王女様のありふれた婚約
五色ひわ
書き出し指定「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」
あの夢を見たのは、これで9回目だった。わたくしはベッドの中でため息をつく。
王城の廊下の曲がり角で、男性とぶつかる夢。場所は毎回同じだが、相手は四人の男性が順番に出演している。今回の夢で三周目に入ったので、この四人で固定されているのだろう。
おそらく、予知夢……に見せかけた父である国王の思惑が見せている夢だ。
『わたくし、恋愛小説のような出会いがしたいのです!』
九歳だった自分が満面の笑みで放った恥ずかしい言葉を思い出す。あの頃は、結婚相手を自由に選べないとは知らなかった。だからこそ、わたくしの言葉を聞いた父や兄が困った顔をした理由も、わたくしに恋愛小説を貸した侍女が叱責された理由も分からなかった。
しかし、十七歳になった今は、十分に理解している。残念ながら、運命の出会いを信じられるほどの純粋さもない。
わたくしは侍女たちを呼び入れて、支度を整えながら考える。
大国である我が国は平和だ。隣国との関係は良好で、王太子である兄やその側近も優秀である。つまり、わたくしが政略結婚を強いられる情勢にはない。
身分が釣り合い、性格や能力に問題がないなら、誰と結婚しても良いのだろう。夢の中の四人は、婚約を申し込まれた中で父の審査に合格した者だと思う。
夢の始まりには、ご丁寧に日めくりのカレンダーが映り込んでいた。出てくる男性によって日付が違うので、好みの相手とぶつかって恋愛小説のような出会いをしろということだろうか?
いつまでも、夢見がちな少女だと思わないでいただきたい。
でも、どうやって、ぶつかるのかしら?
普段から護衛や侍女が一緒にいるので、王女であるわたくしが誰かとぶつかるなんてありえない。実行されるなら、護衛や相手の男性にも協力を仰ぐ必要がある。
なんて、恥ずかしい!
わたくしは慌てて部屋を出る。なるべく、早く父に会って止めなければならない。
「姫様、お待ち下さい!」
護衛や侍女たちが追いかけてくるが、立ち止まるわけにはいかない。一番早くても一ヶ月後だが、父がいつ話してしまうか分からないのだ。
廊下の角を曲がって……
ドン!
わたくしは跳ね飛ばされて後ろに転がった。人とぶつかるなんて人生で初めてだ。少し足が痛いが、そんなことはどうでも良かった。
だって、この状況は……
夢と現実が重なって、胸が勝手に高鳴る。
夢の通りなら、ぶつかった男性が手を差し伸べながら言うのだ。
『大丈……
「大丈夫かい? 私の可愛いお姫様」
声をかけられてドキドキしながら顔を上げる。眼の前には、父が凛々しい表情で立っていた。今でも女性にモテる美形だが、実の娘であるわたくしがときめくはずもない。雰囲気に流されて、父の声だと気づかなかったことが恥ずかしい。
「お父様、お話があります」
わたくしは急速に冷静になって低い声で言った。
終
王女様のありふれた婚約 五色ひわ @goshikihiwa
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