第8話 アキバでの買物

 改札口を潜り抜けると、「世界のラジオ会館」というデカデカとした文字が俺の視界に飛び込んでくる。隣に視線を向けると、有名なアニメのキャラクターが入り口に貼られたショッピングセンターが見える。


「秋葉原とか久しぶりに来るなぁ。あ、彼方見て! 向こうにメイドさんいるよぉ」


 幼馴染である燈が、子供のように俺の袖を引っ張る。アキバにいるんだから、そりゃあメイドの一人や二人いるのは当然だろ。何ならアキバには武装したメイドもいるなんて話もあるからな。


「おい、今日はメイド喫茶行くつもりじゃないんだろ?」


「分かってるってばぁ。流石にそこまで付き合わせる訳にはいかないからね」


 ——さて、何故俺たちは秋葉原の大地に立っているのか。

 きっかけは、二日前であった。



「ねぇねぇ彼方。日曜って暇だったりするぅ?」


「特にはないかな。土曜はバイトだけど、日曜は休みだし」


 金曜日の放課後――帰り道で俺と燈は話していた。

 燈は俺が暇だと答えると、彼女はパッと太陽のような笑顔を浮かべて俺の手を掴み出した。こういう時は、大体何かしらに付き合わされる。もう十何年かの腐れ縁だからな、大体の行動は予測出来る。


「で、何に俺を連れ回すつもりなんだよ?」


「実はね、アキバでしかゲットできない特典があるらしくて。せっかくなら彼方と一緒に行こうかなーって思ってぇ」


「確かにお前、いつも池袋の方に行くもんな。アキバは不慣れか」


「別に不慣れって程じゃないけどぉ……ほら、彼方もそろそろ新刊とか買いたい時期なんじゃないかなーって、思って」


 燈は俺の手をにぎにぎしながら答える。確かに、そろそろラノベの新刊が発売する時期ではあったし、その為にアキバには行こうと思っていた。燈の買い物と俺の買い物、同時に達成出来る訳だ。


「まぁ、それならいいぜ。日曜でいいんだよな?」


「うん。十一時に彼方の家に行くから、寝坊しないようにねぇ」


「気が向いたらそうするよ」


「大丈夫! 絶対に気が向かせるようにするからねぇ」


 燈は自信満々に鼻を鳴らす。

 気が向くようにすると言ってはいるが、その方法は大体決まっていた。



「彼方、起きて。ほーら、もう集合時間十分前だよぉ?」


 日曜日――熟睡していた俺の身体に重みがかかる。細く目を開けて、様子を見る。

 端的に言えば、俺の上に燈が跨っていた。そして全力で俺の身体を揺さぶって――いや、潰そうとしていた。


「重い……ウザい! 寝かせろやこの野郎!」


「相変わらず寝起き最悪だなぁ、もう。それに、そんなに重くないし! この前量ったら46㎏だったんだからね? 他の女子に比べたら痩せてるんだからねぇ」


 燈は何か文句みたいな事を吐き捨てて、俺の身体から降りる。ようやっと眠れる……日曜なんだから、ゆっくり寝かせてくれよ。凪でももう少し優しく起こしてくれるってのに。


「あ、間違えてノートPCシャットダウンしちゃった」


「うおおおおおおぉぉぉ――っ⁉ ちょっと待てえええええぇぇ――っ‼」


 一気に目が覚めた。ばがっ! と掛け布団を放り出し、俺は速攻でデスクに駆け寄った。置かれたノートPCは――画面がしっかりと点いていた。しかもきちんと執筆途中の状態で。だが念の為内容を確認しなくては――


「やっぱり、これが一番効果的だねぇ。大丈夫だよ彼方、パソコンには触れてないからさ。それに、そんな無神経な間違い、私がするはずないでしょぉ?」


「おま、心臓に悪すぎるって! もうちょいこう、穏便にさぁ……」


「彼方、優しくするとダメなの知ってるんだからね? これが一番効果的なのぉ」


 ったく、十数年間で俺の性格を完全に学習しやがって。まあ、今回は普通に約束忘れてた俺が悪いんだけども。だけど、言っていい冗談とダメな冗談はあるだろ。


「すぐ着替えるから、出て行ってくれよ」


「え? 別に私、気にしないよ?」


「俺が気にするんだよ‼ ガキの頃じゃあるまいし、少しは分かってくれよ! それにお前、俺の前で服を脱げるのかよ?」


「まぁ……彼方なら」


「お前、無防備とかそんな次元じゃねえぞ。マジで俺は幼馴染だから耐えられるけど、他の男にそんな事言ったら襲われるぞ? そこきちんと理解しようぜ、な?」


 説教する俺に対し、燈は頬を膨らませる。


「他の人にやる訳ないってぇ。流石にそこまで節操なしじゃないよぉ!」


「出来れば俺にもやらないでほしいもんだな。ほら、とっとと出てけって!」


 俺は燈の背中を押して強制的に部屋の外に出す。それから着替えをする。最低限の荷物を持って、扉を開ける。燈は部屋の前に立っていた。


「それじゃ、行こぉ?」


「あいあい」


 そうして俺たちは秋葉原へ向けて出発するのだった。



 週末という事もあってか、秋葉原は人でごった返していた。今回のメインである燈の買い物――ゲーマーズのみで配布されている特典商品。俺たち(具体的には燈だけだが)はその特典を得る為にゲーマーズへと向かう。

 

 一分もしないうちに到着し、燈は急ぎ足でその特典のある棚へと向かう。その足取りは洗練されたオタクのそれで、迷いは見られなかった。俺は適当に新刊のラノベがないかをチェックしようとする。


「彼方、こっちは終わったよぉ」


「早すぎだろ。俺まだ何買うかも決めてねえのに」


「何かいい感じのものとか見つけた?」


「……ま、まぁ一応な」


 俺の視界が捉えているのは、とあるラブコメ作品。しかし結構内容がセンシティブな事で有名なものゆえ、燈に見られながら手に取るのは流石に気が引けた。表紙の女の子は結構露出多めな、もう布面積なんて言葉では語れない程の際どい衣装を纏っていた。


「何買うのぉ?」


「……い、いや、今日はいいや。そんな金もないし、また今度買いに行くわ」


「もしかして……これ買おうとしてるでしょ?」


 燈は悪戯に微笑みながら、件のセンシティブなラブコメを手に取った。


「どうして分かったんだよ⁉ 必死に意識させないようにしてたのによぉ!」


「何年一緒にいると思ってるのさぁ。それに、彼方の部屋にこれの全巻あったし」


「どこに目つけてんだよ⁉」


「それに、別にこういうエッチな作品読んでても気にしないよぉ。私だって……その、そういう漫画それなりに、持ってるし……」


「そういう漫画って…………BL系だろ?」


「もう、言わせないでよぉ……っ」


 こいつが俺の趣味嗜好を把握しているように、俺だって燈の趣味嗜好をそれなりに把握している。昔から乙女ゲーやら少年漫画ばかり読んでる、生粋の腐女子。それは絵師・あきらの投稿からもありありと見える性癖であった。

 恥ずかしそうにモジモジし始める燈。別にこのアキバでBL趣味なんて普通なんだから、そんな恥ずかしがる必要もないだろうに。


「ま、とりあえずこれ買ってくるわ」


 俺は件のラブコメを一冊手に取り、レジへと向かう。バレてたなら、もう繕う必要はない。もっとも、相手は燈だからな。今更エッチな小説を買った所でどうなる訳でもないだろう。


 会計を済ませ、俺と燈は外に出る。


「さてと、この後どうするよ? 帰るか?」


「えぇ~、ここまで来て帰るはないよぉ」


「冗談だよ。……まぁ、別に腹も減ってる訳じゃねえしな。どっかで遊んでくか」


「じゃあゲーセン行く? 最近maimaiやってなかったからさぁ」


「お、いいぜ。んじゃ、行くか」


 こうして俺たちはゲーセンへと足を運ぶ事になった。


 

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アオゾラディストーション -俺が物語り、君が奏でる青春のコンチェルト- 橋塲 窮奇 @RokiAfelion0942

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