第6話 一筋の光
近藤は良いやつだ。
一緒に遊んで話す度に、彼が誠実で、真っ直ぐなやつだと実感した。
彼はスポーツマンで私はインドア女子。
野球なんて全然興味が無かったし、性質も正反対だったけど。
それでも近藤と一緒に何かするのは楽しいと思う自分がいた。
人生で初めての告白。
付き合いたいなと思っていたけど。
そうもいかなくなった。
「手ぇ出すなって行ったよね?」
若槻ひろなに完全に目をつけられてしまったからだ。
誰から漏れたのかは知らない。
近藤が友達に話して広まったのかもしれないし、告白の場面を偶然誰かが見ていたのかもしれない。
とにかく私は、若槻ひろなと、彼女の取り巻きに嫌がらせされるようになってしまった。
恵那の情報によれば、近藤を多数の女子が好いているという話だ。
そんな彼から告白された私は、若槻ひろなだけでなく、多くの女子に敵として認定されてしまっていたらしい。
教科書を切り刻まれ、上履きを捨てられた。
友達と話してたら無理やり話に割り込んできて、クラスでも孤立させられた。
私のいないLINEグループを作られて、嫌がらせ的に私の盗撮写真が出回ったこともあった。
そうした古典的なイジメをしたのは若槻ひろなのグループが主だったけれど。
たぶん、それ以外の女子も加担していた。
正直……病むには十分だった。
近藤に相談しようか迷った。
でも、告白の返事もできていない状態でこんな話をするのは虫が良すぎる気がして言えなかった。
イジメに加担していないクラスの女子も、私がイジメられているのを察して何となく距離を取るようになっていた。
唯一私と仲良くしてくれていた恵那だけが、最後の柱だった。
「ごめん……紗夜。紗夜が告白されたこと話したの、私なんだ」
でもその最後の柱すらも崩れた時。
私の中で何かが壊れる音がした。
「ごめん……本当にごめん。若槻が怖くて、迫られて誤魔化せなくて……紗夜のこと話しちゃったの。紗夜が酷い目に遭ってるのに見て見ぬふりしてた。本当にごめん」
恵那は懺悔するように私に罪を吐露する。
壊れたようにごめんと繰り返していた。
親友だと思っていた彼女に裏切られると思わなかった。
ショックより悲しみの方が大きかった。
たぶん彼女は、私に「良いよ。気にしないで」って言われることを期待してた。
懺悔して何度も謝って、私に許されて楽になりたかったんだろう。
でも当然ながら私がそんな気遣いなんてできるはずもなくて。
ただただ友達に裏切られたことで心が壊れた。
人が怖くなった。
世界が敵に見えた。
誰も彼もが嘘をついているように見えた。
その後もイジメはエスカレートした。
トイレで水をかけられて、下着も剥ぎ取られて、髪の毛も切られて、カバンも全部水まみれにされて。
上半身裸で写真を撮られて、電話番号と共にSNSに上げられた。
グショグショになって家に帰宅して、ようやく私がイジメられていることに家族も学校も気付いた。
私は部屋から出られなくなった。
死のうと思った。
死ねなかった。
死ぬのが怖かった。
それでも死にたいと思った。
楽しい青春を過ごしていた私の人生は、急に暗闇に呑まれた。
『さーやの配信見たから。元気もらって、表に出ようって思えたんだ』
不意に、東雲さんの声が聞こえた。
◯
ハッと目を覚ます。
全身にぐっしょり汗をかいていた。
心臓がバクバクしていて、酷く気持ち悪い。
「うぇっ……」
吐き気がして、胃の中のものが喉にせり上がってきた。
慌ててトイレに駆け込み、嘔吐する。
吐いていると、物音を聞きつけたお母さんがやってきた。
「紗夜、どうしたの?」
トイレで吐いている私を見たお母さんは「大丈夫!?」と慌てて近づいてくる。
「体調悪いの? 病院行く?」
私は首を振る。
「大丈夫……。嫌な夢見ただけだから」
ほとんど何も残っていない胃の中を吐き出し、どうにか呼吸を整える。
口に胃液の酸っぱい味が残っていた。
起きたばかりということもあり、酷く気分が悪い。
心臓の脈動が激しくなって治まらない。
精神が不安に満たされていくのを感じる。
目眩がして、まともに歩けなかった。
どうにかお母さんに肩を貸してもらって、部屋へと戻って来る。
「本当に病院行かなくて大丈夫?」
「うん。ちょっと横になったら治ると思う」
「お水持ってくるから、ちょっと待ってて」
お母さんが部屋から出ていく。
私はベッドに横たわったまま、天井を見上げた。
「はぁ、最悪だ……。どうしてあんな夢見たんだろ……」
きっと東雲さんと話して記憶が蘇ってしまったからだ。
彼女の過去が自分の過去と重なって、心のかさぶたが剥がれてしまった。
配信者になって、夜に起きる生活が当たり前になって、現実から離れることができたと思っていた。
でも、考えてみれば私が学校に行かなくなってまだ半年も経ってないんだ。
私からすればもう五、六年くらいこの生活を続けている気でいたのに。
自分のメンタルが全く回復していないということに、いまさら気付いた。
私が配信者をしているのは、ただの現実逃避だ。
今後どうするかなんて一切考えようと思えないし、考えたくもない。
そんな私の甘い考えを
お母さんから水をもらって、しばらくベッドの上で横になっているとどうにか落ち着いてきた。
随分時間が経ち、今は夜の十時。
何となく、東雲さんは今日出勤か気になった。
「コンビニ行こうかな……」
今日の配信は深夜配信にしても良いかもしれない。
いや、気が向かなければ休みにしてしまえばよいのだ。
底辺配信者の私が休んだところで、怒る視聴者はいない。
何でだろう。
昨日までは行くのも億劫だったのに……。
何故か私は東雲さんに会いたいと思っていた。
彼女がきっかけで嫌な記憶が蘇ったのに、それでもなお顔を見たいと思った。
「ちょっとコンビニ行ってくる」
「起きて大丈夫なの? 欲しいものあったらお母さん買ってくるよ?」
「回復してきたから、気分転換」
「もう暗いから、気をつけてね」
「うん」
マンションを出て、いつもの道を通ってコンビニに向かう。
すると、コンビニの入り口から同じ年くらいの男子が出てきた。
派手な感じはしないけどあまり近寄りたくなくて、何となく避ける。
「もしかして、白雪?」
聞き覚えのある声。
思わず体が震えた。
唾を飲み込み、恐る恐る振り返る。
コンビニから出てきたのは、近藤だった。
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