第4話 “伝説の奴隷”ルミナス




「こっちの奴隷は冒険者歴が長く、実戦経験も豊富で――」



 自慢げに商品のことを語る奴隷商人。

 その言葉が頭の中で意味をなさず、耳を通り過ぎていく。



 ――伝説の奴隷、ルミナス!?


 

 ショートカットな金色の髪。

 大きな翡翠ひすい色の瞳は、何も映していないかのようにうつろだった。

 桜色をした唇も、言葉など知らないと言わんばかりに引き結ばれている。


 華奢きゃしゃな体はまるで繊細なガラス細工のようで、触れれば壊れそうな儚さをまとっていた。 


 

 全く商品として期待されていない、すみっこの方に放置された彼女。 



「あっ、あっ……」 



 頭が混乱を来たし、言葉が上手くまとまらない。


 鼓動が早くなる。

 それだけに焦点を絞ったかのように、視界がきゅっと狭くなっていく。

 浮いてしまっているかのように、足元でフワフワとした浮遊感があった。



「お客さん? 聞いてますか、お客さん?」



 俺の異変を感じたのか、奴隷商人が不思議そうに気遣ってくれた。

 だがその声すらも、どこか別の世界の言葉のように聞こえてならない。

 

奴隷牧場スレイブファーム】では計5体、“伝説の奴隷”がいた。

“伝説の奴隷”とは、まあ要するに“超レアで強い奴隷”みたいなものである。

 優遇された自分だけの特殊スキルだって持ってた。


 そしてどの“伝説の奴隷”もおまけ・ご褒美的な要素として、ゲームクリア後に初めて入手可能となる仕様だったのである。


 ルミナスもその1体だ。


  

「あ、あの、女の子の奴隷は?」



 何とか声を絞り出して、ルミナスらしき奴隷について尋ねる。

 奴隷商は、それでようやくその存在を思い出したと言わんばかりに、大袈裟な反応を見せた。   



「あ~あれですか。いやね、知り合いに頼まれて最近仕入れたんです。でものろくて、記憶も無いようで。ありゃ正直ダメですよ」



 奴隷商の態度は、嘘を言っているようには全く見えず。

 本心から、奴隷の少女をうとましく思っているように感じた。 


 

 ――記憶喪失。それも、ルミナスと一致している!



 ルミナスは光属性が得意な天使族という設定だ。

 そしてルミナスは天界から誤って人界に落ちてしまい、その際に力や記憶を失ってしまっている。 

 育成すると、本来持っていた能力や記憶を取り戻し、改めて主人公に尽くしてくれるのだ。

 

 ちなみにルミナスと対になる伝説の奴隷、魔人族の“ノワール”も基本的には似たような設定となっている。

 闇属性の達人で、魔界から人界に追放された際に、能力を封印されているのだ。  


 そしてルミナスとノワールは一つのセーブデータで、どちらか一体しか得られない。

 選ばれなかった方は、ライバルであるエリンが仲間に迎え入れることになるのである。


 

「な、名前は? あの奴隷の女の子の名前は!?」



 確証を求めて、奴隷商に食いつくように尋ねる。

 商人の男は、俺がなぜそこまであの奴隷にこだわるのかと強く戸惑っていた。


 だが困惑しながらも、何とか質問に答えてくれる。



「え、えっと? 確か、“ルミナス”って言ったっけか? 何にも憶えてやがらないくせに、名前だけはしっかりと憶えてやがったんですよ」 



 その名を耳にした途端、背筋がゾクリとする。

 


 ――間違いない、あのルミナスだ。



◆ ◆ ◆ ◆



 ルミナスだとの確信を得て、思考が急速に回転していく。


 これがいつものゲームなら。

 ドワーフを売って得た45万ゴルーを使い、30万ゴルーで買えるモブ美少女奴隷を手に入れただろう。

 そして残り15万のうちの10万で、“牧場施設”の“良い芝生”を買うのが定番だった。

 

“良い芝生”は“調教コマンド”、つまりトレーニング時に、奴隷の体力消費を10%軽減してくれる。 

 序盤で、しかもお手頃な価格で購入することができるため、優秀な“牧場施設”なのだ。  



 だがこの序盤も序盤の段階でルミナスがいるとなると、話は変わってくる。



「そのルミナスという女の子、もちろん商品ですよね!?」


「え!? えーっと……ま、まあ、一応はそうなりますかな」

 


 奴隷商の言質を得た。 


奴隷牧場スレイブファーム】では、ゲームクリア後に発生する特定のイベントで選択肢が現れる。

 その選択肢で、実質“ルミナス”か“ノワール”を選ぶことになるのだ。

 そしてイベント終了後、どこかの町の奴隷市場・奴隷商館にランダムで選んだ方、つまり“ルミナス”か“ノワール”が入荷されている。


 

 ――でもあれは“イベントによって初めて、力を失った天使族・魔人族を見抜けるようになった”が正確な話の流れだったはず。



 つまりよくよく考えるとゲームクリア前、今であっても。

 ルミナスが奴隷市場で売られていることとは矛盾しないのか。 

 誰も彼女が“あのルミナス”だと見抜けないだけで。

  


「でも今日中に売れなかったら、他の知り合いの奴隷商に回すつもりだったんですよねぇ~」



 売れないと高を括っていた奴隷に、興味を示す客が現れたからか。

 奴隷商は、まるで俺の出方を窺うようにさりげなく告げる。


 ……そうだ。

 それもあったっけ。


 さらにルミナスらは一定期間が経過するまでに購入しないと、また他の町の奴隷市場や商館にランダムで売られてしまうのだ。



◆ ◆ ◆ ◆

 

 確かに今ルミナスを購入できなくとも、そもそも支障はない。 

 最初に想定していた育成理論に戻るだけだ。


 30万ゴルーでモブ美少女奴隷を買い、10万を使って“良い芝生”を導入すればいい。


 だが――



「…………」



 ルミナスの表情を盗み見る。

 自分の話題が出ているはずのに、全く何にも期待していないかのようなうつろな表情。

 

 記憶とは、個人の人格を形成するための重要な要素だ。

 それを欠いてしまっている彼女は自分が何者かすら曖昧な、とても不安定な状態なのだろう。

  

 さらに能力のほとんどさえも失ってしまっており、何かを成し遂げて自己肯定感を積み重ねていく術すら奪われているのだ。


 そんなボロボロの彼女の購入を見送るということは、他の町の奴隷商にたらいまわしにされることを意味する。

 それはつまり、ただでさえ弱っているルミナスへ“商品としての価値すらない”と追い打ちをかけることになるのだ。


 

 ゲーム画面越しに、イラストだけでしか見れなかった時は全くわからなかったこと。


 だが今、正に目の前で。


 彼女の状態を。

 間をへだてるものなくすぐ側で感じることができて、初めてわかることがあった。



 ――これは“買った方がいい”じゃない。“買わなければいけない”んだ。



「この“ルミナス”という奴隷買います、いくらですか!?」



“伝説の奴隷”たるルミナスが最初からいてくれれば心強いだとか。

 後でまた欲しくなって探すのは手間だから、今の方がいいとか。


 そういう打算的な理由ではなかった。

 自分の心を突き詰めると、もっと逼迫ひっぱくした、切実さみたいな焦燥感があった。

 

 今買わないと。

 すぐにでも寄り添ってあげないと。 

 そうしなければ、ルミナスは壊れてしまうのではないか。


 そんな取り戻しのつかなさを感じさせる、とても儚い雰囲気があったのだ。



「ほ、本当ですか!? えーっと、うんーっと、どうしようかな……」



 商人は言葉通り、本当に売れるとは思っていなかったという驚き様だった。

 その目には、急に金になる商談が舞い降りたことへの欲がチラチラと見え隠れしている。



「――じゃ、じゃあコイツ、見た目はそんな悪くない方ですし、40万ゴルー辺りでどうですか!?」   

      

 

 ふっかけたとまでは言えない。

 商人的には多分、“何が何でも欲しい”という俺の雰囲気を読んで、足元を見た額を提示しているんだろう。



 ――だが、40万ゴルーなら払える!



 いやむしろ、ゲームでの“ルミナスとノワール”が売られている時の値段そのままなので、想定内と言えた。

 これが、父親オールズの牧場で“人族・獣人族”を選んでいたらと考えるとゾッとする。

 たとえどれだけルミナスを欲したとしても、俺は買えなかっただろう。


 

「わっ!? えっと、1,2,3……――た、確かに! 40万ゴルーいただきました」


 

 多少は俺がゴネるとでも思っていたのか。

 商人は、驚きとともに喜びを隠しきれない表情で、金貨を数えていた。



「ではこちらの奴隷――“ルミナス”はただいまよりお客様の物です。お受け取りください」



 譲渡の手続きを終え。

 ルミナスが正式に、俺へと引き渡される。


 

 俺は期せずして“伝説の奴隷”ルミナスを手に入れたのだった。

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スレイブファームでハーレムライフ〜奴隷を集めて育てて戦わせるゲーム世界に転生したので、奴隷ハーレム作って最強に育てようと思います!〜 歩谷健介 @417246

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