第14話毒と秘密と前領主(2)

 翌朝にはすっかり体調は良くなっていた。私は診療所の職員に礼を言い、ついでに最近のことを尋ねてみる。


「近頃、変わったことはありましたか?」

「そうですね……以前より暴行の負傷者が増えている、とかでしょうか。特にその……領主様に言うのもなんですが、治安の悪い闇市の辺りで」


 闇市周辺……。ルーディックの残した資料からダイダリーにそう言った後ろ暗い場所があるのは知っていたが、実際耳にすると頭が痛い。シグベルの言っていた「奇妙なこと」とも関係があるのだろうか。


「ああ、後は薬品の不足も。我々の管理不足と言われればその通りなのですが、あるはずの物がなかったり、代わりに普段とは違う商人が薬を高く売りに来たりと……」


 また物資の不足だ。スクロールの横流しといい、この都市では何者かが意図的に物資を操作している可能性が高い。医薬品までその影響を受けているとなれば、事態はより深刻かもしれない。レインの件とも関係がないとは言い切れない。


「ありがとうございます。参考になりました。領主として、この診療所が守られるよう手配しますね」


 薬品の不足は急ぎの課題だ。物資の流れを調べ、いち早く正常に戻す必要がある。それに医師が一人減ってしまったから、今後は厳しくなるかもしれない。新たな医師を呼べるようにもしておかなければ。


 そんなことを思案しながら屋敷に戻る。中はいつもと変わらない……と思ったが、どうやらそうではないようだった。使用人達から向けられる視線が前ほど鋭くなくなっている。

 こちらを探るような警戒心よりは、何かを期待するような眼差しに変わっていた。


(きっと、昨日の話が広まったんだわ)


 カーラが「領主がヴィオラ様の死の真相を探るつもりだ」とでも言ったのかもしれない。

 ヴィオラ様を慕っていた使用人達にとって、それは予想外の出来事だったのだろう。彼女の死に何か疑問を抱きつつも、領主家の問題に口を出せる立場ではないと、沈黙していた可能性もある。


 だとすれば――私は、彼らの言葉を聞く準備をしておくべきだ。


「お帰りなさいませ、ロゼリア様」


 覚悟を決めた私をヒルダが出迎えた。屋敷の変化について詳しく聞こうかとも思ったが、今はシグベルを待たせている。それは後回しにしよう。


 心配そうなヒルダを安心させるために笑いかける。彼女の表情は複雑だったが、それ以上何も言わなかった。私は急ぎ身嗜みを整えてから応接室へと向かう。


「おはようございます、ロゼリア様。お体はいかがですか?」

「おはようございます、シグベル様。私はもう大丈夫です」


 言葉は柔らかいが、その冷静な目はいつも通りだ。簡単な挨拶を交わし、私とシグベルはすぐ本題に入った。


「屋敷を調べるとのことでしたが」

「ええ。ルーディック氏の書斎、執務室、倉庫……調べることは多く、我々には時間がありません」

「そうですね。ではテオドアを呼びましょう、ルーディック様に関係することなら屋敷で一番詳しいでしょうから」


 テオドアを呼び、ルーディックの書斎や私室の案内を頼んだ。彼は最初若干難色を示していたが、ヴィオラ様の件や怪しい取引の件を話すと納得してくれた。彼自身も、気になることがあったようだ。


「ルーディック様には以前信頼する商人がおりました。しかしヴィオラ様が亡くなる少し前から姿を現さなくなり……」

「その商人は『セイラー』と名乗っていたかしら?」

「ええ、セイラー・ロスと」

「まずはその名前が手がかりになりそうね」


 私はシグベル、ヒルダ、テオドアと共に書斎へと向かった。これが最初の一歩になると信じて。


 書斎の扉を開けると、乾いた空気と微かに古紙の香りが鼻をかすめた。登りつつある太陽の光が中を照らす。書棚にはぎっしりと本が並び、机の上には封をされたままの書類がいくつも積まれていた。埃は少なく、誰かが定期的に掃除しているようだ。後で、ここに出入りする使用人にも話を聞く必要がある。


「では、それぞれ調べましょう」


 役割は自然と決まった。私は机を、テオドアが過去の書類を、ヒルダは戸棚を。シグベルは全体を見渡してから私の隣にやってきた。ルーディックの私生活や個人的な書類に注目しているようだ。


 まずは机の引き出しを開けようとすると、そこには鍵がかかっていた。テオドアに目を向けると、彼は少し考え込んだ後、懐から鍵束を取り出す。


「ルーディック様が使っていた鍵の一部です。もしかすると……」


 試しに鍵を差し込むと、カチリと音を立てて引き出しが開いた。中には、いくつかの手紙と小さな帳簿が収められている。


「……これは」


 帳簿の一部をめくると、見覚えのある名前が目に入った。『セイラー・ロス』。彼の名前の横には、日付と金額、そして簡単な取引内容が記されている。


「ルーディック様は、彼と何を取引していたのかしら……?」

「これだけでは判断できませんね」


 他の記述が装飾品などと明記される中、ひときわ目を引いたのは『ソルミナ』という一語だった。繰り返し購入されているが、それが何を意味するのかはシグベルも知らないようで、テオドアも首を傾げている。私はその単語を手帳に書きとめ、封の空いた手紙に手を伸ばした。


 差出人はセイラー・ロス。封蝋に使われているのはダイダリーにある商会の刻印だ。上質で品の良い紙に、整然とした美しい筆記体が並んでいる。


 手紙の内容は時候の挨拶から始まり、今後とも良い関係を続けたい、という旨で結ばれている。他にも以前からルーディックが何かを相談しているようであったりと、ただの商人と客よりも深い関係を感じさせる文面だ。その中に『ソルミナ』の名が出た瞬間私は手を止めた。


 この手紙によると、『ソルミナ』とは特別なルートで用意される貴重な薬であるらしい。用法用量を守ればきっと貴方様のお悩みも軽くなるでしょう――その言葉は謎をますます深めるばかりだ。やはり、どんな効果のある薬か分からないことには推測しようがない。


(医師なら知っているかしら……)


 そう、例えばルーディックのかかりつけ医であったレインだとか。彼は今ダイダリーの重犯罪者区域で医師の業務を行っている。ソルミナという薬や――商人についても、何か聞けるかもしれない。

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