【KAC20252】わたしのアイドル
ジャック(JTW)🐱🐾
君のいない教室(前編)
𖧷
アイカ。
彼女は、笑顔がとても可愛いひとだった。
優しくて気が利いて、皆に好かれている。
お姫様みたいで素敵な女の子。
わたしは、教室の隅からそんな彼女を遠巻きに見ていた。
もちろん、アイカが嫌いなわけじゃない。
彼女は、周囲をとても気遣う女の子で、困っている人がいたら声を掛けていた。それでいて偉ぶるようなことはせず、いつも謙虚で慎ましやかだった。アイカは、人のいいところを見つけて褒めるのがとても得意で、周りの人達を励まして精神的に支えていた。
そんなアイカの振る舞いを、わたしはすごくかっこいいと思って、密かに尊敬していた。内心、彼女と友達になりたいと思っていて、そのきっかけを一生懸命に探していたように思う。
まだ、アイカとわたしは、友達ではなかった。
でも、座っている席がとても近かった。だから、休み時間に時折、アイカの溌剌とした笑い声が聞こえる。
その度に、少しだけ振り返って彼女のことを数秒だけ見た。
優しくて、気配りができて、かわいい子。
彼女はきっと、あのとき、誰よりも輝くクラスのアイドルだった。
𖧷
わたしは、人付き合いが苦手で、クラスでやや浮いていた。
でも、そんなわたしにも、アイカは優しかった。わたしがクラスに溶け込めないで困っているときにさりげなく声をかけてくれた。わたしは、こんなに優しいひとがこの世にいるなんてと驚いて、ただただ感謝した。
しかしそんなアイカにも、コンプレックスがあった。
実は、アイカは、とても勉強が苦手だった。テストの度に苦しそうに唸って、成績発表のたびに項垂れて落ち込んでいた。
わたしは、どんくさくて要領が悪かったが、根性と記憶力頼みでペーパーテストだけはなんとか上手くできた。要するにガリ勉だっただけなのだが、アイカはそんな結果を見て「すごいねー!」と目をまん丸くして驚いていた。
「全然すごくないよ。アイカちゃんのほうがすごいよ」
「へ? すごいってどこが? あたし、取り柄なんて何にもないよ」
「え……?」
『取り柄なんて何にもないよ』というのはアイカの口癖だった。わたしは『そんなことないよ、アイカちゃん素敵なところたくさんあるじゃん!』とその場で言い返したかった。
しかし、アイカとわたしはそこまで親しいわけではないだろうと肌感覚でわかったので、理解者のようなしたり顔で言葉を伝えるのは躊躇われた。アイカは、立派で素敵なひとなのに、アイカ本人がそれを一番わかっていないのかもしれないと思った。
𖧷
ある日、わたしはアイカから頼まれて、勉強を教えることになった。アイカが特に困っているのは数学だったと思う。
いつも優しくしてくれるアイカの力になりたくて、必死に張り切って教えるための準備をした。分かりやすく、伝わりやすいように、自分なりに一生懸命図解したノートを書いて、アイカに見せる。授業を思い出しながらかみ砕いてアイカに伝えようとした。
「……? うーん? ん? どういうこと?」
しかしアイカは、説明を聞くたび、反射的に俯いてしまって、勉強があまり捗らない様子を見せた。真面目に話を聞こうとしているけれど、どうしても苦手意識が拭えないようだった。
「……せっかく教えてもらってるのにごめんね」
「ううん。説明が下手くそでごめんね。明日、もうちょっと丁寧な資料作ってくる!」
「そんなことない! 上手だよ! 資料も綺麗だし! ただ、なんていうか、あたし、勉強なんかできないから、やっても無駄なんじゃないかーって思って、頭入らないみたいなの……」
「……無駄? なんで?」
わたしは、純粋な疑問を浮かべた。アイカは、たしかに勉強を前にするとパニックを起こしやすいところはある。だけど、問題自体の理解度は低くなかった。
アイカは、ぽつりと告げた。
「……お兄ちゃんも、お姉ちゃんも勉強ができるのにね。あたしだけできないの。あたし、すごいばかなの。ばかっていわれてる。いつも。『おまえはばかだなあ』って……」
その言葉を聞いたとき、完璧な女の子だと思っていたアイカの心の傷が見えた気がした。
わたしは、アイカに反射的に言い返した。
「そんなことない! アイカちゃん、すごくよく周りを見てて、ものすごく優しいじゃん!」
「……」
「本当に、本当の意味で『ばか』なんだとしたら、困ってる人に気づけないし、助けたりできないよ。アイカちゃんは賢いし、すごくかっこいいし、素敵だよ!」
今までの人生で、こんなに人を褒めたことなんてなかった。それでも必死に語りかけた。アイカに掛けた言葉は、おべっかでもお世辞でもなく本心だった。
アイカは、とってもかっこいい!
決して『ばか』なんかではない!
いつも周囲を気遣って、さりげなく助け舟を出して、偉ぶったりしない。そんな優しいひとが、わたしの憧れが、家族から『ばか』って呼ばれているのが、無性に悔しかった。
アイカは優しくて素敵な子だ。
本当の『ばか』は、わたしの方だ。
とても傷ついているアイカを前にしても、何て声をかけたらいいのか全然わからない。それがとても悔しくて俯くことしかできないのももどかしかった。
「……ありがとね」
アイカは、それを聞いて微笑んでくれた。アイカの心に、わたしなんかの言葉か届いたのかどうかは分からない。それでも、少しだけでも笑ってくれて、それが無性に嬉しかった。
𖧷
それから、アイカとわたしは少しずつ話すようになった。
元々クラスメイトとしては交流があったが、あの会話がきっかけで、友達だと思ってもらえたのかもしれない。
ある日、アイカと一緒に映画を観た。ゲーム付属の特典のために、同じ日に2回映画を見た。バージョン違いでいくつか変更点があるというので、それを発見しようねと言い合いながら、上映を楽しみに待った。
しかし、あまりにも変更点がささやかすぎて、間違い探しとしてもまったく面白くはなかった。アイカもわたしも映画館で爆睡して、気がついたら映画が二本とも終わっていた。
そして上映終了後に顔を見合わせて笑い合った。
「よく眠れたね〜!」
「ね! 変更点どこかわかんなかった〜! あははっ!」
二人で顔を見合わせて、ケラケラと笑う。映画の内容は、正直どうでもよかった。眠気に耐えきれず二人とも寝てしまったというそれだけの妙な思い出を共有できたのが楽しかった。アイカは、キラキラした眼差しでわたしを見た。
「あー、すっごい楽しかった! また遊ぼうね!」
「うん! またね!」
二人で手を振り合って別れて、約束をした。
そんな、ありふれたどこにでもある光景。
それが、アイカとの楽しかった最後の思い出になった。
𖧷
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