第3話 小説家と音楽家の出会い
ギリギリ、始業の五分前に俺は教室に到着する。
窓際の一番後ろの席が、俺の席だ。主人公の座席だ、くじ引きで当てた時ははしゃいだものだ。
「お、今日も重役出勤だねぇ、彼方」
「まだ五分猶予がある。重役じゃねぇよ、
桜色の長髪と若葉色の瞳を持った少女が、俺の席の前にいた。
俺は鞄を横に掛け、机に突っ伏す。実質オールで小説を書いていたんだ、当然眠たくもなる。おかしな話だ。家では全然眠くなかったのに、学校に来ると途端に眠くなる。ある種の呪いだ、最早。
「まーた徹夜で小説書いてたのぉ? えらく眠そうじゃん」
「夜の方が捗るんだよ。……あー、コウモリに生まれたかったな」
「ちゃんと寝ないとダメだよぉ? クリエイターは身体が資本なんだからさ」
「心配すんな。学校できちんと寝るからさ」
「もう……朝に眠ったら意味ないでしょ?」
こいつの名前は
小学校高学年の頃からの付き合いで、中学高校と同じクラスという偶然で仲良くしている。俺が家族以外で唯一会話している、女子だ。
「ほら、手出してみて?」
俺は言われるがままに燈に手を差し出す。彼女は俺の手を揉みだす。すごく気持ちいい。酷使された指が癒されていくのが分かる。
「うおぉ……お前、マッサージ師になれよ。すげぇよ、マジで」
「えぇ~、ただ適当に押してるだけだよぉ。それに――」
「それに、何だよ?」
「……資格の勉強って、大変そうじゃん?」
「ったく、お前見た目は優秀そうなのに、勉強したがらないよな、ほんと」
こいつはいつもそうだ。
定期テストはあまり勉強せず、それで何個か赤点を取っていた。夏休みの宿題も、いつも最終日近くで取りかかっていた。こんな如何にも優等生な雰囲気のくせに、中身は平均的なバカなんだ。
——まぁ、燈の場合は勉強が出来なくてもいいんだけどさ。
ガラガラ。担任の江藤先生が入ってくる。
燈は俺の手を離して、前を向く。ヤバい、マッサージのせいでより眠気が増してきやがった。立ち上がりたくねぇ……。
「起立、礼」
委員長の声で、俺はだるそうに立ち上がり一礼する。そして着席し、眠りにつく。
俺の高校生活の半分は、睡眠で出来ていた。
——昼休み。俺はスマホで「ベルナーズ」のマイページを見ていた。
「お、もう150PVになってる。コメントも……いい感じだな」
この時間が一番楽しいし、気持ちいい。やっぱり、誰に見てもらえて誰かに感想を言ってもらえるって、最高だ。俺はきっと、この為に小説を書いているんだと思う。好きなものを書いて、好きと言ってもらえる事こそ最高の幸せというものだ。
何個か届いた応援コメントを流し見していると、一個のコメントが目に留まる。
——「今回もすごく面白かったです! アベルがとにかくカッコよくて、最高でした! 次も楽しみに待っています!」——〈sora〉
この「sora」という人は、一話から「ブラッド・マギクス・ガーデン」を見てくれている古参ファンだ。投稿する度、何かしらのコメントを残してくれる。最早、この人のコメントの為に執筆を続けていると言っても過言ではなかった。
この人は「ブラッド・マギクス・ガーデン」のみならず、他の俺の作品も読んでくれている。もし会う機会があれば、是非とも話してみたい。
「よし……今日も頑張るぞ!」
——気づけば、放課後になっていた。
授業はほとんど寝て過ごしていた。眠りから覚め、いざ帰ろうと支度をすると――
ピコン。通知音がする。スマホを開くと、LINEのグループチャットから一通のメッセージが来ていた。
グループ名は――「文芸部」だ。
『今日の放課後、新しい本の運搬をするので、部室に来てください』
うげ、体力仕事かよ。めんどくさいな。
俺は何も見なかった事にして、画面を閉じる。鞄を持って立ち上がろうとする。
ピコン。再び通知音がする。
『青海くん、バックレないように』
「何で名指しなんだよ。だったら他の部員…………あ」
思い出す。そしてグループ名の横の数字を見る。――文芸部(2)。
そう言えば文芸部、俺と部長しかいなかった。くそ、何でこんな過疎ってるんだよ文芸部。つか、グループにする必要あるか? 二人しかいないなら、直接俺に連絡すればいいんじゃないのか?
「……はぁ、行くしかねえか」
サボったら次の日、何をされるか分かったもんじゃない。
「彼方、一緒に帰ろぉ?」
日直の仕事を終えた燈が、声をかけてくる。正直、俺も今すぐ帰りたいが――
「ごめん、部活の召集かかったから今日はパス」
「あらら……時間かかりそぉ?」
「どうだろうなぁ……」
「別に私、待っててもいいよぉ?」
「流石に悪いって」
「……そう? じゃあ、今日は帰るね」
燈は少し残念そうに俯いて、それから歩き出す。
扉の前で立ち止まり、彼女は微笑みながら手を振る。
「また明日ね~」
「おう」
帰る燈を見送って、俺は部室へと向かう。
部活の用事は、三十分程度で済んだ。だが、段ボールをいくつも運んだせいで疲労感が溜まっていた。ふらふらと歩きながら、溜息を吐く。
「くそ……運動不足がここで祟ったか……腰がいてぇ」
俺は腰の痛さに唸っていた。
——そこで、俺は聴いたのだ。
「神様……マジで、マージで‼ ありがとう、ございます……っ‼」
そして、今に至る。
俺はもうただ、感激していた。こうして、pale本人と対面出来た事に。
「や、やめてよそんな大袈裟な……っ!」
「大袈裟なもんか! 俺はいつもいつも、paleの曲を聴いて執筆してんだから!」
「執筆……? あんた、作家か何かなの?」
「い、一応な。書籍化はしてないけど……それなりに歴は長い」
自分からカミングアウトするのは、少し恥ずかしいな。しかも話して数分の女子にこんな話をするのは、緊張する。でも、相手はpale――音楽家だ。同じ創作活動をしているのだから、隠す必要はないだろう。
「ふーん……なんて名前なの?」
「…………剣城、黒都」
——じゃらーん。
俺が筆名を言った瞬間、空峯のギターが鳴った。脱力しているかのように、抜けた音が空き教室に響く。彼女の表情は、茫然自失という言葉が相応しいものだった。
ぽかりと口を開け、目を見開いていた。
「え……ご、ごめん……もう一回、言って?」
「だから剣城黒都だって。中二病臭い名前だから、あんまり言いたくな――」
「う、うそ……っ。え、冗談じゃないよね? マジで、言ってるんだよね?」
「な、何だよ」
空峯は僅かに頬を赤らめ、たじろぐ。何だこいつ、急に挙動不審になって。
――いや、待てよ? いやいや、そんな偶然があるのか?
流石にそんなバカな話あるか?
彼女はやがて、ぼそりと口にする。
「…………読んでるよ。『ブラッド・マギクス・ガーデン』」
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