第34話 里野もけ

「…………」


 何も、なくなった。


 父さんの居ないこの家は、あまりにもがらんどうだ。


 色んなところから集めた、人間社会の義務教育教材も。


 わずかに残っていた、手紙として残したコメントも。


 何もかも。


「………」


 今日もまた、ただ起きて寝た。


 外からは、夕日が指している。


 ありとあらゆる事が、僕の中で崩れていた。


「学校……………行かなくちゃ……………」


 父さんから殴られた時に、必死に守り抜いた、壊されたパソコン。

 

 それすらも、あっという間に奪われた。


 一枚の布団で寝て。起きて。


 ご飯を最低限食べて水を飲む。


「…………」


 今日は、何月何日だっけ。スマホを開いて、日付を確認する。


 キィ………ぽしゅん。


 郵便ポストに、一枚の紙。


 この住所に、今更誰が何を?郵便物は全部、警察に押収されているはず………ん???


「うぉおおおおおおおおお!!!!!」


 こっ、このピンチに陥るとやかましくなる声は!?


 バレるのが嫌で、つい口を塞いでしまう。


「できんのかよ?もう明日文化祭だぞ!!??誰だよ町内全部の家に文化祭のポスター配るとか言い出したバカはよぉ!!」


 エミだ、間違いない。でも、どんどん声が遠ざかっていく。


「言い出したのはオマエだろエミぃいいい!!明日本番なんだぞ、バンドの練習だって課題だってあるんだぞぉおおお!!!紙の隅っこに"大々的"に書いたのにさぁ!」


 あれは、神室ジン。


「そうですよ!!貴方がそんなに音痴だとは思いませんでしたよ、リズ達得意なのに!!」


 そして。暁雷兎。


「……こうやって白み潰しにするしか方法は無いんだよ、アイツに会うには!!そもそもっ、あの榊原とか言うヤツなーんも教えてくんないしさぁ、だいたいまだこの街にある家の100分の一も回ってないし……………」


 遠ざかった大声が、完全に、聞こえなくなりそうになる。


 アイツに、会うには。


「……………」


 ポスターの右下にごくごく小さく、フリーステージでバンドやります!と表記されている。


 の割には、ボーカル円月エミ、ギター神室ジン、キーボード暁雷兎と、やけに具体的。


「この構成でドラムはエミ、とかじゃ無いんだ。フフ」


 何ヶ月かぶりに溢れた笑顔に自分でも驚く。


「……っ!!」


 思わず外に飛び出して、


「エミ!!!!!!」


 と。


 そう叫びそうになって、やめた。


 今の僕には、そんなことをする資格はない。


 ただ迷惑なだけだ。


「9月、15日」


 明日か。


 間に合っちゃったんだ、今日に。


「行く、しか、ない。か」


 震える声で、広告の端を握りしめる。やっぱり、外に─


「やぁ。里野もけ」


「………誰っ…………」


「失礼するぞ。キミの父親を担当した刑事2人の子供だ。まぁ名乗るほどのモンじゃないが」


「あっっ……!!!」


 刹那。


 取り上げられたポスターが、彼女の手の中で引き裂かれる。


「キミ、何をっ…………!!!」


 続けざま、その紙は地面に落とされ、踏みつけにされた。


「あっ…………え…………」


 困惑。あらゆる事象があまりにも一瞬過ぎて、怒りを覚える猶予すら無かった。だが。


 地面に横たわるそれを見て、腹の底から、とぐろを巻いて怒りが湧き上がる。


「………ちょっと!!急にあらわれて何をするんだ!!!それは僕のっ………」


 言い終わる前に、彼女は僕の手を掴んで抑え、破ったそれを拾い上げる。


「ここまでされても正体をあらわさんか。お前、相当覚悟が決まっているのだな」


 正体。


 まさか彼女、知っているのか。


 僕にまつわる色々を。


「…何者だ。名乗れ。僕にはその価値がる」


「へぇ。………いいよ。私は榊原アヤ。キミの父親を担当した刑事の子供だ」


「榊原……まさか」


「そう、そのまさかだ。キミの父親、里野十蔵は人間の警察だけでは手に負えないのでね」


「あの人は今どうなってる」


「ほう。実の父を『あの人』と呼ぶか。随分と薄情なんだな、オマエ」


「うるさいっ…答えろ、榊原!」


「まぁそう焦るな、殺しちゃいないよ。少々手荒な真似をして正体を暴かせてもらった後、特殊な牢獄にぶち込んだ。それだけ」


「……僕の正体を暴いてどうするつもりだ」


「そりゃあ。私はお前に興味があるんだ、里野もけ。『大切な友達』からのメッセージを破られて、なお耳も出やしない。本当に里野十蔵と血の繋がりがあるのか?もうお前の父親の正体は割れてんだ。さっさとなれ、元の姿に」


「………」


 ほぼ正体割れしている以上、断る理由もない。

 

 が、それは気に食わない。


「大丈夫だ。取って食ったりはしないから」


「これは僕にとって大切なものだ。謝罪してもらう」


「おや。すまない。確かに、感情の揺さぶりをかけるために急に押しかけ、ソレを破ったのは事実だ。良案だと思ったのだがな」


 ヤレヤレ、と首を振る榊原。堪えきれなくなった里野は、その首を掴む。


「なんだと!貴様、人の心は無いのかっ!!」


「どうどう、落ち着け里野もけ。私とて好きでこうしているわけじゃない。のそのそと事を進める彼らと違って、急ぎたいんだよ。それに人の心がないのはお前の方なんじゃないのか里野もけ」


「なんだとっ……」


「ここまで揺さぶりをかけられて耳一つ出ないなら、所詮、彼らのことを大切に思う気持ちなど、たかが知れていると言っているんだ。狸め」


「…!!!言わせておけばっ……」


 極めて感情的になりかけて、臨界点に到達した感情が、かえって泡になって消えていく。


「……………なんだ。言いたいことがあるならば言うがいい」


「無い。いや、正確に言うならばさっきまではあった。けどもう良い」


「ほう?」


 感情に任せて人の腕を握ってしまった己を恥じつつ、手を引く。


「………キミが何者かとか、今はどうでもいい。僕は文化祭に行く」


「何?」


「帰ってもらえないかな。1人にしてよ」


「そうは行かない。お前の正体を露見させるまで、私はここを立ち退かない」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エミともけ 芽福 @bloomingmebuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ