第6話 初めての創作談義
翌日の昼休み――俺はまたあの空き教室へと向かった。
今度はきちんと購買で弁当を買ってきた。教室の前から、ギターの旋律が聞こえてくる。今日も空峯は空き教室にいるようだ。
扉を開けると、窓際で青いストラトキャスターを抱えて曲を奏でる空峯がいた。
「よぉ、今日は『Silver Dragoon』か。それってさ、エリスのテーマ曲だよな?」
「あ、分かるんだ」
「白銀の竜騎士って意味だし。俺の作品でそんな特徴してる奴、一人しかいないし」
エリスとは「ブラッド・マギクス・ガーデン」に登場するヒロインの一人だ。名家の生まれで主人公のアベルとは決闘の末に仲良くなった。銀髪の美少女で、白竜を使役して戦う魔術師である。
今空峯が演奏していた「Silver Dragoon」は、牧歌的にも思えるような爽やかメロディだが、その中にはpaleらしいハイテンポでロックな雰囲気もある。そんな疾走感のあるリズムとメロディが、エリスという登場人物を存分に表現していた。
俺が弁当を蓋を開けたその時、空峯がこちらを見つめてくる。
「そういえば、今日更新されたやつ読んだよ」
「おお、ありがとうな。それで……どうだった?」
「うん、まぁ……面白かったよ。なんていうか、青海の書く戦闘描写って……いいよね。上手く言葉に出来ないけど……とにかく、読んでて楽しいよ」
「ふぅ……こうやって直接感想を言ってくれるのって、すげぇ気持ちいいな。マジで嬉しいよ、ありがたい」
「べ、別に……これくらいの感想で良いなら、いくらでも言えるって」
空峯の視線が俺から外れる。その頬は僅かに薄紅に染まっていた。
どうやら彼女は褒められる事に慣れていないらしい。だけど事実として、こうやって対面で感想を言ってくれるのは嬉しいし、それに俺だって褒められるのは照れ臭いと思っているんだ。お互い様ってやつだ。
「いただきます」
俺は割り箸を割って、手を合わせる。今日の弁当は唐揚げ弁当だ。
まずは唐揚げ一つを摘まんで、口に運ぶ。それから白飯を食する。
そんな風に俺が昼食をとっている間にも、空峯はギターを弾いていた。さっきと同じで「Silver Dragoon」のメロディが空き教室に響く。
「……なぁ、ご飯は食べないのか?」
「お金、ないから」
「お小遣いとかもらってないのかよ?」
「もらってる……けど、全部楽器関係で消える。弦の張替えとか、エフェクターとか……音楽はとにかくお金がかかるんだよ」
確かに音楽関係の機材は単価が高い。ギターとかMIDIキーボードとか、最低でも一万以上はかかるからな。いやでも、流石に昼飯も削るのは――
「腹減んないのかよ?」
「私、少食だから。それに朝ご飯は食べてきてるから、大丈夫なの」
ジャーン、と青いストラトをかき鳴らす。
その時—―
ぐううぅぅぅ。
「あ」
「…………っ! い、今のは……ギターの……っ」
「エフェクターはないように見えるけど? アンプも」
「うっ……」
「別に恥ずかしがる事ないって。ほら、俺の唐揚げ食っていいからさ」
俺は割り箸についていた爪楊枝を唐揚げに突き刺し、空峯に差し出す。
彼女はチラチラと唐揚げを見ていた。どうやら躊躇っているようだ。そりゃあ、昼にもなれば空腹にもなるだろう。俺は空峯の口元に唐揚げを近づける。
「ほら、遠慮せず」
「…………じゃあ、うん。……はむっ」
遂に折れた空峯が、華奢な口を開けて唐揚げを頬張る。
目を見開いて、もぐもぐと口を動かす。小動物みたいで、可愛い。しかも久しぶりの昼食(唐揚げ一個だけだけど)だからかもだが、妙に嬉しそうだ。
「美味いか?」
「……うん」
小さく頷きながら、唐揚げを咀嚼する。それから小さく「ありがと」と告げて、彼女は再び演奏を始めた。軽快なリズムでゴシックなメロディが奏でられる。
「なぁ、気になったんだけどさ。空峯はいつからギターやってんだ?」
「急にどうしたの。……まぁ、一応中二の頃からギターは始めた、かな」
「何だ、俺と同時期ぐらいから始めてんだ。俺も中二から小説書き始めたし」
「ふーん、そうなんだ」
「そういや、paleの曲って基本的に俺の作品をテーマにしてるん……だよな? どうやって作ってるんだよ?」
paleが空峯だと知った時から、気になっていた事だ。さっきの「Silver Dragoon」や「Avell」も登場するキャラクターをモチーフにしていると言っていた。一体全体、どうやって楽曲制作をしているのか知りたいのだ。
「別に、大した事はしてないよ。読んでると自然とその時の場面のBGMが浮かんでくるから、それを基準に作ってるだけ」
「天才か?」
「そ、そんな安っぽいお世辞、ウザいって。……それに、あんたもそういう事ない? 何かしらをきっかけにアイデアが降ってくる的なさ」
言われて、俺ははっとする。
思えば俺もライトノベルや漫画やアニメを見ていると自然と物語のアイデアが浮かぶ事があった。現に中二の頃、俺はその衝動から小説執筆を始めたんだから。
要は何を媒介にするかの違いなんだ。俺は浮かんだアイデアを物語として、そして空峯はそれを音楽として昇華させているんだ。そこに大した差異はないんだ。
「まぁ、あるな」
「でしょ? 普通なんだって、クリエイターならさ」
「そうだな、うん。悪いな」
「分かればいいよ」
しばし静寂が訪れる。次の話題を提供しなければ――そう俺が思っていると、空峯が口を開いていた。
「……中学の頃から、剣城黒都って名前で活動してるの?」
「ああ、うん。俺はずっとこの名前でやってるよ。そっちはどうなのさ?」
「私も一応はずっとpaleでやってるけど……歴はあんたよりは短いよ。動画投稿し始めたのは、高校生になってからだし」
「paleって活動名の由来とかってあるの?」
「名前決める時に、ちょうど聴いてた曲のタイトルからとった……気がする」
曖昧な返答をする空峯。そんな適当な経緯でペンネームをつけていたのか。俺とは対照的だな。俺の「剣城黒都」という名前は、当時カッコよさげな漢字を調べまくっていい感じの語呂に合わせた結果出来たものだ。だから思い入れがある。
クリエイターにおいて、筆名に対する思いは十人十色なのだ。俺みたいに一生懸命考えて名付ける者もいれば、空峯のように適当に名付ける者もいる。
だが、結局クリエイターにおいて大事なのは「何を創り出すか」だ。
他者を惹きつけるような作品を創れば、筆名などどうでもいいものになるんだ。
もっとも、まだプロにもなれてない物書きの戯言に過ぎないけれど。
「動画投稿って……他の曲のカバーとかか?」
「え、なんで分かるの?」
「だって俺、paleのチャンネル登録してるし。最初はギターカバーの動画で、それからオリジナル曲出してた記憶があるぞ」
「そ、そうだけど……その、カバーって具体的に何を見たの?」
おずおずと問いかける空峯に、俺は己の記憶を引っ張り出す。
「確か……あれだ、『オリオンをなぞる』のカバーだった気が――」
「……それ、初めて投稿したやつじゃん」
「あのカバーめっちゃ良かったぞ。特にギターソロのアレンジとか――」
「ちょ、ちょっとそれ以上喋らないで! あれ、私の黒歴史みたいなものだから……絶対に掘り下げないでっ!」
空峯はいつになく焦って――いや、恥ずかしがっていた。確かに誰だって、最初に投稿した作品は今の自分から見れば未熟なものだ。俺も自分の処女作を見られたら普通に恥ずかしいしな。
「わ、分かった! この話はおしまいにするよ」
「……次昔の動画の話題出したら金的するから」
「こわっ。指切り
「ふんっ。罰としてこの唐揚げもらうから」
空峯はそう言って爪楊枝で最後の唐揚げを奪い取る。
俺はおかずもなしに弁当を食べる羽目になってしまうのだった。
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