第5話 友達になろう

 翌日、俺はドキドキしながら登校した。

 珍しく早めに眠れたからか、始業三十分前に教室に到着する。扉を開けて、辺りを見回す。どうやらまだ、空峯は来ていないらしい。


「彼方⁉ え、こんな早くにどうしたのさぁ?」


 聞き覚えのある声で驚かれる。

 俺の前の席である幼馴染・燈が目を丸くして俺を見ていた。確かに普段、五分前とか始業のチャイムが鳴った頃に来る事がほとんどだった。でも、そこまで驚く必要はないだろう。


「珍しく快眠だった。まぁ、そのせいで今日分の話投稿出来なかったけど」


「そうなんだぁ。でも、たまには休んだ方がいいと思うんだよ、ね?」


「うーん、でもなぁ……」


「でもじゃないって。私、彼方が元気じゃないと心配で眠れないんだよぉ」


「嘘つけ。お前めっちゃ肌つるつるだぞ。寝不足の奴とは思えないね」


「そんな事ないよぉ。ほら、触ってみる?」


 燈は悪戯に微笑みながら、俺の手首を掴む。そして、自分の頬を触らせる。


「すべすべじゃねえか。俺にこのコラーゲン分けてくれよ」


「う~ん、五千円!」


「金とんのかよ⁉ この詐欺師め!」


 と、そんな会話を繰り広げていると、ガラガラ――と後ろの扉が開く。

 振り向いてみると、そこにはヘッドホンを首に掛けて灰色のパーカーを身に着け、ギターケースを背負う銀髪の少女がいた。俺は思わず黙り込んでしまった。


 空峯は自分の席に座り、スマホを取り出す。

 その時だった。


「…………っ」


 目が合った。一瞬だが、空峯がこちらを見ていた。俺は思わず視線を逸らしてしまう。昨日、見事にフラれてしまった手前、目を合わせるだけでも気まずく感じる。

 そんな緊張がトリガーとなって、俺は尿意を覚える。


「ちょっとトイレ行ってくるわ」


 俺は燈に握られた手を振り解き、席を立つ。

「いってらっしゃい」と見送る燈を横目に、俺は教室を出る。

 その時——トイレに向けて歩く俺を、止める者がいた。


「……ねぇ」


 振り返ると、空峯がいた。いつも通りの飄々とした雰囲気の彼女の姿に、俺は胸が締め付けられる。だが、無視する訳にもいかないと思い、口を開く。


「ど、どうしたんだよ、空峯」


「……昨日、更新してなかったのって、どうして?」


「え?」


 予想外の言葉に、俺は唖然とした。

 どうしてこいつが、俺の作品の更新を気にするんだ?


「ほら、毎日一話……投稿してるじゃん。昨日は投稿されてなかったから、どうしてかな……って」


「それは……っていうか、どうしてそんな事気にするんだよ?」


「は? だって、更新されてなかったら……心配じゃん」


 俺は自分を疑った。自分は本当に昨日、勧誘を断られたのかと。いや、間違いなく俺はフラれた。サークル結成を拒否された。それにも拘わらず、どうして空峯はこうして話しかけてくるんだ? 神経図太過ぎるだろ。


「お前、俺の事嫌なんじゃないのか?」


「なに、急に。誰もそんな事言ってないじゃん」


「だって昨日、サークル結成、断られたし……」


「あれは……ただサークルでの活動とか、一緒に創るとか、そういうのよく分かんないから……そんな気持ちでOKするの、嫌だから」


 空峯は気恥ずかしそうに俯いて「でも……」と続けた。


「普通に剣城先生と話せるのは嬉しい……から。友達としては、仲良くしていきたいな……って。そっちも、私の事知ってるみたいだしさ?」


 その言葉を聞いて、俺は再び唖然とした。

 ああ、そうだ。空峯は別に、俺の事が気に入らないから断った訳じゃない。むしろ、俺の事を――剣城黒都を好きだから真剣に考えてあの答えを出したんだ。

 まだ一緒に創作するのは無理だとしても、友達として交流はしたいと彼女は願っているんだ。


 全て、俺の勘違いだ。どうやら俺は、勝手に色々背負わせていたらしい。

 自然と緊張がほぐれる。安堵の息を吐いて、俺は手を差し伸べる。


「……あぁ、そうだな。せっかく会えたんだ、これから宜しくな、空峯」


「まぁ……うん、よろしく、青海」


 他人と話す事はあまりないのか、それとも俺と会話するのが恥ずかしいのか知らないが、空峯はどこかぎこちなく俺の手を握る。


 ——こうして、剣城黒都おれとpale《そらみね》は友達となった。


「……あ、やべ、そうだ俺、トイレ行きたかったんだ」


「は?」


「悪い、また後でな!」


 膀胱が叫んでいるのに気づき、俺は急いでトイレへと駆け込んだ。


「……バカみたい」


 そんな事を呟いていた気がするが、俺は構わず用を足した。



 休み時間になって、空峯がギターケースを背負って教室を出ていく。

 俺は気になって、彼女の姿を目で追っていた。


「彼方、お昼にしよぉ。今日も購買に行くんだよね?」


 燈が椅子を俺の方に向けて、薄紅色の布に包まれた弁当箱を俺の机に置く。

 いつも家で弁当を作ってくるらしい。勉強とかを面倒臭がるくせに、こういう所は喜んでやっているのが、こいつの変な所だ。

 俺はいつも購買の弁当で済ませている。うちの母さんは朝が早いから、弁当に作る暇がないらしい。俺自身も、料理が出来ないから買うしか選択肢がないのだ。


「ああ、そうだな。ちょっくら行ってくるわ」


 俺は鞄から財布を取り出し、教室を出ていく。

 だが、俺は購買へは行かない。行く場所は――空峯の所だ。


 特別棟に向かい、階段を上っていく。

 そうして、廊下からギターの音色が聞こえてくる。


「やっぱり、ここにいたか」


 俺が空峯――paleと出会った空き教室。何となくで来てみたが、どうやらビンゴだったらしい。椅子に座り、足を組んで青いギターを弾く空峯の姿がそこにあった。


「え、なに追いかけてきたの?」


「何となく気になってな。それに、色々と話もしてみたいしさ」


「……まぁ、いいけどさ」


 満更でもなさそうに、空峯は答える。

 俺は教室の奥に置かれた椅子を持って、空峯と対面するように座る。


「率直に訊くけど……どの話が好きとか、ある?」


 作者本人がこれを質問するのは、少し恥ずかしい。

 空峯は「うーん」と唸り、しばし考える。そして、答えを出す。


「ファルスが実はアベルの師匠だって判明した話が……すごかった」


「おお! 嬉しいな……実は一話の頃から決めてて、感付かれないように気をつけて書いてたんだよなぁ……そう言えば、あの時の感想もめっちゃ熱入ってたよな」


「そ、それは……っ、あんな伏線回収されたら、誰だって凄いと、思うよ……っ」


 頬を紅潮させ、そっぽを向く空峯。明らかに照れているのが分かる。


「めっちゃ嬉しかったよ、マジで」


「そ、そう……それよりも、今度は私の番。好きな曲、教えてよ」


「全部、paleの曲全部大好きだよ」


「……っ。そういうお世辞、いいから。強いて言うなら、なに?」


「強いて、かぁ……でもやっぱり王道かもだけど『Avell』だな。中盤当たりのギターソロがマジでカッコよすぎて、毎回鳥肌立つんだよ。その前の静かなピアノのメロディーからのあの温度差は最高なんだよな……!」


「……そっか。あれは、私としても自信作だから……よかった」


 穏やかに微笑んでいた。普段の飄々とした、不愛想にも思える顔からは想像出来ないような優しい笑みを浮かべていた。頬を染めて、微笑んでいた。

 俺は思わずドキッとしてしまう。

 よく見ると――というか、心の片隅で思っていたが、空峯の容姿は可愛い。クールな雰囲気だから忘れてしまっていたが、綺麗な顔立ちをしている。


 ——いや落ち着け俺! 空峯は友達だ。そんな感情向けられても、あっち側は気持ち悪いとしか思わないんだ。

 取り敢えず、次の話題を――


 ぐうううぅぅ。

 俺の腹が、鳴った。静寂が、訪れる。


「……ご飯、買ってないの?」


「そうだ、弁当買うの忘れてた……ちょっと、行ってくるわ」


「うん」


 俺は空き教室を後にする。

 廊下に出た瞬間に、ギターの音色が聞こえてくる。ジャン、ジャンジャーンと疾走感のある旋律が教室の外に溢れる。


 ——「Avell」だ。

 俺は微笑みながら、購買へと向かった。

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