第4話 剣城黒都はフラれる
バカな話は、あった。
あのpaleが……俺の大好きな音楽家が、俺の作品を読んでくれていた。俺は唖然としてしまう。言葉が、出てこない。認知してもらえた感動よりも「どうして」という疑念が先に湧いてくる。
「嘘だろ? 俺、そこまで有名じゃねえのに……どうして、知ってるんだよ?」
「べ、別に有名じゃない訳じゃないでしょ? 謙遜はやめなって、ウザいから。この前も、週間ランキング入ってたじゃん」
「そこまで知ってんのかよ⁉ てか、いつから読んでたんだよ?」
「……最初からに決まってんじゃん」
「古参じゃん。……ん? 古参?」
その単語が、引っ掛かる。俺の脳内は結論を導き出そうとしていた。
一話から見てくれていて、ランキングに入っている事も知っている。そんな読者に、俺は何となく心当たりがあった。そして——俺は問う。
「まさか……soraって名前に、聞き覚えがあるか?」
「……っ。それ、私」
あっさりと暴露する空峯。俺の心臓は、早鐘を打っていた。
こんな偶然が、重なって起こるものなのかと、興奮していた。俺の好きな音楽家・paleが、俺の古参ファン・soraでもあった。天文学的な確率だ。
「待て待て待て待て……ちょっと、整理させてくれ。お前はあのpaleで、それで俺の作品を昔から読んでくれていたsoraさんでもある……って、事か?」
「そう……そうだよ。それが、何か悪い? 別にいいでしょ」
「良すぎるよ! あまりに都合が、良すぎるって!」
「何、まるで私が意図的にやったみたいな言い方して。自意識過剰だから、それ」
「いや、でも……」
「ま、まぁ確かに、あんたの作品からインスピレーションもらってるのは……事実なんだけどさ」
照れ臭そうに空峯は告白する。聞き捨てならない言葉だった。
俺の作品から、インスピレーション? てことは、paleの曲は俺の作品を基に作られていたって――そういう事なのか⁉
「偶然だと思ってたけど……まさか『Avell』も――」
「……あれは、アベルの処刑用BGMのイメージで、作った」
やっぱりそうだ。なんか妙に場面とシンクロするなと思っていたら――意図的なものだったんだ。ああ、だからあんなにもテンションが上がったのか。
俺の脳味噌は、納得で満たされていく。あの高揚感は、偶然であって必然だったらしい。今まで聴いてきたpaleの曲を、脳内で再生する。納得が溢れ返る。
全て、俺の作品を基にしていると思えば、全ての曲がシーンと合致する。
ここで俺は改めて、
今、目の前に音楽家がいる。音楽クリエイターが、いる。
前々から、思っていた。この人と組めれば、最高の作品を創れるのではないと。
俺は気づけば、手を差し伸べていた。そして——言葉を紡いでいた。
「――俺と一緒に、サークルを結成しないか? pale……あなたの音楽があれば、最高の作品が出来ると思うんだ。一緒に、作品を創ってほしい」
空き教室で、女子と二人きり。まるで告白のようだ。
だけどこれは単なる勧誘で、単なるワガママだ。それでも、俺はこのワガママを突き通したいと思っている。これを逃す手はない。最高の好機だ。
「え、やだ」
千載一遇の好機は「え、やだ」という一言によって一瞬で遠ざかった。
マジトーンでの拒否。そして精一杯の勧誘を断られた――その二つのどうしようもない事実が、俺の心臓を滅多刺しにしていた。
「ど、どうして……」
「だって、サークルとか……まだ、よく分かんないから」
「そ、そこは俺が色々教えるから! 一緒に何かやって――」
「だから、嫌だって。あんましつこいと、嫌われるよ?」
「うぐっ……」
どうしても空峯は俺と組むのは嫌らしい。よく分かんないからって、そこまで拒絶する事あるか? だってお前、俺の作品のファンだろ。そして俺は、お前の曲のファンな訳だろ。それでどうして、断るんだよ……‼
と、言ってやりたい所だが、空峯の冷たい眼が俺の舌を凍らせる。
これ以上とやかく言えば、俺の事を嫌いになってしまうかも知れない。昔からのファンに嫌われるような真似は、したくない。
「分かった。そういう事なら諦めるよ。……じゃあな」
俺は空き教室を後にする。
おかしいな。会いたかったはずのpaleとsoraに会えたのに、心がモヤつく。
——いや、こんな事はよくある話だ。作家に直接会ってみたら思っていたような人じゃないなんてのは、あるあるだ。所詮は、自分が勝手に描いた理想像に過ぎないんだ。それと違うと訴えても、相手側は知った事ではない。
勝手な期待を背負わせるのは、最低な行為だ。
——それでも、俺は悔しかった。
paleと、空峯と一緒に作品を創ってみたいという願望が、消え去ったのだ。
「……ただいま」
失意のまま、俺は玄関の扉を開ける。
家に親はいない。父さんも母さんも共働きだから、帰りは夜になる視線を落とすと、雑に履き捨てられたローファーがあった。凪は既に家にいるらしい。
階段を上がり、自室に向かう。その時、ガチャリと扉が開く。
「お兄、帰ってたんだ」
「ああ……うん」
「どしたの? 好きな人にでもフラれた?」
笑い混じりに問いかける凪に、俺は頷きで答えた。
「……え、マジ? 嘘でしょ、お兄。三次元の女に興味あったの?」
深刻そうに凪が詰め寄ってくる。だけど、今の俺に妹に構っている余裕はない。
自室の扉を開け、俺は部屋に籠る。
『ねえー、お兄ー。お兄ってばー』
凪がしつこく扉を叩いてくる。鬱陶しいな、もう。
俺は椅子に座って、パソコンを起動する。そして、イヤホンを装着する。
流すのは勿論、paleの曲だ。
曲名は「Laughter」——空峯が空き教室で弾いてた曲だ。
この曲の題名……意味は「嗤う者」。俺は自作品と場面を照らし合わせる。浮かび上がるのは、主人公の妹を殺した最強の魔術師・ファルスとの戦闘シーンであった。
復讐に燃える主人公・アベルを滑稽だと嘲笑うファルスの姿が、目に浮かぶ。
「……くそ、いい曲過ぎだろ」
俺はただ、天井を眺めながらpaleの曲を聞き流す事しか出来なかった。
毎日投稿をモットーとしている
ベッドに入り、俺は闇に覆われた天井を見つめる。
不思議と、眠気が襲ってくる。珍しい話だ。ここ最近昼夜逆転していたのに、今日は妙に眠く感じる。
「……はーあ、明日どうすっかなぁ」
そんな憂鬱を抱きながら、俺は眠りについた。
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