第9話 前言撤回だ、バカ共

 仕事を始めて数日が経過した。俺は倉庫の一角で腕を組みながら、作業風景を眺めていた。


 ……めんどくせぇ。


 いや、働くのが面倒なのは当然として、俺が今ストレスを感じているのはそこじゃない。問題は、この現場があまりにも『非効率的』すぎるってことだ。


 重い木材を担いで「せいやっ!」とか言って気合で持ち上げる。石材を運ぶときも「おらっ、力だぁ!」とか叫びながら数人がかりで持ち上げる。


 ……いや、根性論でどうにかしようとすんな。重いならなんか工夫しろよ。そこに知性はないのか?


 さらに、道具の置き場所がいつもバラバラ。使うたびに「おい、ハンマーはどこだ!?」「釘も持ってきてくれ!」とか、無駄なやり取りを繰り返している。


 このやり取り、今日で何回目だよ。物を探してる時間の方が、作業してる時間より長いんじゃないか。


 そして極めつけは荷物の運搬。倉庫の奥から資材を持ってくるんだが、その距離がやたら長い。しかも、わざわざ狭くて通りにくい通路を経由して運んでくる始末だ。


 いや最初から使う場所に置けよ!

 この辺スペース空いてんじゃねえか!


「ああ、見てらんねぇ……」


 俺はため息をつきながら、周囲を見回す。


 ゼクスは商談中らしく、作業にはほとんど関与していない。周囲の連中も俺がサボっていることに気づいていないのか、それとも「アイツは新人だから仕方ない」とでも思っているのか、特に何も言ってこない。


 ​「おい新人、ちょっとそっち側持ってくれ!」


 ​たまにそう声をかけられて手伝いに行けば、案の定、ただ力任せの作業ばかり。俺が「ここに角材でもかませて転がせば?」と提案しても、「いいから黙って持て!」と怒鳴られる。もう救いようがない。


 ​まあ、俺としては積極的に関わらなくていいありがたい状況なんだが……。


 それでも、この非効率的な光景を延々と見せられるのは精神的に苦痛だった。


「あーいや、やっぱ無理だわ」


 そして、我慢の限界に達した。真面目に働くフリをするのも、無能な働きぶりを黙って見ているのも、全部めんどくさくなった。


 そもそも俺には魔法がある。むしろこれしかない。だったら使わない理由がどこにある?


 どうせ働かないと飯は食えないし、早く終わらせても報酬は変わらないだろう。なら、最小限の努力で最大限の成果を出すべきだ。


 ──そんな感じで吹っ切れた俺は、ついに隠さず魔法を使う決心をしたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 仕事を始めてから、早くも一ヶ月が経過した。


「ヘヴィリフト」


 軽く手をかざし詠唱すると、目の前の木材がふわりと浮かぶ。これまでは重力を少し軽減して、楽に運べる程度で魔法を使っていた。でもそんなセコいことは、もうとっくにやめていた。


 魔法でそのまま浮かせた方が効率的だし、何より楽だ。この力を隠し続けるなんてありえないだろ。


 すると、周囲の視線が一斉に集まる。


「うひょー! やっぱすげぇな!」

「人間業じゃねえだろ!」


 唖然とする者、目を丸くする者、感心して頷く者。反応はさまざまだが、全員に共通しているのは驚愕の色だ。


 でも、それもだんだん薄れてきているようにも思う。


 最初の数日は「ノクト様ー!」なんて敬称で呼ぶ奴までいたのに、一週間もすればすっかり呼び捨て。驚きが慣れに変わり、そして今では、俺の魔法を便利な道具みたいに扱うようになってきているのだ。


「ノクト! 手が空いたらこの木材も頼む!」

「いやいや、まずはこっちだろ!」

「悪いがこの石材も持ってってくれ!」

「ハンマーがそこの棚にあるんだけど、ちょいと浮かせて取ってくれねぇか?」


 次々と飛んでくる声に、俺は目を細める。


 ……いや、俺はお前らの便利屋じゃないんだが?


「ふざけんな。お前らも働け」


 呆れてそう言うと、連中は悪びれもせずに口々に言い訳を並べ始める。


「だってその方が早いし」

「お前が動かした方が安全だし」

「魔法で運んだ方が楽だし」


 あ、開き直りやがったな、こいつら。

 とはいえ、まあこうなるとは思っていた。


 実際、俺がやったほうが圧倒的に早いし、効率も段違いだ。何より、あの熱苦しい力仕事を延々と見続けるのは俺もごめんだ。今はこれでいいだろう。


「しょうがねぇな……ほれ」


 軽く指を動かし、宙に浮かせた木材を滑らせるように目的の場所へと運んでいく。


「うおっ!? 一気に全部持ち上げたぞ!」

「やべぇ、これなら人いらねぇじゃん!」

「俺たちの仕事、なくなんねぇよな……?」

「馬鹿言え、むしろ効率よくなるっての!」


 しかし、俺には肝心の建設の知識がほぼ皆無だった。資材を運ぶことはできても、一人じゃ組み立てまではできない。最終的な釘打ちや固定作業といった専門的な部分は、職人のこいつらに任せっきりだ。


 結局、俺は魔法で支えながら「ここか?」「この向きでいいか?」なんて毎回確認するしかなかった。


「ノクト、もうちょい右だ。おい、行き過ぎだバカ!」

「角度をこう、手首をひねる感じで……ってちげぇよ!」

「よし、そこで固定してろ!」


 ​感覚的な指示に内心で悪態をつきながらも、言われた通りに固定する。


「はいはい、これでいいんだろ」

「よし、じゃあいくぞ! せーのっ!」


 カンカンカンッ!!


「完了だ! 次いくぞッ!」


 ​男たちは汗を拭いながら次の持ち場へと散っていく。休む間もなく、俺にも次の仕事が回ってくるってわけだ。


 やれやれと思いつつも、俺は言われるがままに魔法で資材を運んでいく。普通に運ぶよりも早いし、精度も段違いだ。


 ​こうして俺の魔法を用いた仕事は、どんどん板についていった。しかし、魔法で物理的な負担は減ったものの、俺はもっと根本的な問題に直面していた。


 ​──こいつら、やっぱり非効率的すぎる!


 ​楽になったはずの現場で、俺は新たなイライラの種を見つけてしまったのである。

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