第8話 その汗は本物ですか?

 どんな仕事内容かと身構えていると、ゼクスは机の上の紙を適当に指で弾いた。


「端的に言うと、この倉庫が最近手狭になってきてな。ガッツリと拡張することになった」

「へぇ、拡張ね」

「けど商会の人間だけじゃ人手が足りねぇ。だからお前を雇ったってわけだ」

「なるほど、そういうことか」


 要するに雑用ってことだろう。面倒なことこの上ないが、それくらいならまあできるかもしれない。


 俺はそう思っていたのだが──


「それでだ、お前には力仕事をやってもらう」

「え?」


 思わず聞き返す。


「え?ってなんだよ。ここで働くんだろ?」

「いや、力仕事って……この俺がか?」

「おう、まあ簡単なもんだ。資材運んだり組み立てたり、あとは壁を補強したりな」

「いやいやいや、無理だろ」

「何が無理なんだよ」

「俺は筋肉もないし、そんなことやったことねぇぞ」

「そのへんは大丈夫だ。言われた通りにやればいい。だいたい最初はみんな素人だっての」

「……あの、普通に疲れるの嫌なんだけど」

「それは知らん。真面目に働け」


 納得いかねぇ。そもそも働くのがダルいってのに力仕事? 意味が分からん。


「まあ、まずはやってみろ。ほら、早速そこの資材を向こうに運んでくれ」

「これを運ぶだけか?」

「そうだ。ただし、そこそこ重いぞ?」

「えぇ……」


 見るからに重そうな木材が転がっている。

 あー、やっぱ無理だろ。めんどくさい。


 とはいえ何もしなかったら、飯だけ食った給料泥棒って扱いされるのは目に見えてる。役立たずとか言われて追い出されでもしたら、またあの路上生活に逆戻りだ。


 仕方ねぇか。

 俺は木材に手をかけ、周囲をチラリと見る。


 皆それなりに鍛えているのか、普通に持ち上げて運んでいた。


 しかし、俺にはそんな筋力はない。持ち上げるだけで精一杯だ。魔法を使えば簡単に運べるのだが、正体を隠している以上、あまり目立ちたくもない。


 ……いや、バレなきゃ問題ないな。バカ正直に運ぶとか、やっぱ考えらんねえわ。


「……ヘヴィリフト」


 小声で呪文を唱える。 


 次の瞬間、手に力が宿るような感覚が広がり、ふわりと軽くなった。


 よし、これならいける!


「ふんっ……!」


 俺は周りを気にしながらも、なんとか運んでる風を装う。見た目は完全に持っているように見せかけて、実際は魔法で浮かせているだけだ。


「おお!? お前、意外とやるじゃねぇか!」


 ゼクスが驚いたように言う。


「……ま、まあな」


 思わず内心でガッツポーズ。こんなもん、ほとんど働いてるって感覚はない。


 楽して金稼ぎ、最高じゃないか。


 俺はギリギリのラインでそれっぽく振る舞いながら、次々と資材を運ぶことにした。



 それからも作業は続いた。

 木材を運び、壁の補強を手伝い、建材を配置する。もちろん全部、魔法で誤魔化してるが。


 それでも、周囲からの評価は上々だった。


「おいおい、思ったより体力あるじゃねぇか」

「もっとへばると思ってたぜ」

「……あ、案外いけたな」


 しかし、ここで問題が生じた。俺の働きぶりを見て、連中が妙なことを言い始めたのだ。


「あいつ、結構動けるな」

「最初の割にはバテてねぇし」

「もしかして、意外とやる気あるんかな?」

「いや、それはねぇだろ」

「だよな、あの顔見てみろよ。魂が抜けかけてる」


 おい、俺の顔がそんなにやる気なさそうに見えるのかよ。いや、実際ないけども。


 だが、話はそこで終わらなかった。


「でもさ、あんだけ動いてるのに、なんか疲れてる感じが薄くねぇか?」

「確かに。俺でも多少は疲れるはずだぜ」

「そういや、汗の量も少ないような……」

「まさかあいつ、めっちゃ力あるんじゃね?」


 ピクッ──

 

 おいおい、待て待て。なんでそんな方向に話が進むんだ。このままだと、どんどん面倒な仕事を押し付けられそうなんだが。


 てか魔法でサボってるのも、なんだかバレないか不安になってきた。どうにか誤魔化し続けるしかないか……。



 そして、長い一日が終わった。


 俺は大きく息をつき、壁に寄りかかる。実際はそんな疲れてないのだが、あくまでそれっぽく見せるのが大事だ。


「よお、お疲れさん」


 ゼクスが軽い調子で声をかけてきた。


「……マジでダルかった」

「だろうな」


 ゼクスは苦笑しながら、俺を見つめる。


 めっちゃ長かったし、超ダルかったのは事実だ。ニート生活の弊害か、拘束されることへの嫌悪感が凄い。明日もこれだと思うと気が狂いそうだ。


「にしても、お前すげぇな」

「何がだよ」

「一日中動いてたのに、全然バテてねぇじゃねぇか」

「そうか? ありえんくらい疲れたぞ」

「いやいや、普通あんな運び続けてたら、今頃もっとヘロヘロになってるもんだがな……」


 ゼクスは腕を組みながら、しばらく俺を観察する。そして、ふっと目を細めた。


「お前さ、もしかして何かズルしてね?」


 ……え、バレた?


 心臓が早く鼓動を打つ。焦りが顔に出る前に、俺はすぐに言い返した。


「な、何言ってんだ。知らねぇよ」

「ふーん?」


 ゼクスは疑わしそうに俺を見つめたが、結局、追及はしてこなかった。たぶん、確証がないから深追いしないだけだろう。


「ま、いいさ。とりあえず今日はゆっくり休めよ」 


 ゼクスは軽く手を上げると、さっさとその場を離れていってしまった。


「全く、自分勝手な奴だな……」


 そう呟きながら、俺は一息ついた。


 魔力を使って体力を維持するのは、別に悪いことじゃない。連中も自身に強化魔法を使って、身体を動かしていた。


 だが、俺はそんなレベルじゃない。魔法そのもので重いものを運び、道具も器用に扱える。さらに魔力量も人間と比べて桁違いだ。だから、魔力が切れる心配もそうそうない。


 しかし、俺の知る限りでは、ここまで魔法を使える人間は、この世界に数少ないのだ。このことが知られたら、さすがに面倒事は避けられない。


 そして、最悪のシナリオもある。

 もし俺が悪魔だってバレたら……


 やっぱり、使う魔法はほどほどにするか。


 そんなことを思いながら、俺は宿舎へ向かって行くのだった。

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