第3話 深夜一時のコンビニ

家に帰って、八つ当たりするようにコンビニの袋を壁に投げた。

そのままベッドにダイブして、枕に顔を埋める。

最悪の気分だ。


「私、ダサいな……」


異常者だとか、好き勝手言っていた相手が自分よりも進んで見えて。

何だかイラついて、八つ当たりしてしまった。


私はリスナーを見下していた。

そして見下した相手が自分より高みにいると知って、悔しくて、情けなかった。

そんな自分の性格の悪さに触れて、自分がいかに醜悪な存在なのかを知って。


学校で私を虐めた奴らと自分が、何の大差ない人間なのだと思った。


私の配信をリアルタイムで見に来る人は五十人前後。

その中の一人と出会って、当たり前だけどリスナーそれぞれに人生があることを実感してしまった。

配信で上に立った気でいた私は、誰よりも劣っていた。


――元気もらって、表に出ようって思えたんだ。


東雲さんの言葉が脳裏に浮かぶ。

こんな私が誰かに元気を上げられるはずなんてないのに。


「はぁ……。もうあのコンビニ行けないな……」


 ◯


翌日の夜九時。

いつものように配信をつけると早速コメントが書き込まれた。


¥5000 乳首ぴんこ:配信待ってた。長時間配信どんとこい。


見覚えのある名前からのコメントが届く。

この時間にコメントするなんて、今日は休みなのだろうか。

それなら配信後にコンビニに行っても問題なさそうだ。


「あー、じゃあやっていきまーす」


なるべくいつも通りに。

でも意識的に乳首ぴんこのコメントは無視して。

私は配信を行った。


今日の配信は有名インディーホラーゲームだ。

パッケージを何本も出しているサークルの新作。

このサークルのホラゲーは結構な数の配信者が取り扱うため、最終的に配信の定番ゲームになる。


「うぉ、ヤバ。結構ジャンプスケアあんね。こわー」


SARYU23:全然怖がってなくて草

ちえぴ:さーやってマジでホラー耐性あるよね

青柳(犬好き):サクサク進めてくれるから安心して見てられるわ


リスナーの反応はまずまずか。

ホラゲーは私の定番配信の一つだ。

元々FPSなどでキャラクターコントロール力は鍛えていたので、追いかけっこ系のゲームでも割と簡単にクリアしてしまう。

そうした配信が好評になり、ホラー配信をすると同時接続者数やコメントがいつもより伸びたりする。


今回プレイしたゲームは簡単で、比較的早くクリアすることができた。

マルチエンディングだが、分岐も分かりやすくて簡単にエンディング回収も終わってしまう。


こんなに早く終わると思っていなくて、少し手持ち無沙汰になった。

このままFPS配信か、雑談配信に移行しても良いのだが。

何となく昨日のことが尾を引いていて、配信の気力が湧かない。


「ゴメン。今日はちょっと早いけどキリも良いからここらへんで終わろうかな。お腹へったから御飯食べて寝る」


ちえぴ:今日は早いね。おつさやー

関西人やけど:おつ

ryunryun:無理せずね

乳首ぴんこ:お疲れ様。今日も楽しかった!ゆっくり休んで


乳首――東雲さん、最後まで配信見てたのか。

やっぱり今日はバイト休みっぽいな。

いつもの夜勤だったら既に働いているはずだ。


配信を切ってふとスマホで時間を確認する。

今の時刻は深夜一時か。

遅いけど、東雲さんもいないのならコンビニに行っても問題ないだろう。


両親を起こさないように玄関に向かう。

いつもなら兄が小言を言うタイミングだが、今日は飲み会で友達の家に泊まるらしい。


夜道を歩いてコンビニへ。

深夜一時の街は、深夜四時に比べると少しだけ人通りがあった。

終電で帰ってきたらしい会社員や、飲み会帰りの酔っ払いなんかが目に入る。

人の気配はあるけど静かで、鼻から息を吸い込むと冷たい空気が体に流れ込んだ。

空にはかすかに星が見え、空気が澄んでいるのを感じる。


夜はいつも私を受け入れる。

配信をした後は、特に充足感に満たされた。

自分がちゃんと役割をこなせていることに安心できる。

だから配信終わりにこうしてコンビニに向かうのが私は好きだ。


コンビニの外から中を覗き込む。

見慣れた男性のアルバイトがいた。

いつもの夜勤の人だ。


何となく東雲さんの姿を探すが、いないみたいで安堵した。


「何食べよっかなぁ」


家にも晩御飯はあったのだが、あれは私にとって朝飯だ。

配信終わりの時間帯に当然食事はない。

だからこそ、こうしてコンビニに足繁く通っている。


甘いものにしようか迷った末に、結局大盛りパスタを手にとってレジへ向かった。

レジ横のショーケースを見るとホットスナックがまだチラホラ残っていた。

いつもは売り切れているので、ちょっとうれしい。


「すいません、フライドチキンお願いします。あと、肉まんも」

「うぃーっす」


我ながらちょっと買いすぎたか。

しかし夜中の食欲に抗うことなどできないのだ。

太っちゃうかな、なんてことは気にしない。

私は昔から太りにくい体質だ。


コンビニを出て、何となくすぐ帰るのが惜しくて駐車場のポールに腰をかた。

冬の寒さを感じながら肉まんをかじる。

冷えた夜空の下でパクつく肉まんは、言葉にはできない良さがあった。


「さーや?」


聞き覚えのある声がしてギクリとした。

眼の前に女の人が立っている。

ダボッとしたスウェットとパンツに、女物のコート。

見てても分かるほど野暮ったい格好。


思わず「げっ」と声がでた


「……どうも」


東雲さんが自転車にまたがって私を見つめていた。



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