第11話 魔法を使っただけなのに

 俺は魔法を解禁して、作業を効率化した。それは間違いない。自分でも納得してやったことだ。


 だが──


「ノクト!ちょっとこっち見てくれ!」

「次の作業、どうすりゃいい!?」

「こうしたらもっと効率上がるんじゃねぇか?」


 ……ん? いや待て、なんだこの状況は。


 周囲を見渡せば、作業をしていた連中のほとんどが俺の方を向いている。困った顔をしている奴もいれば、やる気満々で提案してくる奴もいた。


 楽をするために、あらゆる作業を整理したのは事実。でも俺は、ただ早く仕事を終わらせたかっただけだ。決して「指示を仰げ」なんて言ってない。


 というか、むしろそういう役職の人間がいるだろ? そっちに聞いてくれないか?


「……はぁ、知らねぇよ。勝手にやれ」


 一応、適当にあしらってみるが──


「おいおい、適当じゃ効率が落ちるだろ?」

「ノクトのやり方が一番スムーズだし、指示頼むわ!」

「任せたぞ、監督!」


 ……ダメだった。全然スルーしてくれねぇ。


 いつの間にか「現場監督」みたいなポジションにされてる。そんな役やるなんて一言も言ってないんだが。


 ただサボるための最適解を探しただけなのに……。一体全体、どうしてこうなったんだ?



 そんな現状に頭を抱えていたある日のことだ。


 いつものように魔法で資材を浮かせながら運んでいると、不意に足音が近づいてくるのが聞こえた。駆け寄ってくる気配とともに、慌ただしい声が飛んでくる。


「おい、ノクト!」


 チラリと視線を向けると、息を弾ませた男が立っていた。商会の一員で、よく雑用を一緒にやる顔なじみだ。


「なんだ? 今忙しいんだが」

「ゼクスが呼んでるってさ」

「……またかよ。今度は何だって?」


 男は手を広げると、妙に楽しげな笑みを浮かべた。


「さあな。ただ、なんか楽しそうな顔してたから、良い話なんじゃねえの?」

「……はあ?」


 楽しそうな顔……あのゼクスが? それはつまり、ロクでもない話ってことじゃないか。


 とはいえ、あいつは一応俺の雇い主であり、衣食住を確保してくれている恩人でもある。不本意ではあるが、無視するわけにもいかないだろう。


「……わかった。どうせ断っても無駄だろうしな」

「そういうこった。ほら、さっさと行けよ」


 そう言って男は俺の肩を叩くと、どこか嬉しそうに去っていった。何がそんなに面白いのか分からないが、どうも嫌な予感しかしない。


 俺は仕方なく作業を周りに任せ、ゼクスのいるところへと向かうのだった。



 ゼクス商会の本拠地、その扉を押し開けると、独特な活気が肌を打った。雑然とした書類、飛び交う指示、商品を運ぶ屈強な男たち。忙しない光景の中で、ひときわ目を引く存在がいた。


 ゼクス・ガルヴァス──ゼクス商会のトップにして、俺の雇い主。飄々とした態度で掴みどころがないが、その実、商才と人を見る目に長けており仕事のできる男。


 そんな彼は、部屋の奥にある椅子へ深々と腰を下ろし、片手に酒の入ったグラスを持ってくつろいでいた。昼間から飲むとはさすがと言うべきか、それとも怠惰というべきか……。


 そして俺の姿を見るなり、ニヤリと口角を上げた。


「おうノクト。最近お前、随分と活躍してるみたいじゃねえか」


 開口一番、何を言い出すかと思ったら案の定だった。


「別に。ただ楽をしたいだけだ」

「へえ? でもお前、楽したい割にはめっちゃ働いてるよな?」


 ゼクスは肘をつきながら、値踏みするように見つめる。


「魔法を駆使して効率化して、作業の指揮まで執るようになったらしいな。おかげで商会の連中も、お前のことを信頼してるみたいだし……」


 そこで一拍置いて、さらに言葉を続ける。


「……どうよ、責任者にでもなるか?」

「いや、ならねえよ」


 即答。俺が役職なんてありえない。


「なんでだよ、給料もさらに弾むぞ?」

「それでも無理だ。そもそも俺はできる限り働きたくないんだ。責任者なんかになったら、面倒ごとが増えるだろうが」

「ハハッ、お前働くの嫌いすぎるだろ。まあそう言うとは思ってたけどよ……」


 ゼクスは愉快そうに笑うと、酒瓶を軽く傾けてグラスに酒を注ぐ。その仕草には余裕があり、俺の反応を楽しんでいるかのようだった。


「それはそうとさ、ひとつ聞いていいか?」


 突然、ゼクスの声の調子が変わった。先ほどまでの軽妙な雰囲気とは明らかに違う。


「……なんだよ、急に」

「お前はさ、なんでそんなに魔法が使えるんだ?」


 ズキリと心臓が跳ねた。


「さあな」

「さあなって、自分のことだろうが。お前の魔法がどうにも異常って話だよ」


 ……異常、か。


 その言葉に、嫌な感覚が引っかかる。


「俺の知る限り、そんなに魔法を扱えるやつはそうそういねえ。お前、一体何者なんだ?」


 冗談を言っているときとは違う。

 冷静で、確信に満ちている目だった。


「……ただの生まれつきだ」


 間髪入れずに答える。疑念を持たせないよう、できるだけ自然に。


「補助魔法だけは昔から得意でな。でも攻撃とか回復はからっきしだ。別に魔法が全部得意ってわけじゃねえよ」


 そしてさらっと嘘を混ぜる。

 これで誤魔化せるなら儲けものだが──


「……ほぉん?」


 ゼクスが頬杖をつき、俺の顔を覗き込んだ。


「そんだけ魔力あって、攻撃も回復も使えませんってか?」

「だからそう言ってるだろ」

「じゃあなんで今、目をそらした?」

「……気のせいだ」

「へえ、なんか怪しいな」


 ゼクスは口角を上げ、更に問いただす。


「そんなに誤魔化したいことでもあるのか?」

「別に、何も誤魔化してねぇ」

「いやいや、バレバレなんだよなぁ」


 悔しいが、俺の誤魔化しが通用しないことは明白だった。それでも今さら認めるわけにはいかない。


「しつこいぞ、そんなに気になることか?」

「そう怒んなって。単純に嘘が下手だなって思ってただけだ。ほら、俺そういうの敏感だからさ」


 舌打ちしたくなったが、何とか堪えた。

 ゼクスは酒を軽く煽ると、唐突に言い放った。


「ま、そんなことは別にどうでもいいんだけどよ」

「……は?」


 思わず聞き返す。今まで探るような態度だったのに、急に突き放すとはどういうことだ。


 すると、ゼクスは俺の反応を面白がるように、ニヤリと笑った。


「実はお前のその異常な『力』についてなんだが、俺は最初から分かってたんだ」


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