第23話:会談の前日 直哉の腹案

 会談が行われる前夜のことである。

 俺とセシリア、ガルスは、宿屋の酒場の隅に陣取り、明日の階段に向けての相談を行っていた。

 こんな状況なので、宿屋は開店休業状態だったし、店主が気を利かせてくれたので、酒場には誰もいない。


「まったく、無理難題を押し付けやがって……」


 俺はため息をつきながら、椅子に深く腰を沈めた。

 ザガンとの会談は一筋縄ではいかない。

 だが、俺はこの場で何かしらの解決策を提示しなければならない。

 無茶振りされたとはいえ、ガルスにそれを任されたのだし、話をまとめることができなければ、村の未来も、赤鉤団の行く末も、ただ戦火に消えてしまうだけだからだ。


 ガルスは申し訳なさそうに肩をすくめている。淡い琥珀色の髪をかき上げながら、普段の軽薄な笑みは影を潜め、彼なりに思考を巡らせているようだった。


「ナオヤさん……”渡界者とかいしゃ”ってだけで、とんでもないこと頼んじゃって、ほんと申し訳ないっす!」


 セシリアが腕を組み、困ったような顔をしながら俺を見つめる。ブルーグレーの瞳には、ランプの光がゆらめき、その穏やかな輝きが彼女の表情を柔らかく映し出していた。いつもはきっちりとまとめられているブロンドの髪も、今は無造作に解かれ、さらりと肩に流れている。それが新鮮だったし、正直可愛いと思った。


「ナオヤ。何か考えはあるのか?」


「うーん。どうにも簡単にまとまる話じゃないな」


 俺は椅子の背もたれに身を預けながら、深く息を吐いた。


赤鉤団せっこうの目指す先に安寧なんてない。復讐の連鎖で泥沼化した戦いにたどり着くのが関の山だろうな。もし、このまま戦い続けたら、最終的にはどこにも居場所がなくなっちまう」


 それを聞いたガルスは少し考え込むように眉をひそめた。指で無意識にテーブルの木目をなぞりながら、目を細める。


「恐い話っすね……考えてみれば分かりそうなもんっすけど、オレはその考えにたどり着けなかった……なんでですかね?」


「それは仕方が無いんじゃないか? 俺は赤鉤団のような理不尽な目にあったことがないからな。当事者になったらきっと、同じことをしていたかもしれない」


 セシリアも静かに頷いた。指先でカップの縁をなぞりながら、少し目を伏せる。


「うむ……。きっと私もそうだろう」


 ガルスは真剣な表情で俺を見つめる。


「でも、どうしたらいいっすかね……。オレたちは実際のところ盗賊団っすから。戦いをやめたとしても死罪になるだけですし……いっそ北のノルディアス王国に亡命でもするっすかね~」


「で、北の国で捕まって、王国との外交の材料にされると?」


 俺が茶化すように言うと、ガルスは苦笑しながら首を振っておどけてみせる。


「恐いこと言わないでくださいよ~」


 セシリアが鋭い視線をガルスに向けた。


「ありえない話ではないぞ。ノルディアス王国とは小競り合いが続いている関係だが、お前たちを捉えることで何らかの交渉の材料にすることは、十分に考えられる。まぁそれよりも、賞金目当ての冒険者に狙われる可能性の方が高いがな」


「八方塞がりじゃないっすか……」


 ガルスが頭を抱えた。


「つってもさ。ガルスはそれを分かっているから”振り上げた拳の降ろし方を見失ってる”とか言ってたんだろ?」


「あーまぁ……そうっすね。はい」


「整理するとだ。”戦いによって王国貴族を糺そうとするのはやめる””赤鉢団は解散”この二つは揺るがない」


 セシリアが真剣な表情で頷く。


「ああ。そうなるだろうな」


 ガルスも同意する。


「ええ。それは異論は無いっす」


「その上で、赤鉢団のメンバーが王国どころか”誰にも追われることのない”状態にしなければならないわけだ」


 ガルスは首を傾げた。


「そんな方法あるっすかね?」


 セシリアはガルスの肩を叩きながら、ニカっと笑った。


「大丈夫だ! ナオヤならきっと良い案を思いつくさ!」


「え? だってナオヤさんって賢者じゃないんすよね? カレーの伝道師だって……」


「セシリアのその信頼の根拠は全く分からないが……腹案がないわけじゃないな」


 俺は一度息を整え、視線をゆっくりと巡らせた。

 ここまでの話で、大まかな方向性の整理はついた。しかし、現実的な解決策を導き出すには、まだまだ議論を進める必要がある。


「さて、と……」


 俺は椅子の背もたれから身体を起こし、腕を組んだ。


「方向性は決まったな。じゃぁ、具体的に検討していこうか」


 テーブルの上に軽く指を置き、意識的に場の空気を切り替える。

 俺は静かにセシリアを見つめる。


「セシリアさん。ちょっと確認なんだけど……『奈落の森』ってどこの国の領土でもないんだよね?」


 セシリアは首をかしげた


「そういいやそんな話もしたな。その通り。奈落の森はどの国の支配にも属していない空白地帯だな。いくつかの国から調査隊を派遣されたことがあるが、深部に踏み込もうとした者は誰一人として戻らなかったという。結果、どの国も“手を出さない”という暗黙の了解ができたわけだな」


 セシリアの言葉には、誰もが知る当たり前の事実を語るような響きがあった。


「うん。それなら、赤鉤団は奈落の森に住めばいいんじゃないかな?」


 俺がそう言うと、セシリアは即座に首を横に振った。


「いや無理だろう」


 ガルスも大きくかぶりを振る。


「無理っす! 普通に死ねるっす」


「でもさ。赤鉤団の砦って奈落の森にあるじゃんか」


「ごくごく浅いところっすよ。あんなところにいたら、いずれ王国に見つかって捕縛されて終わりっす」


「じゃぁ、もっと奥地ににいきゃいいじゃんか」


「だ・か・ら。確実に死ぬっすってば!」


 セシリアがため息混じりに言葉をつなげる。


「流石にそれは無理があるぞナオヤ。誰にも見つからないくらい奥地に行けば、そこは強力な魔獣や巨大な獣の縄張りだ。王国が手を出さないのも、ただ探索が困難だからというだけではない。かつて討伐隊が派遣されたが、それらはことごとく消息を絶ち、生還者は一人もいない。それだけの危険地帯だ。待つのは確実に死だな」


「まぁそうなんだろうけどさ。そこで”渡界者ナオヤ”の出番となるわけだ」


「む。どういうことだ?」


「俺のいた世界は、上手く説明できないけど、色々と便利な道具があるんだよ。それを持ってくれば、なんとか生きていけるんじゃないかなって思ってさ」


 ガルスが目を輝かせる。


「マジっすか!そんなすごい道具があるんすか!?」


 ガルスの顔がパッと明るくなった。子供のように目を輝かせ、勢いよく前のめりになる。


「お願いします! それ、なんとかして使わせてもらえないっすか!? ほんと助けてほしいっす!」」


 セシリアも驚いた様子で俺を見つめた。


「ナオヤお前……そんな事ができるのか?」


 俺はポケットから小さなスプレー缶を取り出し、二人の前にそっと置いた。


「これね。熊よけスプレーっていうんだけれど、こっちの世界に持ってこれたんだよね」


 スプレー缶の金属部分がランプの光を反射し、かすかに鈍い光を放つ。ガルスはまじまじとそれを見つめ、興味津々といった様子で身を乗り出した。


「これが……異世界の道具っすか?」


 セシリアも少し警戒しながら、それを覗き込む。


「ずいぶんと小さいが……これがそんなに役に立つものなのか?」


 俺はスプレー缶を指で軽く弾き、二人の視線を引きつける。


「いや、これ自体は大したものじゃない。獣を撃退するには役に立つと思うけど、問題はそこじゃないんだ」


 俺は二人を交互に見ながら言葉を続ける。


「大事なのは、俺がこれアッチから持ってこれたって事実だ。俺が身に付けているものはコッチの世界に持ち込める可能性が高いってとこ」


 ガルスは目を丸くし、セシリアも驚きの表情を浮かべる。


「……それってつまり?」


「そう。もし、この仮定が正しければ、俺の世界の便利な道具をもっと持ち込めるってことだ」


 身につけていたものはこっちに持ってこれている。だから無理じゃない気がするんだよな。


「なぁセシリアさん。もしかしてだけどさ『魔法の収納袋』みたいな? たくさん荷物が入る道具ってあったりしない?」


「そりゃあるぞ。かなり高価ではあるがな。それこそ大商会なり貴族なりしか持てぬ代物だ」


「赤鉤団には1個だけあるっすけどね~」


「よっしゃ! いけそうだな。俺が元の世界に戻るときに、その収納袋を身につけておけばいい。それて向こうで役立つ道具を詰め込んで、もう一度こっちに持ってくる。これが実現できれば、赤鉤団が奈落の森に住むことができると思うんだが。どう思う?」


 セシリアは腕を組み、視線をテーブルの上に落とした。細い指が無意識に軽くトントンと木目を叩いている。彼女が思考を巡らせるときの癖のようだ。

 やがて、ゆっくりと顎に手を添えながら、静かに言葉を発した。


「うーむ。確かに実現不可能な案ではない気がするが……。そもそもナオヤ。それだとお前”熊をワンパンで倒す”ことになるのだが?」


「それな~。どうしようか?」


 ガルスが驚いた声を上げる。


「熊をワンパン? なんすかそれ?」

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