第16話 - ジャムの味は如何に

 戻るとブラッドベリーから水分が出てきていた。

 ブラッドベリーの匂いか甘露草の甘い匂いか分からないが、台所が甘い香りに包まれていた。とても騎士の呪いが込められている逸話からは想像も出来ない。

「では火にかけましょう。【熱せよ炎火】」

 カレドニアが魔術を放つと、魔法陣から橙色の炎が小さく揺らめき出す。それを普段から調理している一角へセットし、その上に鍋を乗せた。

「少し煮込みましょう」

「シスターカレドニア、少しいいか?」

「はい。何でしょう?」

「ちょっとだけ細工させてくれ。【流れよ送風】」

 リキュアの手から放たれた勢いがあまり無い風は、カレドニアが出した炎を左右に揺らす。すると炎は橙色から徐々に青く変わっていき、左右に揺れることも無くなった。

「すげー、火が青色になった!」

「リキュア兄、凄い!」

「あ、ありがとうございますリキュア様」

「何、炎を安定させた方が早く煮込めるかなと思ってよ」

 青色の炎は橙色の炎より温度が高い。ブラッドベリーの量はかなりある。橙色の炎のままで煮込んだら数十分はさらに待たされ、子供たちが痺れを切らしそうなので、少しだけ補助をしたのだ。

 案の定、青色の炎に変化させると数分で鍋の中が沸騰し始めた。

 カレドニアは炎の勢いを少し減らし、弱火にして煮込む。

 するとブラッドベリーの暗赤色が抜けて白っぽく変化した。

 串のようなものを取り出し、ブラッドベリーを一つだけ刺す。何の抵抗も無く串はブラッドベリーを貫通した。

「これくらいであればいいでしょう。エクシール様、そこの甘露草を下さい」

「あ、はい」

 エクシールは甘露草一本をカレドニアに渡し、カレドニアは甘露草を折って糖液を鍋の中に投入していく。

「少し煮詰めておきましょう。みんな、その間にこのジャムを入れる瓶用意してくれる?」

「「「はーい!」」」

 子供たちは台所の棚に群がり、綺麗に保管されていたガラス製の瓶(以前リキュアが作ったもの)を手に取って机の上に並べる。小さい子は棚に手が届かなかったので、エクシールが代わりに取ってあげていた。

「シスター、これでいい?」

 カシスが火の番をしているカレドニアに聞く。個数も十分だと判断したのかカレドニアは「はい、これでいいですよ」と言った。

「リキュア様、その瓶少しだけ温めて貰えないでしょうか?」

「ああ。いいぞ」

 煮込んでいるジャムはかなり熱い。ガラスは急激な温度変化に弱いため、温めずにジャムを入れたら割れる可能性がある。

 子供たちに瓶が入る入れ物を用意してくれと頼んだら、全ての瓶が入るくらいの大きなタライを持ってきた。リキュアはその中に魔術で温水を出し、十分な量を注いだところで瓶を温水中に沈める。

 カレドニアは煮詰め終わった後、火を止めてブラッドベリーが糖分に浸透するまで待った。台所はブラッドベリーの甘ったれた香りが充満し、火を使っていたからか少し蒸し暑い。

 その後カレドニアはもう一度ジャムを沸騰させ、細菌を完全に滅菌する。

「では、瓶に入れていきましょうか。みんな、零さないように。火傷するからね」

「「「はーい」」」

 数個のおたまを取り出し、子供たちに分け与える。熱々の鍋を机に置き、温まった瓶の水滴を切り、おたまでジャムを掬って瓶の中に入れる。

 子供たちはカレドニアが入れる様子をじーっと見てから、カレドニアの動作を真似するかのようにおたまでジャムを掬って瓶に入れ始めた。

 ただ、瓶口は小さく、おたまで入れようとするとはみ出て零れそうになる。

「リキュア兄、手伝ってー」

「エクシール姉も!」

「少しだけな」

「いいよ。一緒にやろっか」

 リキュアとエクシールも参戦し、次々と瓶にジャムを入れていく。

 二人の手際もあってか子供たちは誰一人火傷することなく鍋の中のジャムを全て瓶に移し替えることが出来た。キャップをはめて完成である。

 カレドニアは「最後に煮沸滅菌しますので」と言い、ジャムが入って完成した瓶を温水が入ったままのタライに入れた。魔術を唱え、タライの温水を温めて沸騰させる。温水内に魔法陣が展開され、火は浮かんでいない。魔法陣そのものが熱源となって温水を温めているのだ。

 数分間沸騰した湯で消毒すると、タライから瓶を取り出す。子供たちが「早く食べたい」と言い、手を伸ばしてきたので火傷しないよう手を引っ込めさせた。

 長い時間待っていたからか子供たちの我慢が限界に達してきたようである。口々に食べたい気持ちを言い始めた。

「困りましたね……本来なら自然冷却が望ましいんですが……」

「この様子ですと聞く耳も持たなさそうですね。どうします? リキュアさん」

「さっさと冷やして食欲を満たした方が良さそうだな」

「分かりました。では、冷やしましょう。【冷やせよ氷却】」

 取り出した瓶に冷気が纏わり付く。冷気は瓶が持っている熱を奪い、水となって机に滴り落ちる。温度変化に弱いガラス瓶だが、纏わり付いた冷気は急激に温度を下げている訳では無く、徐々に下げている。そのため割れる心配は無い。

「こんなところでしょうか」

 リキュアが瓶を触って冷えたかどうか確認する。身震いする程冷たくなった瓶からは熱が感じ取れない。内部の熱も同時に確認した。

「いい感じに冷えてる。問題無いだろう」

「完成? 完成?」

「できたの?」

「リキュア兄、ジャム出来たの?」

「ああ」

 リキュアの肯定を鍵に、子供たちは「やったー!」とはしゃぎ出した。

 早く食べようよとせがむ子もいれば、瓶の冷たさに驚いた子もいる。

「……少し早いですが休憩時間としましょうか。リキュア様とエクシール様はあちらでお待ち下さい。すぐに準備をします」

 カレドニアが休憩の準備をし始めると、子供たちは準備が習慣になっているのかリキュアたちのところに寄ってこず、わいわいとカレドニアを手伝うような形で作業をし始めた。

 ものの数分で準備が終わり、カレドニアが温かい紅茶をリキュアとエクシールに差し出した。机には丸い掌サイズのパンが入ったバスケットや、切り分けられたフルーツが置かれている。

「では、いただきましょう」

「「「いただきまーす!」」」

 リキュアとエクシールも子供たちに遅れて「いただきます」と言った。

 子供たちは言うやいなやパンを掴み取り、ジャムの瓶を開けてパンの表面にジャムを塗る。そのまま大きく口を開けてパンに齧り付いた。

「あ、あまいよ!」

「おいしいー」

「パンがパンじゃないみたーい」

「どれどれ……」

 右隣に座っているカシスからジャムの瓶を借り、パンを一口サイズに千切ってジャムを塗る。見た目は赤色を基調とした鮮やかな色だ。香りも甘さが伝わって涎が出てくるかのようないい匂いがする。

 ジャムを塗ったパンを口へ。

 ブラッドベリーの酸味と甘味がジャムになっても残っており、甘露草の甘さがそれをさらに引き立てているかのようだ。

「……美味いな」

 いつもはブラッドベリーの実そのものを食べていたが、こうやって加工して食べてみるのも悪くない。工房でも作ってみようかと脳裏に過ぎる。

 そういえばエクシールは食べるのだろうかと左隣にいるエクシールを見る。

 やはり食べるのは渋っているようで、切り分けられたフルーツをずっと食べていた。気分は乗っていないようで、耳も尻尾も元気が無い。

「エクシール姉、ジャム使わないの?」

「え? う、うん……」

「食べてみてよ! すっごく甘いよ!」

「それにすごくおいしいよ」

「エクシール姉も早く!」

「う、うん……」

 子供たちに勧められては断り辛い。ちらっとリキュアに助けを求めたが、リキュアは首を横に振って観念しろと告げているようだった。

 パンを掴み、恐る恐るジャムに塗って一口サイズに千切る。

「う、うう……」

 見た目と香りは美味しそうなジャムなのに、元はブラッドベリーなのだ。騎士の呪いがかかるという逸話があるあのブラッドベリーなのだ。

 震える手と口を動かし、パンを口へ運ぶ。

 ごくりと唾を飲み込む。

「——っ!」

 意を決した。手に持っていた分を全て放り込んだ。

「あ、あま……ぁ」

 甘さが口の中で広がり、美味しさがエクシールに伝わる。

 まだ入っているジャムの瓶を見つめながら、広がる甘さを噛みしめて飲み込んだ。

「エクシール姉、どうだった? 美味しかったでしょ?」

「甘かったよね?」

「う、うん。美味しかった……」

 紅茶をすすり、広がる甘さを一旦打ち消す。ややほろ苦く渋みがあるこの紅茶は、甘いジャムとの相性はバッチリだ。

「食べてよかったろ?」

「それは……そうですけど……」

 リキュアに顔を見せないよう、ぷいっとそっぽを向いた。甘くて美味しかったことは事実のようで、尻尾の表現だけは止められていない。

「早くしないと俺が全部食べるぞ!」

「あーずるーいー。わたしもたべたい!」

「ぼくも!」

「みんな落ち着いて!」

 カレドニアが仲裁に入り、平等にジャムを使うよう躾ける。

 はしゃいで怒られるそのあどけなさに、リキュアとエクシールの口元が無意識の内に綻んでいた。


「じゃあねー、リキュア兄ぃ!」

「エクシール姉も!」

「じゃあな」

「みんな、ばいばーい」

 日も落ち、世界が夜に包まれる。リキュアとエクシールはカレドニアやカシスたちに見送られながら教会を後にした。

 あの後子供たちの遊びに何時間も付き合わされ、カレドニアのご厚意もあって夕食まで頂いた。遊んでいる最中もブラッドベリージャムの存在は子供たちの記憶に刻まれており、抜け出しては食べようとする子もいた。勿論、カレドニアに叱られている。

 エクシールの手には一緒に作ったブラッドベリージャムの瓶が握られている。こんなに大量にあっても持て余すだけなので貰ってくれと、カレドニアから頂いたものだ。

 王都中に仕掛けられた小さな魔法陣から明かりが生まれ、夜の王都を照らす。

「何だかんだ、結構食べてたな」

「し、しょうがないです。甘いものは別なので。それに、神聖な教会であれば、呪いは舞い込んで来ないでしょうから」

 あれほどブラッドベリーの存在を忌み嫌っていたエクシールだが、ジャムの甘さに虜になってしまったようだ。休憩時間中も一瓶を丸々使い果たすかの勢いでパンに塗って食べており、リキュアもその豹変具合に大層驚かされた。

 エクシールなりに克服出来たのであれば、それは成長と言えるものであろう。エクシールの脳内でブラッドベリーの存在がどのように書き換えられたかは知る由も無い。

 錬金メディルへ差し掛かる王都の大通り。錬金メディルがある方へ足を運べば帰れるのだが、リキュアは逆方向に向けた。

「あ、あれ? リキュアさん? お店はこっちですよ?」

「ちょっとだけ野暮用だ。エクシール、少しだけ時間あるか? 手伝って欲しいことがある」

「いいですけど……何するんです? もう陽も落ちましたし、市場も店仕舞いしてるはずですよ?」

「なーに、すぐに終わる」

 ポケットに手を突っ込んだままリキュアは答えた。

「薬草採取だけだからな」

「や、薬草……?」

 エクシールはリキュアの心意を読み取ることが出来ず、首を傾げてリキュアについていく。

 優しい光で照らしていた月光が雲に覆われ、路地の闇が深くなった。

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