第15話 くだらない円卓会議

 冒険者ルゼとの出会いを語るには、まず俺が魔王軍にいたときの話から始めなければならない。


 それはもう、5年以上も昔。俺がまだ魔王軍の四天王として、良くも悪くも名を轟かせていた頃の話だ。


 ♢ ♢ ♢ 


 魔王城の最深部、黒曜石の柱が整然と並ぶ『円卓の間』。魔晶石による薄暗い灯火のもと、円卓を囲むように座るのは、俺を含めた四天王の四人。そして、その上座には魔王ヴェルカトルが静かに鎮座していた。


 重々しい空気の中、誰も口を開かない。普段なら誰かしらが軽口をたたくのだが、なぜか今日ばかりは違った。


 そんな沈黙を破ったのは金髪の男――エリオスだった。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


 エリオス。彼は四天王の一人であり、同時に魔人族の長でもある。細身の体に整った顔立ち。そして、冷徹な赤い瞳。魔王軍における優秀な参謀で、口先だけで相手を絡め取る狡猾な男だ。

 

「さて、本日は皆さんに重要な話があります」


 エリオスはわざとらしく周囲に呼びかける。俺はその仕草にわずかに眉を寄せた。どうも嫌な予感がする。


「なんだ?」


 低く問いかけると、エリオスはゆっくりと首を振りながら、どこか残念そうな表情を作る。


「私も、この話を持ち出すのは心苦しいのですが……。ノクトさん、あなたには我々に隠していることがありますね?」

「……どういう意味だ」


 周囲の視線が俺に集まる。


「では、単刀直入に言います。あなたはではありませんね?」


 その瞬間、場が静まり返る。


「へえ、何を根拠にそう思うんだ?」

「根拠ですか。実を言うと、あなたには以前からどこか違和感を感じていました。しかし、確信を得たのは数日前のことです」


 エリオスは芝居がかった動作で広間を見渡す。


「ここは手短に、結論だけを申し上げましょう。私は偶然にも見てしまったのです。あなたのその眼帯の下……そこに隠された、本当の左眼を!」

「なっ……!?」


 心臓が嫌な音を立てる。


 ――いつ、どこで見られた?


 この秘密がバレることの危険性は、誰よりも俺自身が理解していた。だからこそ、人前で眼帯を外すようなことは決してなかったし、そもそもエリオスとは長らく接触もしていなかったはずだ。


 ありえない。こんなことは起こりようがない。

 そう、思っていたのだが……。


 内心の激しい動揺をポーカーフェイスの下に押し殺し、心底面倒だと言わんばかりにため息をついてみせる。


「……くだらない。そんなことより優先すべき議題があるだろう。お前の茶番に構っている時間などないんだが」


 ​俺は冷ややかに言い放ち、会話を打ち切ろうとする。だが、エリオスは待っていましたとばかりに口角を吊り上げた。


「いいえ、これこそが今回話すべき最重要事項なのです。なぜなら、あなたの眼帯の下に驚愕の事実が眠っていたのですから!」


 エリオスは大げさに声を上げ、わざとらしく肩をすくめる。そして、全員の視線が自分に注がれていることを確認し、断罪の言葉を紡いだ。


「……彼の左目は、我々魔族のものではありませんでした」


 ​その瞬間、微かなざわめきが広がった。


 こいつが俺を貶める機会を狙っていたのは知っていた。何かと突っかかってきていたし、俺にだけ妙に敵意を向けてくることもあった。


 理由は単純明快。彼は魔王の娘・シエラに好意を寄せていた。そして彼女が俺に懐いていたことを、快く思っていなかったのだ。


 そして今日――その敵意がついに牙を剥いた。


 だが、まさか頭の切れるこいつが、こんな無理矢理な手段を使ってくるとは思わなかった。俺はこいつの執念深さを、どこか油断していたのかもしれない。


「どういうこと。ノクトが、別種族の血を引いているっていうの……?」


 呆然と呟いたのは、隣に座るフィーゼ。鮮やかな赤髪を持つサキュバスで、陽気な性格から俺とも気軽に話す仲だった。


「……証拠は?」


 短く問いかけたのは、銀髪の少女ミラ。寡黙な彼女は吸血鬼ヴァンパイアの血を引いており、冷徹な暗殺者として敵を葬ってきた。今日もまた、感情の読めない赤い瞳で静かにこちらを見つめている。


「ええ、ありますとも。確実な証拠が」


 エリオスは二人の反応を満足げに眺めると、ゆっくりと邪悪な笑みを浮かべた。そして、俺に向き直り、宣告するように言い放つ。


「今ここで彼が眼帯を外し、身の潔白を証明すればいいのです!」


 円卓の間に、再び沈黙が落ちる。


 その言葉を聞いた瞬間、ずっと引っかかっていた謎がようやく解けた。


 ――ああ、そういうことか。


 こいつの狙いは、最初からこれだったのだ。


 エリオスはおそらく、何も見ていない。俺に何か秘密があると踏み、ありもしない目撃談をでっちあげ、こうして魔王の前で強制的に眼帯を外させるよう仕向けた。つまり、一世一代の大博打というわけだ。


 もしここで俺が拒否すれば、「やはり隠し事がある」と追撃できるし、何も無かったとしても「見間違えだった」と言うだけ。そこまで重い罪には問われないだろう。


 実に悪辣で計算高く、エリオスらしいやり方だ。


 魔族の瞳は魔力の源泉であり、その色は例外なく赤。もし俺の左眼も赤ければ、純粋な魔族として疑いは晴れるだろう。


 ──だが、俺の左眼は灰色だった。


 彼の言う通り、それは魔族のものではなく、紛れもない人間の眼だったのだ。


「ノクトさん、その眼帯の下を見せてはくれませんか。あなただって身の潔白を証明したいでしょう?」


 エリオスは静かに言う。その表情には、隠しきれない勝ち誇った色が滲んでいた。


「……そうだな。ではノクト、その眼帯を外してみせよ」


 ついに魔王が低く命じた。もはや、この茶番劇から逃れる術はどこにもなかった。

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