第10話 魔王軍式コンサル術

 人間の慣習というものは、かくも根深いらしい。目の前で繰り広げられる光景を眺めながら、俺は何度目か分からないため息をつく。


 ​多少の無駄は仕方ない、郷に入っては郷に従え。そう自分に言い聞かせようとしていたが、やはり俺の性には合わなかった。


 ​ついに我慢の限界に達した俺は、作業の手を止め、周囲に呼びかける。


「なあ、お前らさ……」


 近くにいた数人が、訝しげな顔でこちらを振り返る。今度ははっきりと、全員に聞こえるように大きな声でこう言った。


って考えたことあるか?」


 ​シン、と一瞬だけ作業場の空気が止まった。そして、次の瞬間には、きょとんとした顔があちこちから向けられる。


​「なんだ、さぎょうこーりつって?」

「難しい横文字は使わないでくれ」

「とにかく根性入れてけってことか?」


 いや、違ぇよ。絶望的に、致命的に間違っている。


「……本気で言ってんのか?」


 思わず呆れた声が出た。周囲を見渡すと、みんなポカーンとした顔をしている。


 ……やっぱり、こいつらバカだわ。


「お前らのやり方、無駄が多すぎなんだよ!」


「無駄……?」

「どういうことだ?」


 全然ピンときてねぇ、マジか。


「例えばこの資材、なんで毎回あっちの倉庫から持ってくるんだ?」

「そりゃ、倉庫に置いてあるからだろ」

「なら、今日使う分だけでも作業場の近くに置いとけよ。朝一番に全員でまとめて運んでくればいいだけだ。そうすりゃ、いちいち取りに行く時間がなくなるだろ?」

「……あっ」


 ようやく気づいた、という顔が一つ、二つ。

 気づくの遅ぇよ。


「それに、この道具。毎回作業のたびに倉庫に戻してるけど、どうせまた使うんだろ?」

「いや、片付けるのが当然だし……」

「なら、頻繁に使うものは手元に置いとけばいい。使うたびに取りに行くなんてバカのやることだ」

「まあ、確かに言われてみれば」


 俺はため息をつきながら、さらに畳みかける。


​「そもそも、資材の積み方が根本的に悪いんだよ。何も考えずに積み上げるから取り出すときに全部崩れるし、それをまた積み直すことにもなる」

「うっ。でも俺らはずっとこのやり方で──」

「だから非効率なんだよ!  ほら、こうやって組めば……」


 俺が実際に積み直してみせると──


「なんだこれ!?  取り出しやすいし崩れねぇ!」

「どうして今まで気づかなかったんだ!?」

「おい、こっちもこのやり方にしようぜ!」


 ……こいつら、正気か?


 やっぱり頭より先に体が動く、典型的な脳筋タイプみたいだ。いや、それは別に悪いことじゃないんだが……。


 問題は、無駄に動きすぎてることだ。

 はっきり言えば、頭が悪すぎる。


 ──こうなったら、徹底的にやるしかないな。


「お前ら、ちょっと俺の言うとおりに動いてみろ」


 俺は作業の流れを一から見直し、本気で最適化していくことにした。



 まず資材の配置を見直して、最も効率的な場所に再配置。


 次に人員の振り分けを決め、得意な作業を割り振る。これまでは「とにかく人を突っ込めば早く終わる」みたいな雑な考え方だったが、それじゃダメだ。適材適所、これが大事。


 さらに、作業動線の整理。無駄な移動をなくし、誰もが最短距離で動けるようにルートを決める。


 あとは、道具の管理。よく使うものは定位置を決め、いちいち倉庫に戻す手間を削減。


 こうして、試しに作業を進めてみると――


「……は、はえぇ!!」

「作業がめっちゃ楽になってる!!」

「なんだこれ、今までのやり方がアホみたいじゃねぇか!」


 次々と歓声が上がる。俺はそれを聞きながら、ほんの少しだけ得意げになった。


 まあ当然のことだ。

 無駄を省けば、自ずと効率は上がる。


 ……とはいえ、俺自身もここまで劇的に変わるとは思ってなかったんだが。


 そして、昼飯の鐘が鳴る頃には、思いがけない事態になっていた。


「おいおい、今日の作業もうほとんど終わったぞ!?」

「え、マジで!? いつもならまだ半分も終わってねぇのに!」

「すげぇ。これが作業効率ってやつか……!!」


 驚きと興奮が入り混じった声が飛び交う。いつもなら疲労困憊で座り込んでいる時間なのに、誰もがまだ余力を残した顔をしている。


 そして​一人がぽつりと、しかし全員の心を代弁するかのように言った。


「ノクトって、本当はめっちゃ仕事できるんじゃねぇか?」


 その一言で、場が一気に静まり返った。

 全員の視線が、俺に集まる。


 やめてくれ、そういうのは。俺はただ、面倒事を減らしたかっただけなんだ。


「べ、別に大したことしてねぇよ。ただ、ちょっと考えたら分かることだろ?」

「いやいや、これを考えられる時点ですげぇって!」

「本当はどっかの大商家で働いてたとか?」

「もしかして、貴族の家で仕えてたとか?」


 勝手な憶測を飛ばしてくる奴らに、俺は苦笑するしかなかった。


 ──過度な期待は、身を滅ぼす


 俺は、それを痛いほど知っていた。期待はいつしか重圧になり、人を潰す。だから、目立たず、騒がれず、平穏に過ごしたかったのに。


 けど……


 ​仲間たちの素直な称賛と、劇的に改善された現場を見て、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。やっぱり、こういうことを考えるのは嫌いじゃないみたいだ。


 元々俺は「最適解」を見つけるのが得意だった。いかに少ない労力で、最大の成果を出すか。面倒事が嫌いだからこそ、どうすれば効率的であるかをいつも考えていた。


 ……なんか、昔を思い出すな。


 かつて魔王軍で、『最強の四天王』として君臨していた頃のこと。あの時は周囲から支持を受け、部下たちからも信頼されていた。合理性を追求し、無駄を排除して、最短で結果を出す。俺のこのやり方は、あらゆる場面で功を奏していた。


 そして今、また同じことをしている。


 ……いやいや、何してんだよ、俺。


 こんな辺境の地で、昔の片鱗を取り戻してどうする。もうあの頃の俺はいないというのに。


 だけど、どうしても無駄を見逃せない。

 俺は元からそういう性格なのだ。


 ​結局、その日以降も、俺は楽するために最適化を進め続けた。作業手順のマニュアル化、資材発注の効率化、さらには休憩時間の取り方まで。


 その結果―― 


「とりあえず、困ったらノクトに相談すればいいんじゃね?」


 そんな空気がいつの間にか、周囲に定着していた。


 あれ、おかしいな? 俺は自分が楽をするためにやってたはずなんだけど……。


 もしかしてこれ、逆に仕事が増えていないか?

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