それ以上だと思うわ」

 もはや軍隊並の数である。村の人々が生き残って王都まで避難してきていることが奇跡のようにさえ感じる。

「その数が王都に来るとなると……流石に厳しいか」

「そうね……」

「どど、どういうことですか? ゴブリンが王都に来るんですか?」

 慌てたような素振りでエクシールがリキュアに訊く。

「エクシールも知っているだろ? ゴブリンの血に対する鼻の良さ」

「はい……少量でも嗅ぎ分けられるんですよね?」

「その通りだ。さっき治療した村人たちはほとんど怪我を負っていた。逃げる最中に血は零しただろう。それに血の臭いは空気にも混じる。ということは?」

「血の臭いを辿ってゴブリンが来る……?」

「正解。さらに村には犠牲となってしまった村人と王宮兵士の遺体がある。血を好む連中が遺体をそのままにしておくと思うか?」

「……しないと思います」

 エクシールのこの回答は声が震えていた。

 遺体をそのままにしないということは、ゴブリンたちによって遺体は無惨な姿に変わり果ててしまうからだ。

「ってことだ。ゴブリンたちが王都に来るのは時間の問題だろう。ラム、兵士長に掛け合ってくれ」

「分かったわ。リキュアたちはどうするの?」

「俺たちは——」

 リキュアは空になった瓶が詰まった木箱を持ち上げる。

「襲撃までにこいつを補充しておくさ」

 片付け終わった中央広場を背にして錬金メディルへと戻っていく。リキュアの後ろをエクシールが「待って下さい」と追いかけていた。

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