第29話 マーキング
登校するための準備はもう済ませていて、時間が来るまでの間、私たちはベッドの上で寄り添っていた。
「……結菜」
穂香が小さく名前を呼ぶ。
私が「ん?」と顔を向けようとした、その瞬間——
ぐいっと強い力が加わり、私はベッドに押し倒されていた。
「……え?」
一瞬、何が起きたのかわからず、穂香を見上げる。
穂香は私の上に覆いかぶさるような体勢のまま、じっと私を見つめていた。
不安げに揺れる瞳。
でも、その奥には、揺るがない意志が見え隠れしている。
「……ごめんね、結菜……」
そう囁いた直後、穂香の唇が私の首元に触れた。
「……っ」
驚いたけれど、穂香の腕が私に回されると、それ以上何も言わずに受け入れた。
昨日つけられた痕がまだ消えていない。
なのに、同じ場所を狙うように、穂香は何度も唇を押し当ててくる。
マーキングするように。
私は軽く息を吐いて、そっと穂香の背中に腕を回した。
すると、穂香の指がぎゅっと私の服を握るのがわかる。
「……穂香」
そう呼びかけても、彼女は顔を離さない。
唇が触れるたびに、そこに熱が残る。
それがどれほど続いたのかは分からない。
けれど、ふと時計に目をやると、そろそろ家を出る時間が近づいていた。
「……穂香、そろそろ行かないと」
声をかけると、穂香の動きが止まる。
それでも、私の服を握る手は離れなかった。
「……もうちょっと」
くぐもった声が聞こえる。
「ダメ。遅刻しちゃう」
私は優しく言いながら、穂香の背中を軽く叩いた。
穂香は小さく瞬きをして、それからゆっくりと顔を上げる。
ほんの少しだけ、未練がましく私の首元を見つめたあと、ようやく身体を起こした。
私たちは静かに準備を整え、学校へ向かうために玄関へと向かった。
────
穂香の手をそっと握り返し、私は玄関の扉を開ける。
外の空気を感じながら、二人並んで歩き出した。
手を繋いだまま、通学路を歩いていく。
温かい感触が確かにそこにあって、繋いだ手から穂香の指の動きが伝わる。
時折、指先がぎゅっと強く絡まるように握られる。
何も言わずに、ただ歩く。
曲がり角をいくつか過ぎると、校舎の屋根が見え始めた。
門が近づくにつれ、穂香の指がさらに強く絡む。
校門をくぐっても、私たちは手を繋いだまま歩く。
やがて、それぞれの教室へ向かう分かれ道が見えてきた。
私はそこで立ち止まり、穂香へ顔を向ける。
「昼休みにね」
そう言って、私はそっと手を離そうとする。
けれど、穂香はぎゅっと強く私の手を握りしめて、すぐには手を離さなかった。
「……やだ」
小さな声で呟く。
その声には、どこか寂しさが滲んでいた。
私は穂香の手を包み込むように握り直し、静かに微笑む。
「ほら、授業始まっちゃうよ」
優しく諭すように言うと、穂香は唇を噛みながらも、ゆっくりと手を緩める。
名残惜しそうに私の指を撫でたあと、ようやくその手が離れていった。
私も少し寂しさを感じながらも、「じゃあ、またあとで」と言い残し、教室へと向かった。
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