第4話 最強の生物
まさかこんなことになるとは。自分の迂闊さが嫌になる。
王都からの派遣冒険者が先ほど到着したという話を聞き、飛んで駆けつけてみればこの有様だ。
「リアナ、回復魔法のスクロールだ。フレイリスにも使ってやってくれ」
少し見た程度だが、リアナの怪我はスクロールでどうにかなる。問題はフレイリス。致命傷は避けているものの、木の枝が腹部を貫通していた。応急処置にはなるだろうが、スクロールがどれだけ効果があるか。
さっさと終わらせなければと気を引き締めて、吹き飛んでいった少女のもとに行く。手応えとしては防がれた感触はしないが、普通の感触とは少し違う。恐らく彼女はまだ生きている。
「お前、何者だ。…………それとボルガスはどうした?」
そういえばここには三人で来ていたはずだと思い出し、彼の所在もついでに問い詰める。この場にいない時点で殺されたか、二人を囮に逃げたかのどちらかだろう。
「あんたの方こそ何者ですか。大して強く見えねぇくせに、随分と良いパンチするじゃねーですか」
「それよりも質問に答えろ。お前は何者で、ここにいたはずのもう一人の男はどうした」
「……ん? ああ! そーいうことですかぁ。あっはは。あぁ、そぉんなやついましたねぇ」
この反応、やはりボルガスは殺され――、
「それ、オレ様だったんですよぉ!」
「一度しか会ってないが、それでも――ん? 今、なんて言った?」
ボルガスって、あのボルガスだよな。隻眼大男の。それがこのちっちゃくて可愛い子だって? ……え?
「オレ様があのボルガスに変身してたんですよ。どうです? 驚きましたかぁ?」
「……ちなみにだけど、今の姿も変身後の姿で本当の姿は別にあるって展開だったりするか?」
「そんなことありませんよぉ。正真正銘、オレ様の本当の姿です」
「…………そか」
新しいちっちゃくて可愛いものに会えて喜ぶべきか、遠慮なく倒せる相手じゃないことを残念がるべきか。どちらだとしても、僕がこれからやること自体は変わらないが。
「一応聞いといてやるよ。お前、何が目的でこんなことをしたんだ?」
「『龍の心臓』がここにあるって聞きましてぇ。そしたらそこのクソガキが何か知ってるらしいじゃないですか。あ、もしかしてあんたも何か知ってますぅ?」
「『龍の心臓』なんて過ぎたものだろうよ、お前には」
「知ってること教えてくれねぇですか? オレ様、『龍の心臓』を喰らって完全なドラゴンになりたいんですよね」
「やめとけ。ドラゴンもどきの器じゃ耐えられねぇよ、龍の血も肉も」
瞬間、桃色の尻尾が頭上から襲いかかってくる。動き出しから攻撃までの間に無駄がない。戦い慣れしてるな。
「さすが竜人。ドラゴンもどきとはいえ、身体能力は人間族の比じゃないね」
「――は!?」
尻尾を使った打撃を腕でガードする。そして攻撃の勢いが弱まると、僕は尻尾を動きを封じるように掴む。
「ドラゴンならさ、空、飛んでみようか」
振り回すようにして勢いをつけると、そのまま彼女を空高くまで放り投げる。このまま少女は地上から遥か遠くまで飛ばされた後、重力に基づいて落下してくるだろう。
だが、それでも竜人。今は突然の事態に混乱しているようだが、冷静になれば空だって飛べる。だから僕は跳んで大空に飛ばされた少女に追いつく。
「――死ぬなよ。
急転落下。僕は少女を文字通り叩き落とし、華奢な体が地面を砕く。その衝撃で土煙が周囲に広がり少女の姿を覆い隠した。
竜人である以上この程度で死にはしないと思うが、空からだと少女の姿を見つけることが出来ない。
「――『ドラゴンブレス』」
土煙から出てきた熱線が頬を掠める。まともに喰らえば骨すらも焼き尽くす破壊の光線。それを僕は反射的に身体を逸らして回避する。
「……へぇ」
おそらく彼女は僕が地面に着地するまでに勝負を決める腹積もりなのだろう。そうしないと勝てないと判断したのだ。空中で僕が身動きの取れない今しか。
――なら、その考えに乗ってやるよ。
「『ドラゴ――」
「――
少女よりも一歩早く僕は攻撃を繰り出していた。
彼女に降り注ぐのは雷光。骨すら残ることを赦さぬ破壊と崩壊を秘めた、破滅の象徴。一方的な蹂躙が少女の小さな生命を襲う。
「……ぇ?」
光で周囲が満たされて一時的に視界が奪われる。
着地した僕が見たのは辺り一面の焦土。廃れながらも数百年残り続けていた神殿さえも跡形もなく消えていた。
「運がいいな、お前」
そして少女はというと、左肩からは抉り取られていた。だが、致命傷は避けられている。命を奪おうとは考えていなかったが、行動不能ぐらいは追い込めると考えていたが。
「――ぁなんでっ!?」
現在の状況を把握した彼女が口にしたのは、悲鳴ではなく絶叫。人の身でありながら自分が欲したものを所有している理不尽に対する、抗議だった。
「なんで!? なんで、あんたがそれをっ。まさか、『龍の心臓』は――!?」
そこまで言うと口から血が吹き出る。致命傷を避けたとは言っても、明らかに重傷だ。このままマトモな戦闘は望めない。彼女は意を決したかのように痛みを堪えながら尻尾を動かすと――、
「――『グランドブレイク』」
地面に叩きつけた。ただでさえ先ほどの戦闘でボコボコになった地面がさらなる衝撃によって大きく揺れる。
その衝撃によって地面から岩石が浮き出る。そしてその岩石が竜人の少女の姿を隠したその瞬間、彼女は姿を眩ませた。
「逃げたか」
考えられる手段としてはあの変身能力。あれがボルガスのような大男だけでなく、小さな虫にでも変身できるのであればこの視界の悪い中で見つけ出すのは困難。
それよりも――。
「リアナ、フレイリス。大丈夫か?」
二人のもとに駆け寄ると、フレイリスを介抱していたリアナがこくりと頷いた。
「リアナは大丈夫です。でも、フレイお姉ちゃんは意識が戻らなくて……」
「少し失礼するぞ」
服を捲って傷の状態を確認する。回復魔法のスクロールは十分効果があったようで傷は塞がっていた。意識が戻らないのは貧血のせいだろうか。
「とりあえず、命に別状は無いはずだ」
「そう、ですか……よかったぁ」
僕はフレイリスを背中から抱き上げる。大丈夫だとは思うが、念の為、急いで医師のところへ向かった方がいい。
「リアナ、自分で歩けるか?」
「は、はい。リアナ、余裕です」
「そうか、偉いな。村に帰ろうか」
「はい!」
☆ □ ☆ □ ☆
――暖かい。
フレイリスは微睡みの中からゆっくりと目を覚ます。微かに感じる振動がまるで揺りかごのようだった。
「――お、目が覚めたか」
大好きな声が耳に入ってフレイリスは夢心地の気分から一気に覚醒する。
「……え、お、お兄ちゃん? え? というか、近っ!?」
すぐ目の前にはレンの顔がある。その事実に混乱したフレイリスは何とか逃れようと体を動かした。だが、もがけばもがくほどフレイリスを抱きしめる力は強くなる。
「落ち着け。もうすぐ村に着くから。それまで出来るだけ安静にしてろ」
「え、村? なんで?」
「お前、ちっちゃくて可愛いボルガスと戦って怪我したんだよ」
「……あ、そうだ。あたし、……あ! リアナちゃんは!? リアナちゃんは無事!?」
「リアナはピンピンしてます。フレイお姉ちゃんのおかげですね」
いつものように元気な声が下から聞こえてきて、フレイリスはほっと息を吐いた。
「よかったぁ……。あはは、またお兄ちゃんに助けられちゃったね」
思い出すのは初めて出会ったあの日。薬草を取りに村をこっそり抜け出したフレイリスが、魔物に襲われていたところを助けてくれた日のこと。
何も変わってないな、あたし。とフレイリスは心の中でぼやく。
「それは違うぞ」
そんな心の声を聞いたかのように、レンは優しくそれを否定した。
「そうですよ! リアナ、フレイお姉ちゃんに助けられました! フレイお姉ちゃんがいなかったら危なかったです!」
「それは、……その、あたしにはそれぐらいしか出来なくて」
ボルガスに一撃を入れようとして反撃を受けた時、フレイリスは何も出来なかった。リアナのような機転もレンのような強さも持っていなかったから。
だから出来たのはほんの些細なことで。それすらも、少しの間リアナを守る程度のものでしか無かった。
「でも、それがなかったら僕はリアナを失っていた。だからありがとう、フレイリス。守ってくれて、ありがとう」
――違う。あの時、あたしが動けたのはあたしの力じゃない。あの場にいたのがリアナちゃんでなければあたしは咄嗟に動けなかった。
素直で前向きで一生懸命なあの子でなければ。
自分よりも生きて欲しいと願える彼女でなければ。
大好きな人が大切にしている妹でなければ。
あの一瞬でリアナちゃんを優先する覚悟を持つことは出来なかった。
結局、全部フレイリスだけの力ではなかった。あの時ボルガスに立ち向かえたのも、リアナを守れたのも、今こうして生きているのだって。
「……あたし、強くなりたい」
覚悟が足りなかった。冒険者として生きていくための、大切な人を守るための覚悟が。
涙が溢れた。それを誰にも見られたくなくて、彼の首元に顔を埋める。きっと彼には気づかれていただろう。気づいたうえで、気付かないふりをしてくれた。
「強くなれるよ、フレイリスは。僕ぐらい強く。……いや、」
その時あたしは彼の顔を見てなかった。見てなかったけれど、きっと、あたしと同じ顔をしてたのだと思う。
「リアナを守れたフレイリスなら、僕よりもずっと――」
そこから先は静かだった。レンもリアナもフレイリスも、村に着くまで誰も口を開かない。だがこれは彼女らには必要だった。心に受けた傷を、無為に癒すだけで終わらせないために。
――たくさんの声が聞こえる。喧騒だ。村の人たちが三人を心配して入口の前で待っている。
三人の姿を見つけると、数人の大人たちが駆け出した。それを止めようとした者もいたが、彼らは止まらない。
そんな暖かい再開の場面を、翡翠の瞳がじっと見つめていたことを誰も気づかなかった。
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