第2話 小説投稿者・剣城黒都

 俺・青海彼方あおみかなたは、物書きである。


 無論、プロの作家などでは断じてない。いわゆる作家志望、という奴だ。

 現在は「ベルナーズ」という小説投稿サイトでいくつかの作品を投稿している。

 筆名ペンネームはそう――剣城黒都つるぎくろと。中学二年の頃から使っているこの名前、多少の恥ずかしさはあるものの、別に嫌いな訳ではない。もう四年もこの名前で活動しているのだ、羞恥心なんてあってないようなものだ。


 今は主に「ブラッド・マギクス・ガーデン」という作品を連載している。

 内容としてはダークな雰囲気の学園バトルファンタジー。魔術やら悪魔やらが色々登場する、中二病全開の作品だ。

 中三の頃から投稿し始めた「ブラッド・マギクス・ガーデン」は現在、519話まで連載している。自分でもここまで続くとは思っていなかった。


 そして今、520話の執筆を――


「さぁ教えてやる……これが、絶望の味だああああぁぁぁぁぁぁぁ――ッ‼‼」


 カタカタカタカタ‼

 凄まじい速度でノートPCのキーボードを叩く。きっと今の俺の顔は、不審者や下手したら殺人鬼だと勘違いされるような必死な表情をしているだろう。

 

「は、速過ぎる……‼ あんな全方位攻撃を喰らえば、アベルも流石に――」


 このセリフは無論、俺の口から出ているものだ。部屋の中で、感情を全て乗せた言葉を叫んでいる。時刻は現在午前四時――まだ父さんも母さんも眠っている時間だ。

 そんな中でどうして叫んでいられるのかと言えば、俺の部屋の全面には防音材が貼られているからだった。本来は白い壁紙の部屋だが、この部屋の壁面そして天井は灰色のスポンジのような材質である。


「アベル……アベルうううううぅぅぅぅ――っ‼」


 甲高い、女の子っぽい声で叫ぶ。ヒロインの悲鳴である。だが、他の人が聞けばきっと聞くに堪えないものだろう。俺もそれは自覚している。

 でも、抑えられない。これはもう、一種の職業病のようなものだと諦めている。


「ハッ、これが絶望の味……? 甘ったるいな」


「なに⁉」


「俺の味わった絶望は、こんなものじゃない。……今度は、俺が教える番だな」


「な、なんだ……あの禍々しい剣は⁉」


「あ、あれは……私を助けてくれた時と同じ――」


 ここまで独りで叫んでいる。傍から見ればきっと狂人だ。

 でも構わない。ここからが――いい所なんだ!


「壊し尽くせ――アルスノートッ‼」


 高らかに叫ぶ。最早、キーボードから手を離してしまう。俺は立ち上がって、剣を振るう仕草をする。気持ちが昂った所で椅子に座り、再び執筆する。


「そ、そんな……⁉ ジェイドの攻撃を一瞬で……消した⁉」


「いいや……あれは喰っているんだ。魔剣が、ジェイドの魔術を捕食しているんだ」


「終わりだ、ジェイド。これが――お前の絶望の味だッ‼」


「そんな……あり得ない……あり、得ないんだあああああああぁぁぁぁぁッ⁉‼」


 カラオケで歌うよりもずっと喉を酷使していると思う。

 見せ場を書き終え、後は話を締めるだけとなる。自然と暴走していた手がゆっくりとなっていた。カタ、カタと静かに響くタイピング音。増えていく文字。

 そして俺は、終止符を打つ。


「ふぅ……よっし、いい感じになったな」


 やっぱり戦闘シーンは書いてて楽しい。

 俺は耳に着けたイヤホンを取って、立ち上がる。伸びをして、再び座る。

 机に置かれた、ノートPC。その奥には、ゲーム専用のデスクトップPC。イヤホンの線は、スピーカーから繋がっていた。デスクトップPCで音楽を再生していた。


 画面に映るのは――paleの「Avell」という曲であった。

 エレキギターとヴァイオリンとピアノが主旋律となっている、疾走感のあるBGMだ。戦闘シーンを書くのに打ってつけな、最高の曲だ。

 しかも偶然にも、俺の作品の主人公と同じ曲名をしているのだ。そこが更に執筆のモチベーション向上に関わっている。


「やっぱり最高の小説は、最高の音楽から生まれるものなのかもしれない」


 俺はそんな独り言を呟きながら、投稿ボタンをクリックする。

 これで投稿完了だ。あとはどれくらい閲覧数やいいねが伸びるか、だな。


「飯食うか」


 ああも叫んだらエネルギーを消費するもので。俺は自室の扉を開ける。

 廊下に出ると、トイレを流す音が聞こえてくる。俺の部屋は二階にあって、二階の奥にはトイレがある。俺はそこに視線を向ける。


 ガチャリ、と扉が開く。そこから出てきたのは、パジャマ姿の妹であった。


「おお、なぎ。珍しく早起きだな」


「いや、流石にあんな叫び声聞いたら普通に目覚めるに決まってんじゃん」


「嘘だろ? 俺の部屋、防音材貼ってるんだぞ?」


「そりゃあ、前よりはマシになったよ。けどさ、それでも多少音漏れしてるの! 別にお兄がどんな小説書こうがどうでもいいけどさ、せめて叫ぶのはやめてよ!」


 確かに、流石にあんな大声出してたら近所迷惑にもなる。防音設備でもなお抑えられない、俺の声って結構ヤバいんだな……。


「……分かったよ。善処はする」


「そうして。……わたしもう一回寝るから、騒がないでよ?」


「大丈夫。今日の分は投稿し終えたから」


「あっそ。じゃあ、おやすみ。……アベルぅぅぅ」


 からかうように、凪は口にする。しかも、少しオクターブ高めな声で。


「てめっ……!」


 何かやり返してやろうと思ったが、凪は逃げるように自室に戻る。

 今の時刻は午前四時半――流石に騒いだら母さんに怒られるからな。俺は兄らしく寛容な気持ちでキッチンへと向かう。


 適当な冷凍食品をレンチンして、食べる。それから今期のアニメを二本程度見て、シャワーを浴びる。その頃には時刻は七時を回っていた。


 制服に着替え、鞄に教科書とノートPCを詰め込んで玄関に向かう。

 そこには既に、セーラー服姿の凪がいた。


 母親譲りの僅かに赤みがかった黒いサイドテールと俺と同じような真っ黒な瞳。

 平均的な女子中学生の身長で、胸はまぁ……発展途上だ。まぁ、当然だ。


「あ、アベル」


「捻り潰すぞ。……いいか? 妹よ。そうやって他人の気にしている事をネチネチと小馬鹿にする奴はモテないぞ?」


「彼女もいないようなお兄が言っても、説得力ないよ」


「一般論だ。そこに俺の恋愛経験は関係ない!」


「ふっ、図星」


「この野郎……!」


 俺が拳を握り締めると、凪はそそくさと靴を履き替えて家から飛び出す。

 昔はもう少し可愛げがあったのに……今となっては単なる生意気な奴に変わってしまった。一体、何が凪を変えたのやら。


 俺はふとスマホで時間を確認する。七時半――マズい!


「いってきますっ!」


 急いで家を出る。電車、間に合うといいんだけどな……‼

 俺は走りながらワイヤレスイヤホンを取り出し、両耳に装着する。そして、音楽を流す。


 俺の大好きなpaleの曲を流しながら、通学路を駆け抜ける。

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