第3話 守る為の力【スキル】
「(どうする、どうする、どうする…?!)」
頭をフル回転させて、この状況を打破する方法を考える。
取り敢えず5年生だけは大丈夫だ。
あの魔獣が見えた時に、扉に鍵を掛けたから。
今この教室に居るのは、俺と、4年生の一人と、
そしてそいつは今、その4年生を襲おうと、牙を剥き出しにしながら、ゆっくりと近付いている。
「(何か、何か手は…!?)」
残念ながら、この教室に武器という武器はない。
あったとして、どうやってあの魔獣に立ち向かう?
見た目はオオカミそのまんまだけど、何より大きさが違う。
教室の天井に着くくらいの体高に、鋭い牙。
目付きは血に飢えた獣のようなギラついているし、今にも人間を食おうとしている凶暴さを宿している。
勝てっこない。
けど、やるっきゃない!!
俺は迷わず走り出した。
咄嗟にポケットに手を入れ、そこからハサミを取り出す。
少しでもアイツの気を引かないと、すぐにでもあの4年生が
──殺されてしまう。
「(ダメだ、間に合わない)」
必死に足を動かすけど、恐怖で上手く走れない。
もだついている間にもあの魔獣は、4年生目掛けて前脚を掲げた。まずい、切り裂くつもりだ。
早くしないと、後輩を一人亡くしてしまう。
それだけは、絶対に嫌だ。
どうだっていい、動いてくれ、動いてくれ、俺の足。
何だっていい、神様、居るんだったらあの子を──!!
《──強い意志を確認、承認しました。個人名
頭に、無機質な声が響いた。
その瞬間に、体中から力が湧き上がって来るような感覚に包まれる。
熱を発しているかのような、体の芯がマグマのように熱せられているかのような、そんな感覚。
体の震えは、もうない。
思考も、幾分かクリアだ。時が遅く感じる。
──いける。
「おい、そこの犬っころ! 俺が相手だ、掛かってこい!!」
魔獣がこっちを見た。
凄い威圧感が俺に襲い掛かって来る、足が竦みそうだ。
でも、今はそんなの関係ない。
絶対に、俺が後輩を守り切ってみせるんだ。
俺はハサミの二つの刃を分解した。
どちらともに、体の内側から湧き上がって来るこの力を込め、魔獣に向かって振り上げた。
そして、頭の中に浮かび上がってきた言葉を口にする。
「“
魔獣の顔近くまで飛び上がって、ハサミを振り下ろす。
魔獣も応戦しようと口を開けたけど、今の俺には関係ない。
一筋の光が走ったかと思えば、その瞬間には魔獣の首は落ちていたからだ。
『ガァァァアアア──!!』
「…うっせ」
魔獣はとてもうるさい断末魔を上げて、塵になって消えた。
俺は思わず耳を塞いで、そうとだけ呟いた。
いつの間にか止めていた息を吐くと、体中から力が抜ける感覚に陥った。
無意識のうちに、体中の筋肉が張り詰めていたんだろう。
「ウミ先輩!」
へなへなと床に座り込んでいたら、5年生が後ろの扉を開けて、教室に入って来た。
やべ、顔を上げる気力すら残ってないんだけど。
「先輩、なんで鍵を閉めたんですか!」
息を整えていると、コトミが強い口調で詰め寄った。
めっちゃ怒ってるなー、これ。
そりゃそうか、俺に従うと決めた矢先に、俺が勝手な行動をしたんだもんな。
憤るのも仕方ないか。
「…先輩? なんか顔色悪いけど大丈夫ですか?」
頬を膨らませて怒りを露わにするコトミを押し退けて、ハルヒが俺の顔を覗いてそう言った。
めっちゃ心配そうな顔してる。
あれ、なんか視界がぼやけてきた。
立ち上がろうとしたら体に力が入らなくて、後ろに倒れた。
頭打ったー、痛え。
「ちょっ、先輩大丈夫ですか!? しっかりしてください!
先輩!!」
痛みとハルヒの声を最後に、俺の意識はそこで途切れた。
******
目を開けると、そこは体育館の天井だった。
骨組みの鉄柱が剥き出しになってて、貼られているネットの上に、ボール乗っかっている、アレ。
「あ、ウミ先輩。起きました?」
「リクせんぱーい、ウミ先輩起きましたー」
首だけを動かして周りを見ていると、ハルヒとモモが顔を覗き込んできた。
思わず固まってたら、モモはすかさずリクを呼びに行った。
「…ウミ、やっと起きたんだね。5年生が意識のない君を運んで来た時、すっごくビックリしたんだから」
眉毛を吊り上げて、リクは俺を見るなりそう言った。
顔は怒ってるけど、これは怒ってる時の顔じゃないや。
だって、目が心配そうに潤んでるし、声色は泣きそうだし。
俺がジッと見つめてると、覚えていないと思われたのか、これまでの事を説明してくれた。
実際覚えてないから助かるな。
まず一つ。
俺が気を失った後、ハルヒとケンが二人で俺を運んで、リクやソラと合流した事。
リク曰く、二人とも泣きそうな顔で俺を担いで、必死に走っていたらしい。
二つ。
ハルヒとケンが俺を運んでいる間、コトミ・ホノ・モモの三人は、中断していた4年生の捜索をしていた事。
俺の見解通り、皆床に倒れて眠っていたようだ。
最後に三つ。
崖小の児童捜索が完了し、この体育館に集まっている事。
「ほらウミ、起きてすぐの所悪いけど行くよ。皆が待ってる」
リクの手を借りて、寝ていた体勢から起き上がる。
伸びをすると、背骨やら首やらから凄い音が聞こえてきた。
やっぱりずっと同じ体勢だと、凝り固まるんだよな。
俺はどうやら、体育館のマットで寝ていたようだ。
フッカフカで分かんなかったけど、学校のマットって意外と柔らかい。
リクに着いて行くと、体育館の中央付近にソラや5年生をはじめとした、崖小の子供たちの姿が見えた。
皆一塊になっていて、不安そうな顔をしている。
座る所を探していると、ソラが駆け寄って来た。
ソラも不安そうな表情のままだ。
「! 樋口先生!」
「ああ、ウミか。目が覚めたんだな」
そんな子供たちに取り囲まれるようにして居るのは、俺のクラス──6年3組の担任の
クルクルの毛先が特徴的で、いつも俺のイタズラを怒らずに褒めてくれる、凄く優しい先生だ。
俺もいつか、こんな大人になりたいと思っている。
「先生だ、せんせ…う、ぅうう…」
この世界に来て、久しぶりに見た大人の姿。
張り詰めていたような緊張の糸が切れて、心の何処かでほっとして、涙が溢れてきた。
やばい、止まらない。
俺が思わず泣いていると、リクにもソラにも移ったのか、二人も泣き出した。
「…大丈夫、俺がついてるよ。三人ともよく頑張ったな。大人も居ない中、皆を集めてくれたよ。ありがとう」
中々止まらない涙を拭い続けていると、樋口先生が俺たちを纏めて抱き締めてくれた。
落ち着けるように、背中をポンポン叩きながら、そう優しく声を掛けてくれた。
リクもソラもちょっと落ち着いてきたのか、鼻を啜りながらも樋口先生との抱擁から離れる。
俺も落ち着いてきたので、樋口先生から離れた。
やべ、今更になってちょっと恥ずかしいや。
「落ち着いたか?」
「…はい」
樋口先生は笑いながら聞いてくるけど、本当に恥ずかしい。
5年生にも、他の後輩にも、ガッツリ見られてたし。
リクなんて、平気そうな顔してるけど耳が真っ赤だ。
ふぅ、と息を吐きつつ、集まっている子供の姿を確認する。
見た感じ、結構居るみたいだ。
観察してると、リクとソラが報告してくれた。
「えっと、崖小児童は合計24人。一学年に3人以上は居る感じだよ」
「6年生は俺たち3人、5年生は5人。4年生、3年生、2年生、1年生は、それぞれ4人ずつだ」
なるほど、24人か。
一クラスできるかできないかの微妙な人数だけど、二桁居るだけマシだな。
大人には樋口先生も居るし、これなら何とかやってけそう。
「それじゃ、会議を始めよっか。ウミ、こっちに座って」
リクに促されて、樋口先生の隣に座った。
この会議は、崖小存続を掛けた一大事だ。
6年生として、頑張らないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます