第3話 ◇欲望に忠実に 生きる夫



 あんなに私を好きだアイシテルと言ってた英。


 付き合って7年結婚して4年、求愛された日から11年目に

彼は心変わりしてしまった。


 ……じゃなかった正確には10年目に心変わりをし、私をこよなく愛して

くれたやさしくて唯一無二の夫は、この世から……私の前から……

居なくなってしまったのだ。


 私にいろいろと彼らの情報を教えてくれた先輩や後輩たちからは『甘い、

手ぬるい、あいつらふたりに天誅を喰らわしてやれ』とヤイノヤイノ言われた。


 けれど、仕事もあり多少の小金もあって実家もそれなりに裕福なので、

そういった意味での心配がないのが救いだ。


 子供というお宝を持っている私と、景子ひとりを天秤に賭けられ、負けた私が

唯一守れるプライド、それは彼のお金をビタ一文受け取らないことだった。


 糟糠の妻とは言わないけれど、共に医師になるという同じ志を持ち、

共に学んだ6年。



 寝食を共にして4年余り、そんな妻を……私を……息子共々、夫としての責任も

父親という責任も、簡単に捨てて自分の欲望に忠実に生きる道を選んだ夫。


 泣いて縋って脅しても、英は景子の元へ行くと言うだろう。


 そういう英の気持ちが嫌というほど透けて見えたから、私はそういう全ての行動をやめた。


 ただ、それだけのこと。


 物分かりのいい人間でもドライな人間でも、ましてや、かっこいい人間でもない。


 人間時には諦めも肝心なのだ。

 私は自分にそう言い聞かせ、宥めた。


 

 私が離婚を了承した時、夫はすまないと辛そうな顔をしていた。

 ……だけど、胸の内では万歳三唱していたに違いない。


 だって、彼のその時の様子を見ていたら、彼の身体とそこから溢れ出る

オーラが、喜びに満ちていた。


 せめてそういうの、隠してほしかったな。


 私たちの元から去るというのに、とてもうれしそうな夫。



 『さよなら』


 私はさまざまな郷愁と感慨を胸に、彼とお別れをした。



「ほんとに自分の勝手で君と息子に迷惑かけてすまない」


「いいよ、人の心を変えることはできないもの」


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