第1話 高校受験



『テスト終了まで、あと五分です』




 放送で告げられる制限時間。



 周囲からは鉛筆で書き殴る音が響くが、俺の手は完全に止まっていた。というか問題が難しすぎて解答用紙がほぼ真っ白。




 おいこれ、高校入試だぞ。

 



 今、まさに人生のターニングポイントに立っているというのに俺の鉛筆は未来を描くどころか『問2』以降の空欄すら書けていない。



 どうしてこうなった。なぜ解けない。どうかこれが全部夢オチであってくれ。



 刻々と過ぎゆく制限時間を目の前にあるテストに使うことなく、行き詰った原因の究明に費やしたことでようやく気付く。



 ――そういえば、全然勉強してなかった。



 たった今、脳裏では中学三年間の授業風景が走馬灯のように流れていくが、そのどれもが体育の授業ではしゃいでいる俺だった。


 ……あ、このシーンはソフトボールでホームランを打って駐車場の車のガラスを割ったときのだ。

 ひどく怒られたなー、懐かしい。




 ……いかんいかん、トリップした。

 


 そもそもこの高校入試自体が、無謀だったんだ。


 都内でもトップレベルの有名進学校である『私立聖堂学園』の入学試験。

 本来ならば俺の頭脳レベルで受験する高校じゃないが、家族で食卓を囲んでいるときに、ふと親父が言い放った


   「会社がヤバくなった……」


の一言で、俺は奨学金制度がすこぶる優れたこの進学校を受験しなければならないという責務を負った。でも親父のことは好きだ。




 無論、勝算はあった。


 マークシート方式なら。



 まさか最初の科目の一問目でご破算になるとは。

 この通り、数字付き鉛筆も机の上で虚しくコロコロするだけ。……『4』が出たな。


 死ねってことか?


 気付けば残り時間は数分もない。



 もうどうしようもないけれど、せめてこの入学試験、都内でもトップクラスの“聖学”を受けたという爪痕だけでも残しておきたい!



 すると――鉛筆を持つ手に自然と力が入った。



 少ない残り時間で、俺は目の前の真っ白な答案用紙に遠慮なく文字を書き殴った。






「はい。終了です。それでは答案用紙を裏にしてください」



 テストは終わった。

 試験官が答案用紙を回収していく。




 その後のテストも最後までやりきった。




 今ある全力で。




 夢から覚めた俺は荷物を片付け、試験会場をあとにした。



 その帰り道。


 コンビニでもらった無料求人誌を片手に、電車に揺られる。 

 時折、電車の窓に反射する呆けた自分の姿を見ながら、「あっ、終わった人生みっけ……」と自虐するしかなかった。



     ――――――



 後日。

 念のために合否発表を確認したけれど、やっぱり俺は『合格』だった。





「………………え、合格?」


 大丈夫か、この高校?

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