第22話:団長ザガンとの会談
霧がかった森の向こうから、堂々たる風格を持つ男が現れた。
男の動きはまるで戦場を見据える将のようであった。
その体躯は鋼のように引き締まり、軍人として鍛え上げられた証が見て取れる。
赤鉤団の団長——ザガン・ヴォルク。
団長名を冠するにふさわしい、強者の気配を俺は感じた。
漆黒の髪は無造作に後ろへ流され、鋭い灰色の瞳がすべてを見透かすように光っている。眉間には深い皺が刻まれていて、まるで超えた屍の数を表しているようだった。
装いは黒を基調とした戦装束で、肩には赤い鉤爪の紋様が施された肩章がある。
「——要求通り来てやったぞ。会談とかいうやつを、さっさと始めようか」
その一言に、村人たちは緊張を露わにする。
村人たちは、もはやザガンを単なる敵とは見てはいない。彼の背景を知り、彼自身が持つ矜持を理解していたからこそ、単純な敵意ではなく、警戒と畏怖が入り混じる感情を抱いていた。彼は本当に交渉をしに来たのか?それとも何らかの策を講じているのか? 村人たちはその答えを持たず、ただ、直哉の出方を見守っていた。
俺はゆっくりと村の入り口へと足を進めた。
ザガンの視線を受けながらも、一歩ずつ距離を詰めていく。
隣にはセシリアがいる。彼女もまた、警戒を解かずに手を腰の剣の柄へとかけている。目は鋭く、まるで獲物を見定める獅子のようだった。
ザガンが単身で来たとはいえ、相手は赤鉤団の団長だ。いつ何が起こるかわからない——その意識が俺たちを慎重にさせていたのだ。
俺は肩をすくめ、少し距離をとったまま、ザガンの視線を正面から受け止める。ザガンは俺の表情をじっくりと観察し、薄く唇を歪め、口角をわずかに持ち上げた。
「まずは互いに名乗り合いましょう!」
「ふむ……。ならば貴様がこの村の代表者ということか?」
俺は深く息を吸い込む——すでに覚悟は決まっている
「正式な代表というわけじゃありませんが、しかし村からの全権を任されています。仮の代表として貴方との会談に望ませていただくつもりです」
「ふむ……いいだろう。俺の名はザガン・ヴォルク。元エルバーディア王国軍の将校にして、
「俺はナオヤ・フジクラです。異世界から来た
「——カレーとやらがなんだか知らんが、なるほど、貴様が
この場で互いに名乗り合い、素性を明かすという行為。それはただの形式ではない。
俺たちは、互いにこの会談において騙し合いや虚偽を持ち込まないという意思表示をしたのだ。ザガンもそれを理解したのか、深く頷いた。
俺たちはザガンを先導し、村の宿屋へと向かった。
木造の扉を開けると、昼間の酒場は静まり返っており、かすかに樽酒の香りが漂っている。
予め用意しておいた席に向かいながら、俺はザガンの表情を横目で伺った。
ザガンは無言のまま、空間全体に鋭い目を向けていた。周囲を警戒しているのか、それとも単にこの場を測っているのか——その表情からは読み取れない。
中央のテーブルに着くと、俺は椅子を引き、ザガンに向かって手で示す。
「どうぞ座ってください。ここなら、誰の邪魔もはいりませんので」
ここは旅人や商人が滞在するための施設で、村の中では比較的広い空間だ。
ここなら互いの意図を確かめながら落ち着いた話ができるだろう。
宿の中はすでに人払いがなされている。これは俺たちに害意がないことを示す意味もあった。
それを受け取ったのか、ザガンは静かに腰の剣を外すと、少し離れたテーブルの上にそれを置いて腰を下ろした。
俺も正面の席につき、ザガンと向き合う。
セシリアもまた、ザガンと同じ場所に自身の剣を置くと、俺の斜め後ろに侍るように立った。
——会談の準備は整った
「さて。貴様らの要求を聞きたい。ガルスは無事なのか?」
ザガンの問いかけに、俺は一瞬、視線を落とした。
そして、ゆっくりと深呼吸する——これは軽い約束ではない。
ガルスの命を俺が保証する、そう明言するのならば、その責任を俺自身が負うことになる。
この場にいる誰よりも俺は冷静でなければならない。
村の代表として、そしてこの会談を主導する者として、俺はザガンと真正面から向き合わなければならない。
俺は意を決して顔を上げ、ザガンの灰色の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「もちろんですよ。彼に危害を加えてはいませんし、これからもそのつもりはありません。俺の首を賭けて約束させてもらいます。ガルスの安全は保証しますよ」
俺はゆっくりとテーブルの上に手を置き、まっすぐにザガンを見据えた。
「腹の探り合いは会談の邪魔にしかならなりません。俺たちが話し合うためには、お互いの信頼が不可欠です。難しいかもしれませんが、この場ではどうか、俺のことを信頼していただけませんか?」
ザガンは俺の言葉をじっと聞いたあと、低く息を吐き出した。
「そうだな。了解した。俺もまた嘘偽りのないこと言葉を交わすことを誓おう。では聞くが、貴様らの要求は何だ? どうすればガルスを開放してくれる」
「ザガン殿。貴方たちの事情はガルスから詳しく聞いています。我々の要求は……強いて言えば”話がしたい”というのが要求ってところでしょうか」
「……ほう?」
「しばらくは、問答に付き合ってもらいたいところなのですが?」
「良い。何の意味があるのか分からんが、付き合ってやろう」
俺は身を乗り出すようにして、ザガンの瞳を真正面から見据える。
「では……赤鉤団の目的は?」
「王国への復讐。平民以下の身分の者たちの救済……と言っても、貴族どもにとっては戯言に過ぎんがだろうがな」
「貴方たちに、それができるとでも?」
「無理だろうが、進むより道はない」
「仮定の話をしましょう。赤鉤団が辺境を手中に収め、力を蓄え、王国と戦えるだけの力を持ったとします。それでどうなると思いますか?」
「どうなるとは? 王国と戦って、貴族連中の過ちを糺すだけだ」
「ふーん、そうですか——“怨みに
「……何だそれは?」
「歴史的に見ても、復讐というのは泥沼化するものなのですよ。例えば……『イングランドの薔薇戦争』『フランスのユグノー戦争』『日本の応仁の乱』……全部、国内戦争が長期化し、結局民衆を疲弊させた戦いです……私の世界の話、ですが」
「……何が言いたい」
「恐いのは、本当に恐いのは、“復讐は正当化されるが、やがて目的を失う”ことなのですよ。初めは正義や誇りのためだった復讐が、戦いが長期化するうちに戦う理由すら忘れてしまうんです。勝利条件すらあやふやなになって、勝者なき戦いだけが、それだけが残ります」
「ならば……ならば、俺たちはどうすればよいというのだ!」
ザガンの声が震えていた。それが怒りによるもか、もしくは……
「戦わずして、剣を振らずして、どうやって王国を
吠えるような声の裏には、様々な感情が滲んでいるように思えた。
長年信じてきたであろうザガンの道を、俺に否定されたのだ。
怒り、認めたくない、だが俺を否定しきれない——そんな混乱が、ザガンの声に滲んでいた。
「ならば……ならば、俺たちはどうすればよいというのだ! 戦わずして、剣を振らずして、どうやって王国を
俺が口を開こうとしたその瞬間——ガルスが俺の背後の扉から姿を表した。
「ガルス……お前……よくぞ無事で……」
ザガンは言葉を詰まらせた。
「……どういうことだ、ガルス?」
ザガンの問いかけに、ガルスは申し訳なさそうに視線を落とすだけだった。
「それを考えましょうって、直哉さんは言ってるんすよ。ですよね?」
「ええ、そうですね。戦わず、剣を振らず、王国を糺す方法を探してみましょう」
ザガンは唇を噛みしめていた。
ガルスが無事であること。それはザガンにとって確かに安堵すべき事実だったはずだ。長年の信頼を寄せた副官の生存は、彼にとって何よりの朗報だったろう。
しかし、そのガルスが今、この場にひょっこりと姿を現し、落ち着いた様子で俺の隣に立っている。その光景は、彼の理解を超えていただろう。
人質となっていたはずの男が、まるで普通に客人として扱われているかのような状況だ。戸惑うのも無理もない。
「俺が間違っていたと? ……ガルス。お前までもそう言うのか?」
ガルスは肯定も否定もしなかった。いや、できなかったのだろう。
「ザガン殿。それは違うでしょう。」
俺は静かに、けれどもはっきりとした声で言った。
「俺だって、貴方みたいな目にあったら、同じことをしていたかもしれません。 怒りに身を焦がし、復讐のために剣を振るっていたでしょう。」
ザガンがずっと抱えてきた怒りを、俺は否定しない。否定などできない。ただ、その怒りだけで未来を決めるべきではないと言いたかった。
「でも今の貴方には——」
俺はまっすぐに彼の目を見据えた。
「“綺麗事を言ってくれる相手”が必要なんじゃないですか?」
復讐に生きる者にとって、綺麗事など耳障りなものかもしれない。 だが、それが本当に"あり得る道"なら? "不可能じゃない未来"なら?
貴族の歪んだ思想を憎み、戦うことでしか抗えなかった男に、 俺は、戦わずに抗う道がきっとあることを——たとえわずかでも——示したかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます