第14話 グランツァの街へようこそ

 馬車に揺られること数日。俺たちはようやく目的地であるグランツァに到着した。


「結構でかい街なんだな……」


 馬車から降りると、すぐに活気のある街並みが目に入った。都市の中心部へと続く大通りは広々としており、その両脇には様々な露店が並んでいる。布や果物、装飾品が並ぶ店先には、多くの人が足を止めていた。


 ここグランツァは王国有数の交易都市であり、また様々なダンジョンに近いため、冒険者の街とも言われている。特にこの時期は祭が開催されるため、国内外から多くの人々が集まるようだ。


 実際、街のあちこちでは催しが開かれており、大繁盛といった様子だ。まあ、ニートの俺からすると人混みに酔いそうで、正直うんざりなのだが。


「おい、人多すぎないか……?」

「何言ってんだ、明日はもっと人でごった返すぞ?」

「マジで言ってんのかよ」

「ああ、この時期は特に賑わうからな。商会にとっても大事な稼ぎ時ってわけよ」


 隣でゼクスが満足げに腕を組む。商人にとって、こうした祭の期間は絶好の商機らしい。


「ノクト、お前祭とか興味ないのか?」

「別に祭自体は嫌いじゃないが、人混みと熱気が嫌いだ。無人の祭があれば参加してもいい」

「なんだそれ、嫌いって言ってるようなものじゃねえか。全く、損な性格してるぜ」


 でもしょうがないだろ。これが本心なんだから。


「そんなことより、面倒なことはさっさと済ませておかないか? なんか大会の事前登録が必要なんだったよな」

「ああ、そうするか。こっちだ」


 そうして俺たちは剣王祭の会場である、闘技場へと向かうのだった。



 祭の中心地にある闘技場に近づくと、中から男たちの声とともに武器の打ち合う音が響いてきた。


「……なんだ、模擬戦か?」


 恐らく参加者たちが集い、木刀での戦闘を試しているのだろう。俺も木刀を持つのは久しぶりだし、触っておきたい気持ちは共感できる。


「どうした、お前もやるか?」

「いや、今さら練習しても意味ないだろうな。金も入らないのに疲れるのは御免だね」

「なんだ、つまんねえの」


 俺に必要なのは技術の向上ではなく、実戦でどう立ち回るかの準備。無駄な消耗を避けるためにも、今は剣を振るう時じゃない。


 受付が設けられていたのは、闘技場から少し離れた広場だった。既に参加者で長蛇の列ができており、腕っぷしの良さそうな剣士が何人も待機していた。


「受付はあそこか」

「おう。俺がついてるから、手続きはすぐ終わるさ」


 やがて番になり、簡素な受付台へと向かった。そこに座っていたのは、明るい茶髪を肩で切りそろえた少女だった。俺たちが近づくとすぐに姿勢を正し、にこりと笑う。


「こんにちは! 剣王祭の参加登録ですね?」

「ああ、ゼクス商会だ。こいつを頼む」


 ゼクスが書類を渡すと、俺の背中をドンと押した。少女は軽く頷きながら書類を手に取る。


「お名前をお願いします!」

「ノクトだ」


 俺が名を告げると、少女は手際よく筆を走らせる。


「ノクトさんですね……。はい、登録完了です! 大会は明日からなので、それまでに準備を済ませておいてください! 対戦相手などの試合の詳細は、明日会場の掲示板に貼り出されます!」

「ああ、わかった。ありがとう」


 少女は満足げに微笑み、次の参加者へと視線を移す。思っていたよりもあっさりと終わったが、余計な説明がなかったのはありがたい。


「よし、登録完了だな。今日はもう自由にしていいぜ」

「マジか、いいのか?」

「おう。有給だと思って楽しんどけよ」


 ゼクスは俺の肩を叩くと、商会の仕事があるとかでどこかへ行ってしまった。



 残された俺は、賑わう街並みをぼんやりと見つめていた。


「いやしかし、自由時間っていってもなぁ……」


 ここまで来るのに色々なことがあったが、いざ時間ができるとどうすればいいのか分からない。せっかくの大都市。有益な情報でも集めるか、それとも観光でもするか……。


 が、問題が一つあった。それもなんと大問題。


 ──金がない


 宿代や食事代は商会が負担してくれるとはいえ、個人的な買い物をする余裕はなかった。服やら日用品やらを揃えるために、給料はほとんど消えてなくなっていたのだ。


 だから露店で売られている商品を見たところで、残念ながら買うことはできない。ああ、忌々しい。


 財布の中を改めて確認してみる。数枚の硬貨。ギリギリ一食分くらいは買えるだろうが、それ以上は望めない。


「……これからどうすっかなぁ」


 目の前を笑いながら駆け抜けていく子供たち。露店で気前よく買い物をする男。祭りの賑わいを満喫する人々。


 そんな光景が妙に癇に障る。


 生きるだけで精一杯の俺と、楽しむ余裕のある連中。どうしようもない格差がそこにはあった。


 ……ま、あれだな。こんなところで時間を潰していても仕方ないな。


 俺にも何か別にやるべきことがあるはずだ。そう考えたとき、ふと脳裏に浮かんだのは――


「ルゼ……」


 呟いた名前に、自分でも驚く。


 ルゼ。俺の唯一の従者であり、誰よりも信頼していた凄腕の冒険者。


 ……いや、元従者か。


 彼女が消息を絶ってから、どれほどの時間が経っただろう。最初はすぐに戻ってくると思っていた。何か事情があって遅れてるだけで、いずれひょっこり帰ってくるはずだと。


 けれど何日経っても、何週間経っても、彼女は戻らなかった。音沙汰もなく、手がかりすら掴めなかった。


 胸の奥がざわつく。


 俺を裏切ったのか。

 それとも──彼女の身に何かがあったのか。


 どちらの可能性も振り払うことができない。


 だから、今まで考えないようにしてきた。彼女のことを思い出すたび無理やり蓋をして、なかったことにしてきた。


 もし裏切られたのだとしたら、彼女をどう思えばいいのか分からないから。


 もし何かあったのだとしたら、どうすることもできなかった無力感に押し潰されそうになるから。


 だけど、それももう終わりにしよう。

 確かめるべきだ。知るべきことを、知るために。


「そろそろ行くか……」


 半信半疑のまま、俺は足を踏み出す。


 目指す先は『冒険者ギルド』

 俺がずっと足を踏み入れれずにいた場所だ。


 そこに彼女の足跡が残っていることを願って──

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