どうしたいんだろうな?


 本当だろうかな、華さんが言ってたこと、と思いながら、杏は店に戻ろうとした。


 いやいや。

 私に課長を押し付けようという罠に違いない、と疑心暗鬼になっていた。


 まあ、関係ない。

 私の好きなのは、蜂谷だし、と思ったとき。


 幻覚かと思った。

 通りを歩く人の中に蜂谷が見えた。


 こちらに向かい、歩いてくる。


「蜂谷。

 なんで居るの?」


 近くまで来た彼にそう訊くと、蜂谷は、ちらと店の方を見る。


 蘭たちが居る。

 春香が何故か、さっと隠れるような仕草をした。


 奴らか、と思った。


「お前、今、誰と話してたんだ?」

と訊かれ、


「……課長の奥さん」

と答える。


「別れてくださいって?」

と蜂谷が皮肉に笑う。


 いや、それ、どっちがどっちにだ、と思った。


「私は課長と課長の奥さんのやりとりには関係ないわ。

 課長を私が好きなわけでもないし。


 課長が私を好きなわけでもないのに」


「好きに決まってるだろ」


 は?


 それだけ言い、怒ったように、帰っていってしまう蜂谷に、だから、何故、そこで帰る、と思っていた。


 そのとき、

「なにやってんだ」

と言う声がした。


 振り向くと、向井が立っていた。


「課長……」


 今、そこで、華に会った、と渋い顔で言う。


「お前が此処に居ると聞いたから」


 課長の口から奥さんの名前初めて聞いたな、と思う。


「そうですか。

 あの、ちょっとすみません」

と蜂谷を追おうとしたのだが、前へ進めない。


 振り返ると、向井が腕を掴んでいた。


 その手を見下ろし、

「なんですか、この手は」

と言うと、向井は、


「さあ?」

と言う。


 なんとなく行きそびれて、その場に残る。


 しばらく、向かい合って、お互いの顔を眺めていた。


「どうしたいんだろうな?」

と口を開いた向井が言う。


「蜂谷がですか?」


 いや、俺がだ、と向井は杏の腕を掴んだまま言った。


「昨日」

と向井は言う。


「律がお前にレンズ豆を食べさせたとき、殺そうかと思った」


「誰をですか?」

と言うと、律をだよ、と言う。


 そして、ちら、となんだかわからないが、手に汗握る感じで、こちらを見ている春香と、冷ややかに見下ろしている蘭を見、

「お前、まだあれと合流するのか」

と言ってくる。


「……一緒に来たんで」

と答えた。


 


 結局、蜂谷には無理なのか、と思いながら、蘭は、向井に腕を掴まれ、蜂谷を追いそびれた杏を見ていた。


「結局、課長ですかっ」

と手に汗握る春香を平和だな、と思い蘭は見ていた。


 戻ってきた杏に、

「課長はいいの?」

と訊く。


「あ、うん。

 大丈夫」

と杏は言ったが、何処かで帰り、待ち合わせているのではないかな、と思った。


 蜂谷はきっと、後悔する。

 今日、いつものように短気を起こして、杏を追わなかったことを。


 案の定、杏はいつもより早めに切り上げて帰ろうとしていた。


「杏」

と会計しているとき、最後にお金を払っている春香を見ながら、蘭は言った。


「いつまでも、蜂谷にこだわる必要はないよ。

 変なしがらみとかなくして、あんたの思うようにした方が後悔がないと思う」


 それは友人としての忠告だった。


 杏は、高校時代の蜂谷を引きずり過ぎていて、なにも見えなくなっている気がしたから。


「ありがとう」

と杏は微笑む。


 いやもう、なんでもいいから、あんた、誰かとくっついちゃってよ。


 蜂谷でもいい、課長でもいい、あの仔犬王子でもいい。


 何処かで、決着つけてくれたら、私も次へ進めるから、と思っていた。










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