第5話 夢

懐かしい夢を見た。

私がまだ学校に通ってた頃だ。

高校に入って、夏休みが終わったばかりの時。

文化祭が始まる前だった。


「白雪」


私の名前を、一人の男子が呼ぶ。

よく覚えている。近藤一平だ。

野球部で、一年なのにエースになった男子。

すごい速い球を投げるらしくて、注目を集めてた。


五分刈りのいがぐり頭にしっかり鍛えた肩幅。

眉がしっかりしてて、声が大きい。

典型的な野球部って感じの男子。


「近藤、どうしたの」

「どうしたのって、今日は文化祭実行委員の委員会があるだろ」

「ああ、そうだった」


そう言えば文化祭の実行委員になったんだった。

運の悪いことにくじ引きで当たってしまい、私と近藤が選ばれた。

帰宅部の私はまだ良いとして、部活動もある近藤は大変だな、なんて内心同情する。


「私出るから、近藤は部活行っていいよ。エースなんでしょ」

「馬鹿言うなよ。お前一人に行かせたら俺が先生に怒られるだろ」

「それもそっか」


それまでなんとなく体育会系の近藤とは合わないと思っていたけど、いざ話してみるとかなり良いやつだった。

一緒に過ごしても馴染むし、沈黙も痛くなかった。


委員会に出席した私たちは、足早に教室へ荷物を取りに戻る。

廊下に人の姿はなく、窓の外ではグラウンドで野球部が練習を開始していた。


「あー、もう野球部練習開始してるね。早く行かないとダメなんじゃない?」

「あぁ……」


気の抜けた返事が帰って来る。

不思議に思って彼を見ると、近藤と目があった。


「白雪って、今度の日曜暇か?」

「日曜? 別に用事は無いけど」

「じゃあさ、どこか遊びにでも行かないか?」


うん? と一瞬眉をひそめ、すぐに納得する。

クラスのみんなで遊びに行く誘いか。


「何人くらいで行く予定なの?」

「いや、二人で。ボウリングとか、バッティングセンターとか」


「何それ。近藤が行きたい所じゃん」

「べ、別に良いだろ」


近藤は耳まで真っ赤だった。

その様子が可笑しくて、クスッと笑ってしまう。


「別に良いよ。私も、もうちょっと近藤のこと知りたいかも」

「お、おぉ……! マジか! やった!」


私が返事すると近藤は子どものように目を輝かせた。

明らかにテンションが上がっている。

今にも飛び跳ねそうだ。


「じゃあ、今度の日曜ね」

「あぁ! また連絡する!」


荷物を持って走り去る近藤を見送った。

これってデートだよね。

正直、誘われるだなんて思ってなかったから、心臓がドキドキしている。


「紗夜どうしたの? 何か嬉しそうだね?」


すると不意に、背後から声をかけられた。

恵那だった。

彼女とは中学が一緒の親友だ。


「恵那、居たんだ?」

「居たんだ? はないでしょうよ。せっかく人が待って上げてたのに」


「ごめんごめん。でも、どこにいたの?」

「ちょっとトイレ」


恵那は「そんなことより」と私のことをツンと肘で突ついた。


「さっきの近藤くんでしょ? 何があったの? 言ってみなよ」

「実は……今度近藤と出かけることになった」

「えー? 何それデートってこと? めっちゃ青春じゃん!」


恵那は明らかに面白がって私の顔を覗き込む。

ニヤケ顔を見られるのが恥ずかしくて、思わず顔を逸らした。


「で、どこいくの?」

「いや、まだ決まってない」


「そっかぁ。でも近藤くんから誘われるってすごいねぇ。何せ近藤くん、かなりモテるでしょ?」

「そうなの?」


初耳だった。

「そりゃそうでしょ」と恵那は返す。


「顔も性格も男前だし。運動も勉強もできんじゃん。狙ってる子結構いるって聞くよぉ」

「へぇ……」


「へぇってあんたねぇ。もうちょっと興味持てばいいのに」

「あんまり恋愛とか考えたことなかったから……」


私が言うと恵那は「はぁ……」と呆れたようにため息を吐いた。


「こりゃ近藤くん、前途多難だわ」

「うるさいな……」


私がムッとすると、恵那がにっと笑みを浮かべた。


「デート、上手く行くと良いね」

「うん」


友達もいて、いい感じの男の子もいて。

私の高校生活は順調に思えた。

だけど――


「白雪ぃ、ちょっと話良い?」


次の日の放課後、同じクラスの若槻ひろなに声をかけられてから、私の生活は一変した。


「あんた、近藤にちょっかいかけてんだって?」

「ちょっかいっていうか、別に仲良いだけだけど……」


「それ本気マジで言ってる?」

「近藤とは文化祭で委員が一緒だったから、仲良くなっただけだよ」


すると若槻は私の胸ぐらを掴んで教室の壁際に押しやった。

教室には私たちしかおらず、止める者はいなかった。


「言っとくけど、近藤に手出したらタダじゃ済まないからね」

「何、それ……」


若槻ひろなはクラスのリーダー的な存在で、何をやるにしても仕切る人間だった。

見た目は派手で、いかにもギャルって感じの外見。

でも気の良いギャルって感じじゃなくて、性格はただのやからだ。

言葉が強くて、人を弾圧するタイプ。


私は入学してから、上手く彼女の視界に入らないように立ち回っていた。

だが、近藤と仲良くなったことで目を着けられたらしい。


何となくマズいことになったなと思いながらも、近藤とは予定通り遊びに行った。

せっかく仲良くなったのに、下らないことで友達を失いたくなかったのだ。


近藤とのデートは楽しかった。

仲良くなって、増々話すようになって、そして――


「俺、お前のこと好きなんだけど。彼女になってくれないか」


近藤に告白された。

何となくそんな雰囲気はあったけど、お互い確信がない微妙なタイミングだった。

でも近藤はたぶん、行けると思ったから告白したんだと思う。


本来なら喜んで受けたかった。

でもその時の私は、顔面蒼白になった。

若槻のことが頭に浮かんで混乱していた。

近藤に告白されたなんて知ったら、何をされるか分からない。


「ごめん……ちょっと考えさせて。事情があって、すぐ答え出せない」

「別に良い。お前のタイミングを待つよ」


結局、すぐに答えを出すのも怖くて保留にしてしまった。

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