第8話 異世界転生VSこの世界待機

「みんな! 異世界転生するわよ!」


 教室の扉を開けるなりアリスは声を張りあげる。

 俺は自分の席からアリスに注目すると、彼女の目はキラキラとしているが、その下にはクマができていた。


「いきなりなんだよ。しかも異世界転生って」

「知らないの!? 遅れているわねテル! 今や、漫画やアニメでは胃もたれするくらいに流行しているジャンルの一つよ! 異世界転生は!」

「いや知っているけど、それがどうした」

「だーかーら! AB組のみんなで異世界転生するわよ! さあみんな死になさい!」


「はい全員集合、椅子をもってこっち集合」


 アリスは徹夜でおかしくなっている。これは全員で諭すほかない。

 俺はテンションがおかしいアリスの前に、クラスメイト三人を呼びよせた。

「あー、死んで異世界転生したいわー」

 依然として奇抜を抜かすアリスに思わずため息が漏れる。

「あのなー。死んだからって異世界に転生ができるわけがないだろ」

「なんで言い切れるのよ。あなた死んだことあるの?」

「いやないけど」

「だったらわからないじゃない。ためしにテル、死んでみなさい」

「俺の命、軽いなー……。仮に出来たとしてもだ、それを現世のおまえにどうやって伝えればいいんだよ」

「スマホでビデオ通話しなさいよ」

「異世界に基地局があると思ってんの?」

「ないの?」

「ないよ!」

「それならテルが基地局に転生すればいいじゃない!」


「俺、インフラに転生すんのか!? 『異世界転生したらレベル999の基地局でした。』とか嫌だよ!」


 本当にこいつは今、頭がヤバイ。


 それらを聞いていたエマがオドオドと言葉をもらす。

「あの、テルくんやアリスさんがどこかへ行っちゃうのは……嫌だな」

 そのうるうるとした瞳で見つめられた俺とアリスは、照れくさそうに視線を逸らした。

「そ、そうね! 異世界転生に行くという話は歳をとったときにしましょう!」

「そ、そうだな。うん」

 もともと行くつもりはないけどな。

 すると鬼ヶ島も話に入ってきた。

「……なぜ、異世界転生を?」

「よくぞ聞いてくれたわ鬼ヶ島。私は面白いことが好きだと前に話したじゃない? 科学も文明も発達して不自由のないこの現代社会の人間がなぜ異世界転生モノにハマるのか。私はそこに面白さを感じて自分なりに研究してみたの。そしてアニメを徹夜で観賞してわかったわ」

 不敵にニヤリと笑うアリス。


 あっ、これ。

 なんだか良くないゾーンに入るかも。


「いいところを見せただけですぐに惚れてくれるシンプルな思考の美少女ヒロイン! 現代社会でだれもが知っているような知識を披露するだけで賢者だの神だのと讃えられて承認欲求をすぐに満たしてくれる環境! 運よく手に入れたチート能力で最強になれる主人公補正! そのどれもこれもが、この現代社会では容易に得にくいもの! だけれど異世界転生すればそれらが簡単に手に入るのよ! それならみんな、異世界転生したいじゃない!」

 そりゃあくまでフィクションだからな。

 しかしアリスは止まらない。

「人間はね、古今東西、老若男女、楽をしたい生き物なの。だから異世界転生モノに現実逃避してハマってしまうのも無理はないわ。なにせ自分にない世界を楽に味わいたいから! そしてこの私も、そう……ラクしてチート級の魔法を使いたいッ!」

「それが異世界転生したかった理由かよ」

「そうよ!」

 まあ、俺も魔法とか使ってチヤホヤされたいのは確かだが……。


「なあアリス。魔法のある世界と、魔法以外はなんでもある世界、どっちが面白いと思う」

「……へ?」

 アリスは徹夜のせいか思考能力が低下しているようだ。


「もし死んで異世界転生できるとして、現世の環境は持っていけないんだぞ。むこうには魔法があるかもしれないが、こっちにあるのはゲームに漫画、動画、VR、カツ丼、ステーキ、カレー、ラーメン、寿司、東京タワー、東京スカイツリー、秋葉原、富士山、海外、映画、小説、ライトノベル、野球、サッカー、魚釣り、花火、夏祭り、温泉…………あげればきりがないほどワクワクするモノがあるが……で、異世界転生の先にあるのは、魔法。あとはチート能力と中世ヨーロッパの雰囲気と……あとほかになにがある? 俺なら迷うことなく現世を選ぶぞ。それでもアリスは異世界がいいのか?」


 そう言うとアリスはぼーっとなにかを考えてから、冷めたように語った。

「それもそうね。よく考えたら私って世界でも有数の財閥の令嬢だし、それでいて美人だし、面のいい男なんて金とコネですぐに集められて、誕生日には社長クラスがここぞとばかりに首を垂れに来て……身体面でも、成人男性に余裕で勝てるほどの特異体質だから、もはや現世で異世界チートしているようなもの。それでいて魔法もほしいなんていうのはあまりにも傲慢だったわ。ありがとうテル。おかげで気付けたわ。この私が、たかが異世界で収まるような器ではない人間だということに……ふぁ……、もう寝まふ……」


 そう言うとアリスは、教室のうしろにある布団にもぐり込んだ。芝鳥さん、いつのまに布団を敷いていたんだ。あと、なんかすっごい自慢された気がしてモヤモヤする。

そして残された四人。

「せっかくだ。異世界転生をしたいかどうかの議論でもするか。エマはどうだ?」

「ぼ、僕はこのままでいいかな。AB組のみんなといられるからね」

「えらい。可愛い。鬼ヶ島は」

「……興味ないな」

「なるほど。じゃ、最後は……」


 ……新茶か。こいつは異世界転生したがるだろう。それにしても、さっきから黙りこくっていたが珍しいな。あらためて新茶に聞き返す。


「新茶。おまえは異世界転生したいだろ?」

「……ずっと考えていたんだけどよー、父ちゃんや母ちゃん、兄ちゃん姉ちゃんを現世に置いてけぼりにして異世界転生しても、しあわせにはなれないと思うんだよなー。それによー、なんでもある現世でなにもできていないのに、異世界へ行ったからってすぐになんでもできるわけじゃないし、結局は、どこにいようとガンバルことが大事なんじゃないかなー。だからオレは『異世界転生』しないで『この世界待機』で、ガンバルぜ!」


 ……なんだか耳が痛い言葉だ。


「ふぁ、なんだかオレも、頭つかいすぎて眠くなっちまった……」

 そう言って新茶も教室のうしろで持参した寝袋を広げた。というか、なんでおまえも寝袋持ってきているんだよ。ここ山小屋じゃねえぞ。

「……俺も、寝る」

 鬼ヶ島も席に戻って居眠りをはじめる。

「今日はお昼寝の会だね。テルくん」

 山田中も「ふぁっ」とキュートなあくびをひとつして自分の席に伏せて眠る。

 今日は朝からいい天気だ。


「…………じゃあ、俺だって寝てやるぜ!」

 どこからともなく湧きあがる感情のままに廊下を出て、校舎の屋根に這いあがると、その瓦の上で大の字になった。太陽光でほどよく温められた瓦は心地よく、頬を撫でる風はとても気持ちがよい。もしこれをほかの学校でやったのならすぐさま保護者召喚ものだが、ここはAB組だ。なにか言われることもない。まさに異世界とも言える。


 なんだか少しだけAB組での過ごし方がわかったような気がした。

 あー、太陽光が気持ちいい……。

 隣にいる梶原も気持ちよさそうに浴びている。

「…………って、なんでおまえがここにいるんだよ!?」

「うおっ!? 木町!?」


 まさかこのクズと同じ思考だったとは…………異世界転生したくなってきた。

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