第10話 ショート動画の怪(9)
「文香、何したの?」
オオムカデが横転したことでできたスペースを走り抜けながら、落合が息を弾ませて私の隣にやってくる。あれだけ全速力で走っていたというのに落合は余裕そうだ。
一方、私は膝に手をつき息を整えるのに必死だった。脇腹も足の筋も痛い。情けない姿を落合に晒しながら、私は淡々とした口調で説明する。
「……で……伝承通りに倒すのがセオリー……だから」
苦しそうにのたうち回るオオムカデを冷ややかな視線で見下ろす。その背には理事長室に飾られていた
「理事長室にあった破魔矢……。昔、オオムカデを退治するのに使った矢を模してる特別仕様って話してたから……。矢じりがあって助かった」
落合は目を丸くさせて私の方を見た。
「それを……化け物の背中に差したの?直接手で?」
「弓がないんだから手でやるしかないでしょ」
伝承と違って矢は一本しかないのだ。一本で確実に仕留めるにはオオムカデに直接矢を突き立てるしかない。
「……あはははっ!」
突然落合が笑い出して、勢いよく私の方に抱き着いて来た。落合の方が大きいものだから私はよろめいてしまう。
一体どうしたと言うんだろうか……。私は思わず眉を顰めた。もしかして恐怖で頭がおかしくなったとか?私にとって不可解な行動であることは確かだ。
「すごい!文香ってばカッコイイ!」
「喜ぶのはまだ早いと思うけど」
落合に抱き着かれたまま私はオオムカデを指差した。
上体が少女、下半身がオオムカデの化け物はかなり弱っているらしく節足の動きも鈍くなっている。あまりじっくり見ていて気持ちのいいものではなかった。少女の方はぴくりとも動かなかった。
ふと視線を動かした時だ。オオムカデの後ろ足の異変に気が付いて鳥肌が立つ。どうしてこういう時に余計なものを見つけてしまうのか……。自分で自分のことが嫌になる。気持ちの悪い光景に思わず顔が引きつった。
節足の一部が……人の手のような形をしていたのだ。
赤黒く太い人間の手が私の方に向かって手を伸ばす。
「ホシイ……。ホしい」
やがてその手は何も掴むことなく床に落ちた。
「どうしたの?文香」
落合が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「……何でもない。とっととここから離れよう。ここに長く居るのはよくない」
私は肘で落合を
「いーち、にー、いちに」
「それえっ」
先ほどまでの静けさが嘘のように、校舎まわりには部活動の生徒達で溢れていた。掛け声を上げながら走り込みをしているジャージ姿の生徒達がぼうっと突っ立っている私達を不思議そうに眺めながら通り過ぎていく。
「あれ?皆帰ったんじゃないんだ。まだこんなに生徒が残ってる……」
「いや、絶対さっきまで無人だったから」
不思議そうに呟く落合に私がツッコミを入れる。
あの一瞬だけ私達はここではない、どこか別の場所にいた。もうそれを証明するようなものは何もない。
下駄箱のすぐ近くに生徒達が集まっているのを見つけた。私と落合は
「本当だって!女の子の身体がくっついた大きなムカデがそこにいて……!」
「良かった。ひかり無事だったんだ」
落合が声を掛けると佐野さんの肩が跳ね上がった。私達を見て気まずそうに目元を拭う。気まずくなるのも無理はない。私達を見捨てて逃げたんだから。
落ち着きを取り戻した佐野さんを見届けた周囲の生徒達は首を傾げながらも部活動に戻っていった。
「化け物は……?」
「文香がやっつけたよ」
「うそ?藤堂さんが?」
佐野さんが目を丸くさせて私のことを見つめる。
「他に何か言うことがあるんじゃないの」
私の言葉に佐野さんは視線を床に落として呟いた。
「ごめん……なさい……」
「ちゃんと生贄で犠牲になった子達にも謝るんだよ」
「え?」
佐野さんが驚いたように顔を上げる。
「三矢神社の
心霊現象が起こるには必ずきっかけがある。
佐野さんの写真の中に神社を撮影したものがあった。恐らくオオムカデを祭っていた祠を画像編集して消したのだろう。
「だって……。
この期に及んでまだ自分を正当化するのか。私は面倒だと思いながら口を開いた。
「生贄の話にどうして女の子と子供が多いか……分かる?」
私の冷たい声が下駄箱に響く。部活動に励む生徒達の声が遠くに聞こえる。
それは千代子理事長の研究をするきっかけとなった疑問だった。
「村の中でいちばん弱い立場だったからだよ。力仕事に従事できないから、役に立たない者として貧しくなった村で一番に犠牲になった。食い扶持減らしの意味合いもあったのかもしれない……。今だって分からないよ。時代が変われば社会も変わる。今でこそ私達は守られてるけど、守られなくなる日がくるかもしれない。子供に限らず労働力にならないと判断された人が犠牲になるかもしれない……」
佐野さんの顔が青ざめていくのが見えた。私は止めを刺すように言葉を続ける。
「生贄という伝承はただの昔話じゃない。いつでも生贄みたいなことが起こるかもしれないって。今を生きる私達に警告してくれている……。全然関係ない話じゃないと思うけど」
見たい物しか見ない。聞きたいものしか聞かない。その先にあるのは……知らなかった、知ろうとしなかったことによる己の身の破滅だ。
「……ごめんなさい。本当に……最悪なのは私の方だった……」
涙で化粧が取れ、疲れ切った表情をした佐野さんを見て私は口を閉じた。これ以上私から言うことは何もない。
「さ!みんな無事で良かったねってことで!帰ろ、帰ろ!」
私と佐野さんの間に流れるピリピリとした雰囲気を打ち破るように落合が手を叩く。
柔らかなオレンジ色の夕焼けが昇降口の出入口から差し込むと共に廊下には暗い影を落としていた。
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