不死の鳥と人
星野 ラベンダー
死なないふたりの暮らし
外で荷物を纏めていると、ふいにセイタの周りにだけ影が落ちた。晴れているにもかかわらず、だ。
「セイタ! 今日はどこへ行く?!」
顔を上げると、まず目に飛び込んできたのは、真っ青な炎だった。炎の正体は、全身が空よりも鋭い青色の炎に包まれた巨鳥だ。ただ長いクチバシと、足と、大きな丸い目は、空と同じ色をしており、炎にも包まれていない。
セイタは簡易リュックを背負い、スニーカーの靴紐を結び直した。どちらももとは鮮やかな緑色をしていたのだが、五十年ほど使い込んでいるせいですっかり色褪せている。だが気に入っているので、壊れそうになる度に修繕を繰り返している。
「今日は西のほうに行ってみる予定だよ。フーがこの前見たっていうシカっぽい生き物の群れが気になるんだ」
「よしわかった! 行こう! さあ僕に乗って!」
「火傷するっての!!」
出かけるときにほぼ毎回交わすやり取りを交わした後、セイタは歩き出した。巨鳥も少し上空を飛びながら、並んで着いてくる。
ひび割れ、隆起し、隙間から草木が生い茂るアスファルト道路。いつ崩れるとも知れぬほど風化し、崩れたところから植物に浸食されているビル群。一人と一匹が進むのは、街とも言えなくなった街の中だ。
ある日地球の文明は崩壊した。生き残った地球人のセイタは、地球がこうなった原因である青い炎に包まれた巨鳥と共に、日々を過ごしている。
二百年以上前、ある日何の前触れもなしに空から隕石が降ってきた。当然地球の文明は崩壊し、多くの人間が亡くなった。だが生き残った人もわずかながらいた。生き残った人類は、隕石の正体が、真っ青な炎に包まれた巨大な鳥であることを突き止めた。
炎の鳥。不死鳥、フェニックスと言われる伝説の生き物と、それはそっくりだった。小惑星にぶつかってしまい、予期せぬ形で地球に墜落してしまったその不死鳥は、気絶から目を覚ましたとき、周りを人間に囲まれていたので大層驚いた。
青い炎の不死鳥は人語を理解し、人語を喋る能力を持っていた。人間達から、故意ではないにせよ自分のしたことを教えられると、とても困惑し、申し訳ないことをしたと何度も謝った。青い炎の不死鳥は地球の人間に合う倫理観と道徳観を持ち合わせていた。
人間達は不死鳥に、不死の能力があるのではないか、もしあるのだったら分け与えてほしいと頼んだ。もし能力がない、あるいは分け与えられないと言ったら、不死鳥は滅亡の全ての原因として、人間達に迫害されていただろう。
だが不死鳥にはその姿のとおり、不死の能力を持っていたし、その力を人に分け与えることができた。方法は、燃え盛る羽を一枚飲み込むだけ。負い目を感じていた不死鳥は、乞われるままに、生き残った人間達全てに不死の能力を与えた。
青い炎の不死鳥は不死だけでなく、不老の能力も持っていた。ほとんど滅んでしまった人類は、このタイミングで、不老不死になるという人類共通の願いを叶えたのだ。
不老不死になった人類は、これでどんなに時間がかかったとしても文明を再建できると浮き立った。実際に老いず、死なない体を持った人類は、順調に人口を増やしていき、一歩ずつ力を合わせて文明を再建していった。増えていく人間にも、不死鳥は平等に不死の能力を与えた。不死鳥は誰にもえこひいきをしていなかった。
だが、人智を越えた存在がすぐ近くにいるせいか。人口が少しばかり増えてしまったせいか。人間達は、不死鳥を自分達で独占したいとして、争い始めた。
基本的に何をしても死なない体を持っている者達同士の争いは、それはそれはひどいものだった。文明が崩壊した直後よりも、ずっと凄惨な地獄絵図が広がる事態となった。
争いは何年も何十年も続き、やがて決着がつくよりも先に、人間側が疲弊し始めた。もう疲れた。死にたい。消えたい。終わりにしたい。多くの人間達が不死鳥のもとに押し寄せた。
不死鳥は、能力を回収できる力を持っていた。不老不死の能力を失った人間達は、ばたばたと、自分自身の手によって、死んでいった。不死鳥を巡る争いは終わった。争いを続けられるほどの人間がいなくなったからだ。
数が減れば、人は孤独に耐えられなくなる。まだ生き残っていた人間はごくわずかにいたが、その残りの人間達も死を望んだ。不死鳥は、かつて不老不死の力を与えた全ての人間から、自分の力を回収した。そうして人間はいなくなった。
全人類から回収したと思ったはずだった。ところが不死鳥の前に、一人の人間が現れた。全体的に目立たなそうな顔立ちと雰囲気のある、若い男性だった。18歳の青年、セイタは、不死鳥に「なんで逃げなかったんだ?」と聞いた。
「争いが勃発した時点で、逃げていれば良かったのに」
「僕は……この星の文明を滅ぼして、多くの命を奪ってしまったから。逃げるなんて無責任なこと、してはいけないと思ったんだ」
「でもお前が逃げていれば、争いは収まって、人類は二度目の滅びを迎えなかったかもしれない」
「い、言わないでよ! そうだったんじゃないのかなって、こっちが気にしていることを! 大体君はなんだい?! 君も死にたいから、最期に嫌みを言いに来たのかい?!」
「違う。逆。全然、生きるつもり」
「えっ……?」
セイタという青年は、生まれた頃から、やたら影が薄いことが特徴だった。まるで煙に巻かれているみたいに、地味で目立たない。特筆すべき能力もなく、全てが平均的。一応モールス信号を全部覚えているという特技はあるが、それが実になったことはない。
性格も大人しく、自己主張が苦手。そのため、のけ者にされることはなかったが、誰からも興味を持たれない。一つ年下の弟は明るく元気でなんでもできたため、両親の関心すら向けられたことがなかった。
だがその影の薄さのせいか、家族は全員隕石衝突で亡くなったのになぜか一人だけ生き残ったし、不死鳥を巡る争いにも一切巻き込まれずにすんだ。巻き込まれないようにするため、どの勢力にもコミュニティにも属さず、一人こっそり暮らしてきたという事情もあるものの。
「もちろん俺一人だけなら生きていくつもりなんてなかったけど、お前がいるからな。というわけで不死鳥、俺の生活を手伝ってくれ。責任を取って、逃げたりせず、な」
「いや、というわけでって何?!」
その日からセイタと、フーという愛称が与えられた不死鳥との暮らしが始まった。街と呼べなくなった町外れの川から少し離れたところに、丸太を組み合わせて作った家を拠点にして、生活を始めた。大体百年前のことだ。
「これでよし!」
空が橙色に染まる頃、セイタは今日狩ったばかりのシカ肉を捌き終えた。もう二百年近く文明が崩壊した地球で生きているのだから、サバイバル技術などお手の物だ。それに失敗しても死なないから、いくらでもやり直せる。
「よいしょっと」
セイタは捌いたばかりのシカ肉を、座っているフーのそばに置いた。
「これだけで勝手に火が通るって楽だなあ」
「全く、セイタくらいだよ。僕の体をオーブン代わりに使うような人間なんて」
「不満ならそこの焚き火で焼くけど?」
「焚き火程度で美味しく焼けるわけないだろ! 僕の火で絶品の焼き肉を作ってあげるから少々待つように!」
フーが声を荒らげると、体の炎が一層大きくなった。フーは自分の体の火に謎のプライドを持っている。「そう? じゃあよろしく」とセイタは焚き火のそばの丸太に腰掛けた。フーがいい感じに怒ってくれたので、すぐ火が通りそうだ。
食材に火を通すのはフーの役目だ。他にも、闇夜を灯す大きな光源にもなるし、体が大きいから狩りのときに獲物を追い込むのが得意だし(狩りそのものは苦手だが)、色々なものを食べてエネルギー源にできるので、新種の動物や植物を先に食べてもらって毒味をしてもらうこともできる。
口から炎も吐けるから肉食動物に襲われても簡単に追い払えるし、体が火に包まれている鳥とはこんなにできることがあるのか、とセイタは思う。
「あ、いやでも、本来は不死鳥なんだよな……」
ここで思い出したフーの最大の特徴を、ふと呟く。一緒に暮らしていると、フーが不老不死の力を持った特別な鳥ということを、つい忘れそうになる。
「セイター! どうだい、結構焼けてきたよ!」
「お、どれどれ……!」
フーに呼ばれ、セイタは肉の焼き具合を確認した。
「うーん、もう少しってところだな、念の為」
「わかった!」
「なんか悪いな、いつもオーブン代わりにしてしまって」
「えっ、急にどうしたんだい?」
「いやなんとなく」
「僕はセイタにこき使われるの、結構嬉しいんだよ」
「こ、こき使われるって……」
「ははは! いやだって、僕は不老不死の力を持っていることだけが、僕の価値だったから。それ以外に価値を見いだす人がいるなんて、思いもしてなかったんだよ」
「……そっか」
一ヶ月前にも、一年前にも、十年前にも、同じような話をした気がする。同じような話題が出る度に、フーは穏やかに瞳を煌めかせ、噛みしめるような声でそう言う。だから本当に、幸せなのだと思う。
肉はもう少しフーに任せるとして、セイタは食事の調理を始めた。
フーはなんでも食べられるが、味の好みはむしろしっかりしていて、好き嫌いがちゃんとある。今日の肉もある程度焼いたら食べやすい大きさに切って特製のタレを使って野菜と一緒に炒める予定だが、フーの皿には、ニンジンがなるべく入らないようにしてやろうと考える。ニンジンは今日収獲したばかりなのだが、フーはこの野菜を一番嫌っていた。
焚き火近くの調理所で料理を始めた矢先、うっかり箸を落としてしまった。あちゃーとぼやきながら、急いで近くの川で洗っていたとき、もう一つ、汚れたものを持っていることに気づいた。
セイタは上着のポケットから、星形のキーホルダーを取り出した。細かい星形の砂が、中にたくさん入っている。透明なキーホルダーは、泥に塗れてしまっていた。今日狩りの途中、うっかり足を滑らせて崖から落ちたのだ。そのときいつも持ち歩いているキーホルダーも落ちてしまい、泥に嵌まってしまった。
ちなみに崖から落ちた後だが、死なないし傷も治るのでなんとかなったものの、体はしばらくあちこち痛かったため、拠点に戻るのが遅れ、食事もこんな時間になってしまった。
キーホルダーを川の水ですすいでいると、「あれっ、なんだいそれ!」とフーがそばにやって来て覗き込んできた。
「フー、肉は?」
「一旦皿の上に載っけてある。お腹が空いたから催促しに来た! で、それはなんだい?! セイタのセンスにしては随分素敵なものだね!」
「一言余計だなあ……。言ったことなかったっけ?」
「何年か前にあったかもしれないけど、忘れた!」
「じゃもう一度言うか。これは五歳のとき、初めてできた友達から貰った誕生日プレゼントなんだよ」
もう何百年も経っているのにまだ名前を覚えているし、顔もうっすらとだが記憶にある。プレゼントを貰ったときのこともしっかり覚えている。それくらい嬉しかったからだ。
「月の砂が入っている凄いレアなものなんだって言って、くれたんだ。まあ冷静に考えたらこれが月の砂なわけないんだけど、当時の俺は完全に信じた。そんな凄いものをどうしてくれるのって聞いたら、相手は、だってセイタは俺の親友だから、って答えてくれたんだ」
「おおー、嬉しいね!」
「まあその一ヶ月後、相手には別の親友ができていて、俺と遊ぶことすら二度となくなったわけだけどな……。結局その子と友達だった期間、三ヶ月とかそれくらいだったっけ……」
「え……」
「でも嬉しかったんだよな。あれが俺の人生において最初で最後の、“誰かにとっての一番”になったときだったから」
地味で目立たないセイタは、どの分野でも一番を取ることができなかった。それは人の関心においても同じで、誰にとっての“一番”になったことがなかった。
だからこのキーホルダーを貰ったとき、少なくともその瞬間は、セイタは相手にとって、“一番の友達”だと思われたわけだ。その証しであるキーホルダーを、セイタはずっと大切に持っている。
「ってことで、これは俺の宝物なんだよ」
「ちょっともっとよく見せてくれないかい?!」
「いいよ、ほれ」
セイタはキーホルダーを持った手を高く上げた。フーは首を下げ、キーホルダーに目線を近づけた。わあ、と感心深げにキーホルダーを眺めている。
と、そのときだった。小さな羽虫が、どこからともなく飛んできた。羽虫はすぽ、と、フーのクチバシのすぐ上にある二つの穴、要するに鼻の穴に、迷いこんだ。
あ、と思ったときには遅かった。
「ハクション!!!!!!」
盛大なくしゃみと共に、フーは炎を吐き出した。手の先が炎に包まれた。
「セ……セイタ……?」
キーホルダーは、跡形もなく消えていた。ついでに髪の毛も少し焦げた。セイタはつかつかと、家の横にある食料庫に入ると、中から今日偶然狩れた獲物を引っ掴んで、外に出た。
「フー。今日はこれを食べろ」
「なっ……! そ、そんなのあんまりだよ!!!」
セイタが見せたのは、大形の鳥だった。セイタはフーの足下に鳥を投げると、「それが今日のフーのごはんな」と指さした。
「いやいやいやいやひどい! ひどすぎる! そりゃ、燃やしちゃったのは謝るけど、で、でもいくらなんでもこの仕打ちは残酷すぎるでしょう!!」
「ああ、肉だけじゃバランス悪いもんな。これもやる」
セイタはまだ調理していないニンジンを何本か投げてよこした。フーの体がわなわなと震えだした。
「ひっっっどいなあもう!!! いいじゃないかそんなオモチャの一つや二つ!!! どうせ三ヶ月だけの浅い付き合いだったくせにさあ!!!」
「お前もう金輪際俺に話しかけるんじゃねえぞデカブツファイヤーバード!!!」
こうして二人は喧嘩した。
一ヶ月、フーと話していない。今まで何億回と喧嘩したことはあるが、ここまで長引いているのは初めてだと断言できる。お互い意地を張ってしまって、なんとなく謝る機会を見失い続けた結果、こうなってしまった。
フーの力がないと、狩りをするのも料理をするのも一苦労だ。だがだからといって謝れば負けてしまった気がするので、謝れない。フーも、セイタがいないと料理一つできないので、毎日味気ない食事ばかり食べて不満が募っているはずだが、謝ってこない。向こうも、謝ったら負けだと思っているのだろう。
だが、意地を張り続けるのにも限界がある。一ヶ月近く誰とも話していない生活というのは、予想以上に堪えた。二週間前、たまたま家に住み着いた猫を話し相手にしていたが(ちなみにフーはその様子を見て「友達がいない人って寂しいねーーー」と大きな一人言を言っていた)、その猫も今朝いなくなっていた。
窓を開けると、かなり冷たくなった風が入り込んできた。そろそろ冬だ。冬になると、この家から離れて街にある、かつてドーム型球場だった場所に移動して、春になるまでそこを拠点に使う。そこなら広いので、フーと一緒に過ごせるからだ。近づきすぎると火傷を負うが、程々に近くにいるとフーはとても温かいので、冬場はとても有り難い存在なのだ。
その冬が、近づいてきている。このままでは今年は、フーがいないまま越冬しなくてはいけなくなる。
セイタはがりがり頭を掻くと、「あーもう!」と勢いに任せて外に出た。
喧嘩して以降、フーはセイタの家のそばではなく、川の対岸の、かつて月極め駐車場があったところで生活するようになった。セイタは走って、そこへ向かった。
「フ、フー、いるか?」
ところが、茂みをかき分けて覗き込んだ先に、フーはいなかった。
「フー?」
食べ物でも探しに行っているのかと、心当たりのある場所を探す。よく行く池、森、原っぱ、立体駐車場、ビル、交差点、公園……。
しかし、どこを探しても、フーはいなかった。
「フー?! どこだ?!」
セイタは街を走り回りながら、フーを探した。あんなに大きな鳥なので、すぐ見つかるはずだと思っていたのも最初だけだった。ビルを駆け上って、屋上から見回しても、フーの青色はどこにも見えなかった。
「フー! フー!!」
名前を呼びながら走り回る。けれど、返してくれる存在はいない。虫も鳥も動物の鳴き声も、セイタには通じないし、向こうだってセイタの声がわからない。この星に、人間はセイタ一人きりだからだ。
もしかしたら、どこかに生き残っている人類がいるかもしれないし、いないかもしれない。だが確実に、セイタの周りには、誰もいない。
子供の頃からそうだった。周りに“人”はたくさんいたのに、誰かと過ごしている感覚がしなかった。いつだって自分は、ただそこにいるだけだった。
むしろ世界が滅んで、周りから“人”が消えた後のほうが、自分はただここにいるだけ、という感覚がなくなっていた。いつだってフーが隣にいたから、自分以外の人間はいなくなったのに、一人だと思わなかった。
だがこうしてフーがいなくなると、確かに自分は一人なのだと感じた。
気がつけばいつの間にか、太陽が沈んでいた。空が暗くなり、星が輝き出す頃、セイタはふらふらといつもの川原に戻ってきた。どさりと大の字になって、空を見上げる。疲れ果てていた。一度寝転がってしまうと、もう動けなくなった。
じっとしていると、段々と星の数が増えてくる。明るい星から暗い星まで、やがて数え切れないほどの星が見えてくる。空を埋め尽くす遠い光の数々を眺めていると、心臓が、押し潰されそうな苦しさを訴えた。
「フー……」
謝っておけば良かった。もし昨日謝っていれば、こんなことにはならずにすんだのに。
フーは突然地球にやって来た。なら、突然いなくなっても不思議ではないのだ。
セイタは一人では生きていけないが、フーは一人でも生きていける。セイタに見切りをつけて地球を後にするなんて、いつでもできることなのに。
セイタは心臓の辺りを握りしめた。
「ごめん……」
星に向かって言っても、もう遅い。フーは、いなくなってしまった。目を背けたい確信が、確かに芽生えてきているのを感じていた。
謝っておけば良かった。喧嘩したままお別れになってしまうのなら。喉の奥が狭まったようになり、視界がうっすらとぼやける。
そのときだった。すうっと、夜空を青白い光が横切った。
流れ星だった。だが、流れたと気づいた瞬間には、もう光の尾は消えていた。
「願う暇も与えてくれない、か……」
一瞬起こした体を、もう一度力なく倒す。ああ、と勝手に声が漏れる。その頭上を、また青白い光が横切った。
「……また?」
すぐに消える。かと思えばもう一度現れる。流星群だろうか、とセイタは立ち上がった。
だが、何かがおかしい。流れ星が流れている方角が、常に同じなのだ。また、流れ方も変だった。妙に長く光が流れたかと思えば、やたら短い光が現れ、それが繰り返されている。自然現象にしては、妙に規則的な動きだと感じた。長い流れ星も短い流れ星も、その光り方は常に一定で、同じ頻度で再生されている。
不自然な流星群を、目を凝らしてじっと見ているうちに、セイタの脳内が、ふいに明滅した。その光りかたに、記憶が呼び起こされる。
「モールス信号……?」
モールス信号だと仮定して、流れ星を見つめる。やたら規則的な流星を、慎重に観察する。
『ご』
『め』
『ん』
『ね』
流星は、そう言っていた。
セイタは、大きく目を見開いた。
「フーーー!!! 俺もごめんーーー!!!!!」
気がついたら、満天の空に向かって、声を張り上げていた。届いたはずはない。
だが、声が響き渡ったちょうどそのとき、空の彼方から、こちらに近づいてくる青色の炎を捉えた。まるで太陽のような光を纏って、巨大な流星のように、ぐんぐんこちらに近づいてきている炎。
それを見た瞬間、あっという間にセイタの全身が、解けていくような感覚を抱いた。
セイタの目の前に着地したフーに、セイタは駆け寄った。
「もう、このバカ! どこで何してたんだよお前!」
「ずっとセイタの様子を見てましたー! 僕を探して走り回る姿、凄く面白かったよ!」
「こいつ!」
顔を近づけてきたので、軽くクチバシを小突く。随分いい性格をしている不死鳥に怒ってやろうと思ったのに、口から出てきたのは笑い声だった。二人で笑い声を重ねながら、セイタは、目元に滲んだ涙をこっそり拭った。
「フー。ごめん。すぐ謝れなくて、ごめんな」
「僕こそごめん。意地を張っちゃって」
「でも本当は、先に謝るつもりだったんだぞ? なのにフーがいなくなってたから、焦ったよ」
「ふふん、ああいうごめんの伝え方もいいだろう?」
なぜあんなに意地を張れていたのかと思うほど、あっさりとごめんの言葉が出てきた。しかし、先に謝ってきたのはフーのほうだ。しばらく頭が上がらなくなってしまったなと、こっそり苦笑する。
そのときだ。ふとフーが、姿勢を正した。
「本当にごめん、セイタ。セイタの宝物を燃やしてしまって」
「いや、それはもういいんだよ」
本心だった。幼い頃の、相手にとってはすっかり忘れているであろう思い出を、後生大事に取っておいている自分はどうなのだろうと、日頃から密かに思っていた。むしろ、燃やされたおかげで断ち切れたと思った。“一番になれた思い出”よりももっと大事なものがあったのだから。
ところがフーは、ゆっくり首を振った。
「けど、セイタにとって大切なものだったことは、間違いないから。……でもね、僕、これでキーホルダーの代わりになるなんて思っていないけど」
フーは頭を下げ、なるべくセイタと視線を近づけ、目をしっかり見つめながら、言った。
「僕はセイタのこと、一番の相棒だと思っているよ!」
少しばかり、無言の時間が流れる。ぶはっと、セイタは大声で笑った。
「なんだよ、今更かしこまって!」
「ええ、失礼な!」
「あのな、俺はずっと前から同じこと思ってるからな?」
フーの体の炎が、一瞬小さくなる。そうなの、と、呆けた声で聞かれる。そういえば、今まで面と向かって言ったことはなかったかもしれない。そうだよと返すと、「……やったあ!!」と炎が大きくなり、一瞬辺りの闇夜が、美しい青色に照らされた。
フーがやって来る前の、人も物も溢れていた頃より、フーがやって来た後の、人も物もいない今のほうが、ずっと“生きている”と感じている。それは、フーがいつの間にか与えてくれたものなのだろう。
「フー、あんなにいっぱい動いたんだから、お腹空いたんじゃないか?」
「実はお腹と背中がくっつきそう! 最近セイタのごはんを食べていなかったから、もう毎日の食事が物足りなくて限界だったよ!」
「よし、じゃあ早速作るか! 手伝ってくれ!」
セイタは歩いて、フーは飛んで、最高の相棒同士は並んで、いつもの拠点に戻っていった。途中、セイタはふと思いついたことを、口に出した。
「フー、実は俺、いつかやってみたいことがあるんだ」
「何?」
「いつかさ、フーと宇宙に行ってみたい」
セイタは空を真っ直ぐ指さした。無限の星がふたりを見下ろす空を。
「ほら、宇宙のどこかにフーの故郷があるかもしれないだろう?」
「ああ、確かに……! ……いや、でも生まれたのがいつかもう覚えてないから、申し訳ないけどどこにあるかは僕でもわからなくて……」
「それでも、探していたら見つかるかもしれない。いつか行ってみたいなあって、ずっと思ってたんだよ。まあもちろん今日明日の話じゃないけど。どうだ?」
「うーん、故郷については一つも覚えてないからなんとも言えないけど……」
フーは勢いよく、体の炎を鮮やかに燃え上がらせた。
「けどセイタと旅ができるっていうなら、やってみたいよ僕!」
「じゃあ、いつか旅に出よう! 約束な!」
フーが片方の翼を差し伸べてきたので、セイタは片方の手をそこにかざした。手のひらが、ほんのり温かくなる。
死なないから、老いないから、なんでもできる。きっと宇宙にだって行ける。宇宙の旅だってできる。お互いがいるなら、なんでもできる。
星の輝く夜に、ふたりの笑い声がずっと響き渡っていた。
完
不死の鳥と人 星野 ラベンダー @starlitlavender
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