二回目の現実への帰還。そして社員旅行
第27話:突然の帰還と肉体の変化
「それでいいのか、神様よおぉぉぉ!」
俺はオフィスのラウンジにいた。目の前には、昼食をとっていたテーブル。
呆然とした顔の田代と美咲の顔が目の前にあった。
手には軽く柔らかな感触があった。
——なんだろう? と思って、それを握っている親指の腹を少し動かしてみると、柔らかくてしっとりとした手触りを感じた。
見てみると、表面には細かな刺繍が施され、微かに魔法的な輝きを帯びている黒い布地でできた小ぶりな巾着袋。
——魔法の収納袋だ。これ
「……えええっ?」
美咲が目を丸くして、俺の手元を凝視している。
「ちょっ! ちょっと待ってください! 先輩、一瞬で……熊よけスプレーが謎の小袋に変わりましたよね!? 嘘でしょ!?」
田代もスプーンを持ったまま、口を開けて固まっている。
「お、おい藤倉。お前、今、一瞬だけ体がぶれたよな!? つーか、さっきまで手に持ってたのスプレー缶だったよな!? 今、何が起こったんだ!?」
ま、待て待て待て! 何が起こった!? 俺はさっきまで異世界にいて、それで用心棒風の男をぶっ飛ばして、そんでソイツの名前が”クマ”だったわけで……。
そうだった。”熊≒クマ”ってことで”熊をワンパンで倒す”って、帰還条件が達成されたんだった——神様がいるかどうかは知らんけど、これは酷い。
それはそれとして、セシリアの”現実世界でついた嘘を、異世界で本当のことにすれば戻ってこれる”という仮説は、正しかったとみてよさそうだ。
え、でもなんで手元に収納袋!? あ、そういやガルスから決闘の商品として受け取った瞬間に転移したんだっけか。
焦る俺をよそに、美咲がさらに鋭く詰め寄ってくる。
「先輩、手品なんですか!? 手品なんですよね!? でも、そんなレベルじゃないですよね!? どう見ても瞬間移動級の何かが……!」
「いや、えーっと……そ、そう! これは最新のトリックアイテムで……えー、その、瞬間変化する特殊ポーチ! 最近ハマってるマジックの練習でさ……!」
俺の脳みそはフル回転を試みるが、言い訳が思いつく前に、田代がズイッと詰め寄ってくる。
「なぁ、その謎の小袋……なんか変じゃないか? 普通の巾着に見えるけど、なんか異様な気配がするぞ……?」
何その田代の特殊能力!? もしかして、魔力を感じる素養とかあったりするのか? やばいやばいやばい!! どう誤魔化す!? がんばれ俺の脳みそ! 俺の額にじわりと汗が滲む。脳内は混乱と焦りでいっぱいだった。
美咲は興味津々な表情でこちらを覗き込み、田代は驚きながらも冗談交じりにニヤついている。ここで適当な言い訳をしても、納得されるわけがない。
美咲はともかく、田代はこういう時の嗅覚が鋭い。あまりに怪しい動きをすれば、ますます突っ込まれそうだ。
まずい、このままだと——。
そうだ!
「そ、そういやさ。明日から社員旅行じゃなかったけ?」
これだ! みんな楽しみ社員旅行! いや、そういうのが好きじゃない人もそれなりにいるが、この二人は歓迎派閥だったはず。
そして、普段そういったことに興味が薄い俺からの”疑問形”の発言——食いついてこいっ!
「お? 藤倉の口から社員旅行って言葉が出るなんて、めずらしいな? 珍しく今回は乗り気かよ?」
「今回は那須で山登りですもんね♪ アウトドア好きな先輩も楽しみだったですね!」
いよっしゃ食いついた! 結果として”藤倉直哉は社員旅行を楽しみにしている”というレッテルが貼られてしまったが、まぁ良いだろう。実際、那須岳の登山はちょっと楽しみだったしな。
◆
ランチ時の混乱は、なんとか誤魔化せた。
いや、本当にギリギリだった。美咲も田代も怪訝そうな顔をしていたが、社員旅行の話題にうまく乗せられてくれたおかげで、深追いはされなかった。
その結果——
”藤倉直哉、社員旅行にノリノリ”
という謎のレッテルを貼られることになったわけだが、まぁそれは別に構わない。
今回の社員旅行は7月9日(火)から11日(木)までの三日間で行われるという、おそらく他の会社から見たら珍しいスケジュールになっている。普通、こういうイベントは週末に絡めて設定されることが多いが、平日ど真ん中に開催されるのだ。
理由は簡単で、金曜日を休みにすれば、社員旅行の後に3連休が取れるという粋な計らいがされているからだ。なので、我が社では慣例として、社員旅行は”木曜日が最終日”として設定されているのだ——実に
さらに希望者には、社員旅行と同じホテルに連泊するオプションが用意されていて、会社側が割引価格で宿泊できるように手配してくれたるするのがまた、粋な計らいだ。
ホテルの空き状況次第では、前日でも連泊を決められるらしいので、俺もこの際、ついでにキャンプに行くのもアリかもしれない。
「どうすっかな……」
そう考えながら、自宅の玄関をくぐる。
賃貸とはいえ、一軒家を借りているのでそこそこ広い。都心勤務なのに千葉の柏市に住んでいるのは、こうして好きなだけ趣味のアイテムを置けるからだ。仕事終わりに適当に荷物を詰めて、そのままキャンプに行けるのは大きな利点だ。
「とりあえず、保険として収納袋にアウトドアグッズを突っ込んでおくか……」
そう呟きながら、通勤に使っている黒いレザーのトートバッグから、魔法の収納袋を取り出して机の上に置いた。
これが偶然にも現実世界に持ち帰れたのは、本当に幸運だった——あまりに突然の帰還だったからな 本来は、コチラの文明の利器をアチラに持っていくための収納袋ではあるが、まぁコチラで自分のために使っても罰は当たらないだろう。
「さて、何を入れておくべきか……」
俺は物置部屋に移動して、必要になりそうな道具を見繕い始めた。
アウトドア用のコンロ、チタン製のクッカーセット、調味料ケース、折りたたみ式のランタン。これらは必須。小型のエアマットと寝袋も入れておけば、テント泊でも対応できる——というか、収納袋はかなりの量が入るらしいから、テント自体を入れておいてもよいのか。
あとはファーストエイドキット、ポータブル電源、携帯浄水器。ここまで入れておけば、どこに行っても困らないかな? とか考えていたが、いくら入れても満杯にならない”魔法の収納袋”が面白くて、手当たり次第にギアを詰め込んでいったのだった。
「あ……やりすぎた」
気づけば、物置部屋のが空っぽになっていた。
見た目は小さな巾着袋なのに、どれだけ物を入れても重さが全く変わらないのが面白くて、アウトドアグッズばかりか、物置部屋にあった全ての荷物を手当たり次第入れてしまった結果だ。
物理法則を無視した異世界アイテムが、こうして現実で使えるのは感動モノだな。
そのあと、我に返った俺は、本来やるべきであった社員旅行の荷造りを——これはちゃんと大きめのドラムバッグを使って——行った。
「ふぅ……」
時計を見ると21時を回っていた。飯を食う前にシャワーでも浴びるか。
そう思って風呂場へ向かい、適当に服を脱ぎながら鏡の前を通った——その瞬間。
「……うおっ!?」
鏡に映る自分の体を見て、思わず足を止める。
肩幅が以前より広くなっている気がする。
腕の筋肉が、明らかに盛り上がっている。
腹筋……なんだこれは、シックスパックどころかバキバキに割れてるじゃないか。
「……なにこれスゴイ?」
慌てて鏡の前に立ち、まじまじと自分の体を確認する。
筋肉が異様に発達しているし、皮膚の下に無駄な脂肪は一切なく、まるで鍛え抜かれた戦士のような肉体だ。
「いやいやいや、こんな体、俺じゃないだろ!」
俺はジム通いなどしていないす、仕事で座っている時間の方が長い。キャンプはするし、筋トレも嫌いじゃないが、それだって本気でトレーニングしているとは言えないレベルだ。
「これって……異世界の影響なのか?」
異世界での生活を思い返す。
確かに、あっちではそれなりに動き回っていた。剣を握ることもあったし、走ることもあった。けれど、筋トレをしていたわけでもないのに、たった数日でここまでの肉体に変わるものなのか?
俺は震える手で、そっと自分の腕を触る。
硬い。
まるで鋼のように締まった筋肉がそこにあった。
「……これ、どう誤魔化せば?」
明日からの社員旅行。温泉に入る機会は確実にある。
この体を見られたら、絶対に突っ込まれるぞ!
「なるように……なるか?」
◆
俺は風呂上がりの火照った体を冷やしながら、ソファにどっかりと腰を下ろした。
ふぅ……。
まさか、自分の肉体がここまで変化しているとは思わなかった。
あの鏡に映ったのが本当に俺だという事実に、いまだに納得がいかない。
異世界での経験が影響していることは間違いないが、どの程度の因果関係があるのか。
「まあ、鋭いひらめきに実績がある、セシリアさんにでも聞いてみるか……」
ということで、俺はテーブルの上に置いていた魔法の収納袋を手に取り”異世界に気軽に戻れる可能性”について考えてみよう。
最初の異世界転移は、確か——居酒屋で適当な嘘をついた直後に転移。
二回目の時も、オフィスで「熊をワンパンで倒したことがある」と嘘をついた直後に転移。
セシリア曰く”嘘をついたら異世界へ”そして”その嘘を異世界で本当にすると現実世界へ”というルールであるらしいし、少なくとも2回ともそうであった。
ならば、異世界で簡単に”本当のこと”にできる嘘をつけばいいのではないか? そうすれば、異世界に行くのも現実世界に戻るのも簡単になるはずだ。
試しに、適当な嘘を考える。
「今日俺は料理をした」
……うん、これは間違いなく嘘だ。
俺は今日は料理をしていないし、もし異世界に行けたなら、向こうで飯を作ることでこの嘘は”本当”になる。
……しかし、何も起こらない。
「ん? ダメか?」
再度試す。
「俺は今日、異世界で料理をした」
……何も変わらない。
「セシリアの説が間違っていたのか?」
いや、それとも——。
「嘘をつくタイミングに問題が?」
「嘘の内容に問題が?」
「それとも、転移にはインターバルが必要?」
色々と考えてみるが、答えが出るわけでもない。
そのあとも、色々な”簡単に本当のことにできそうな嘘”を言葉にしてみたが、結局転移は起こらなかった。
「……くそ、何がだめなんだ?」
試行錯誤した結果、なんの手がかりも掴めず、ただモヤモヤとした気持ちだけが残った。
考え込んでも仕方がない。今はもう遅いし、明日は社員旅行の初日だ。
俺は大きく息を吐き、ベッドへと向かった。
「ま、社員旅行のあとにでも考えるか……」
そんなことを呟きながら、俺は布団に潜り込んだ。
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