第11話 ショート動画の怪(10)

「おつかれ~」


 落合がチョコフラペチーノの入ったカップを私のアイスコーヒーが入ったカップにぶつけてくる。落合は他にもケーキを頼んでいた。よくも甘い物で甘い物が食べられるな……。私は胸焼けしそうになりながら落合の様子を眺めていた。


「……ねえ。何これ」

「何って……打ち上げだよ。ムカデ退治の私のおごりだから気にしないで」


 心霊現象に対処したことをまるで害虫駆除みたいに言う。


「いや。いいよ、払うから」


 私が小銭を落合の目の前に置くと落合は「え~」という顔で受け取る。なんとなく王子に借りを作りたくなかった。そのまま帰ろうとした私を落合が強制的におしゃれなカフェに引っ張りこんだ。体格差とパワーで私は負けてしまった。


「あんなことがあったのによく平気だね」


 ご機嫌そうにフラペチーノを堪能する落合に呆れる。心霊慣れしている私はともかく。あんなおぞましいものを見て甘いものを堪能している落合の肝の太さに驚く。佐野さんみたいに震えて怖がるのが普通だろう。


「文香がいたからかな?」


 王子発言に私は真顔になる。周りの女性客が感激して口元を押さえるのが見えた。


「あんなのどうってことないって!生きてる人間の方が怖いからさ。そういう文香こそ。怖くなかったの?冷静にムカデ退治しちゃって」

「怖いというより……。イラっとした」

「え?文香、怒ってたの?あんなに落ち着いてる感じだったのに?」


 私はストローで紙コップの大半を占める大きな氷を掻き混ぜた。


「あの化け物が生贄の子達をひどい目に遭わせてきたんだと思ったらさ……。ムカついた」


 思い余って私は手にしていた紙コップを握りつぶす。


「矢を持って走ってる時……、誰かに背中を押されたんだ。たぶん、生贄になった子達だと思う……」


 振り返った時、見えたモノ。それは美しい着物を着た少女たちだった。顔は髪に隠れてみえなかったがおかげで足りなかった一歩を踏み出すことができた。


「その子達のためにもオオムカデを、邪神を倒さなきゃと思っ……」


私が考察を続けようとしたら、口の中に何かが入る。一気にホイップクリームの甘みが口いっぱいに広がった。


「お疲れ様。ありがとうね」


 柔らかい笑みに私は居心地が悪くなる。

 私は落合の嘘っぽい振る舞いが嫌いだった。誰かのために笑ってるような、仮面のような笑顔。なぜか目の前の笑顔に違和感はないように思えた。


「別に……。落合さんに感謝されるようなことではないと思うけど」

「またまたあ~。照れちゃって。文香ってばツンデレ!」


 私の頬を突く落合の手を退けながら私は不機嫌な顔をする。

私はオオムカデの伝承に関する千代子理事長のもうひとつの考察を話そうとしてやめた。

 落合に話すことでもないし、最後の最後で気分を悪くさせるのもどうかと思ったのだ。早く帰りたいのでこれ以上会話を膨らませる必要もないだろう。





「今日はほんと、訳分かんなかった……。藤堂さんに説教までされたし」


 佐野ひかりは家に帰ると自室で安堵する。家に到着すると学校での出来事は全て夢だったのではないかと思えた。安心すると自分に説教した藤堂文香への怒りがこみあげてくる。


「動画でも撮ろう……」


 ひかりがスマホのカメラをインカメにした時だった。


「え?」


 画面に薄汚れた足がずらっと並んで見えたのだ。上等な着物の裾も見えたような気がした。

 振り返っても何もいない。いつもの場所にクローゼットと本棚が並んでいるだけだ。


「……気のせい?」


 ひかりはスマホスタンドにスマホを固定しようとしてスマホの画面に視線を向ける。


「ひっ!」


 ひかりは悲鳴を上げてスマホを床に落とした。

 反動でスマホの画面にひびが入る。真っ黒になった画面の中でこちらに向かって手を伸ばす人間の手が映し出されていた。

 落ちたスマホから低く、がさついた音声が途切れ途切れに聞こえる。


「ホ……シイ……ホシ……い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る