第21話:副団長ガルスの策略?

 村の広場は、夕焼けに染まった空の下でざわめいていた。


 土の上には焚火の明かりがちらちらと揺れ、赤みを帯びた光が人々の顔を不安げに照らしている。中央には、縄で両手を縛られた男が、背中を丸めて座り込んでいた。


 この男は赤鉤団せっこうだんの副団長、ガルス・バラード。

 こいつってば、こんな状況で全然焦った様子がねぇ!

 村人たちの敵意と困惑と、先ほど追加された”憐れみ”が混じった視線をものともせず、むしろこの状況を楽しんでいるようにすら見える。


「コイツをこれからどうするか決めなきゃなぁ……」


 村人の誰かが少し気の抜けた声で言った。

 その声に呼応するように、周囲の者たちも次々と口を開く。


「まぁ、赤鉤団は今まで村人を殺したことはないしなぁ……」


「確かに、物資を奪われた恨みはあるけど……どうするべきなんだ?」


「俺たちが処刑なんてしたら、俺たちの方が悪者になるのかな?」


 戸惑いが交錯する村人たちの声を聞きながら、俺は腕を組んだ。

 なるほど、ガルスの話を聞いたことで、村人たちの中に単純な敵対意識ではなく、迷いが生まれ始めているのかもしれない。


 その中で一人、塞ぎ込むように唸っている奴がいた。


「うーむ……」


 セシリアは腕を組みながら、深く考え込むように視線を落としていた。

 金色の髪が夕陽を受けて柔らかく輝き、ブルーグレーの瞳には迷いの色が浮かんでいる。彼女の指先は無意識に組まれ、ゆっくりと解かれては再び組まれる。その仕草に、彼女の心が今まさに揺れ動いていることが見て取れた。


 普段なら、強気な発言をしてみせる彼女が、こうして黙り込むのは珍しい。

 きっと、彼女なりにいろんな考えが巡っているのだろう。


「どうしたセシリア?」


 俺は彼女の様子に気づき、少し声を落として問いかけた。

 セシリアは、はっとしたように顔を上げ、俺の目をじっと見つめた。

 だが、すぐにまた視線を逸らし、ゆっくりと口を開いた。


「……ガルス殿の話を聞いて、考えていたんだ。確かに、赤鉤団の略奪行為は無論許せない。でも……彼らが王国の貴族第一主義に反発していることも事実だ。私も、王国のあり方には疑問を持っているのだ」


「じゃあセシリアさんは、村が赤鉤団の支配を受け入れた方がいいと思ってるのか?」


 俺の問いに、セシリアはすぐに首を横に振る。


「いや、それとこれとは違う。王国のやり方には疑問があるが、赤鉤団のやり方をそのまま肯定するわけにはいかない。けれど、単純に”間違い”と決めつけるのも、何か違う気がして……な」


 セシリアの言葉は、どこか迷いに満ちていた。

 まるで、これまで抱いていた王国に対する反発の思いが、ガルスの話を聞いたことで、新たな視点を得たように揺れ動いているようだった。

 俺はそんな彼女の横顔を見つめながら言葉を探したが、簡単に答えを出せる話でもない。


 すると——


「おっと、お二人さん、そんな難しい顔しないで欲しいっすよ」


 ガルスが縛られたまま、飄々とした声を出す。


「シンプルに考えて欲しいっすね。オレを人質にすれば、ザガン様は絶対に攻めてこないっす。オレってば、ザガン様にとっても大事にされてるんで」


「……自分で言うなよ」


 俺が深々と息を吐きながら肩をすくめると、ガルスはやはり飄々と笑う


「いやいや、それが事実っすから。ザガン様の考え方って結構シンプルなんすよ。仲間が人質になった時点で、戦う選択は取らないはずっす。戦ったら仲間が死ぬ。戦わなければ誰も死なない。その時点で答えが出てるんすよねー」


「よくそれで今まで戦ってこれたなぁ……」


「オレらてっば、かなり強いんで! 今まで誰も捕まらなかっただけっすね」


「いや、それも自分で言うなよな!」


 このノリの軽さが本当に信じられない。だが、それ以上に気になることがある。


「で、マジな話さ。あんたを人質の取るって話なんだが——狙いは何なんだ?」


 そう問いかけると、ガルスは一瞬だけ目を細め、それからニヤリと笑った。


「ナオヤさんって、渡界者とかいしゃなんすよね?」


「……なぜ知っている」


「密偵っすよ」


「うわークソっ! マジかよ……」


 俺は思わず頭を抱えた。

 つまり、赤鉤団はすでに村の全てを把握していたってことか……。

 これはもう勝ち負けってレベルの話じゃない——負け確だ


「渡界者って、賢者なんすよね?」


「え? なにそれ!?」


「伝説とか、逸話とかにあるじゃないっすか——常識っすよ? 渡界者ってのは異世界からやってきて、この世界に知恵をもたらす“賢者”だって。王国の歴史書にも、そういう記述がちらほらあるし、物語でも語られてるじゃないっすか」


「なんだそれは!? 俺はただのカレーの伝道師だ!」


「……え、賢者じゃないんすか? ていうか、カレーって何っすか?」


「後で食わしてやる!」


 渡界者の伝説だとか、異世界の賢者だとか——そんな話を聞かされても、俺はただのゲームプランナーで、カレー作りが得意な”無駄に凝り性”な一般人だ。

 だけど、赤鉤団の副団長たる男が、俺を賢者だと信じ、何かを託そうとしている。

 この場にいる全員が、俺の言葉を待っていた。


 ——とりあえず話を聞いてみるしかないか


「まぁいいや。俺が賢者だったとして、あんたは一体何をさせたいんだ?」


「オレらって、あれからずっと戦ってるっすけど……振り上げた拳の降ろし方を見失ってるだけだと思うんす」


「……つづけてくれ」


「王国に復讐なんてできっこないのに、戦いをやめる方法が分からない。どっかでケリつけなきゃいけないのに、誰もその始末のつけ方ってのが分からないんすよ……」


「あんた……それを俺に相談しに来たのか?」


「渡界者なら、すげー解決策とか思いつくかなって! あと、それをザガン様にそれを伝えて説得してくれるかなって思ったっす。てへ?」


「てへじゃねぇ! とんでもないもん押し付けようとすんなよな!」



 その夜。

 俺は、ガルスから聞いた赤鉤団の砦の近くに、村の狩人と共に潜んでいた。


「本当によいんですか? こんな強気な文を送っても……」


 若い狩人の男が不安げに声を漏らす


「相手は百戦錬磨の軍人揃いだからな? 中途半端な駆け引きしたって意味ないさ」


 俺は彼の肩を軽く叩きながら、放たれた矢が消えていった闇へと目を向けた。



 暗闇に包まれた砦の入り口。


 暖炉の光が揺らめく中、一人の男が息を切らしながら駆け込んできた。夜の静寂を引き裂くように、粗末な木製の扉が勢いよく開かれた。


「団長! 村からの矢文です!」


 ザガンは部屋の奥にある木製の机に肘をつき、目の前に広げられた地図をじっと睨んでいた。古びたランタンの明かりが、彼の険しい表情を陰影濃く照らし出す。部屋には戦略を考えるための書類や武器が散乱しており、そこには幾度となく戦の決断が下されてきた痕跡が刻まれていた。

 矢を握りしめたままの男は、額に滲む汗を拭うこともせず、震える手でそれを差し出した。


「なに! ガルスは無事なのか!?」


「申し訳ございません。流石に私が先に文を改めるわけには……。内容はまだ読んでおりません」


 ザガンは男の手から矢文を受け取り、視線を落とす。

 無言の折りたたまれた紙を解くと、焚き火の明かりのもとで目を細め、指先で文をなぞりながら、低く、静かな声で読み上げる。


《ガルスは我々のもとにいる。求めるのは、赤鉤団の団長が単身で村へ赴き、交渉の場に着くこと。会談の場は村の広場、期日は明日の日没まで。拒否した場合は、ガルスを遺体として返すこととなる。》


 室内の空気が、一瞬にして凍りついたかのようだった。

 薪がはぜる音だけが微かに響く中、誰もが息を詰める。

 焚き火の揺れる炎がザガンの顔に不規則な影を落とし、その目は静かに、しかし深く文の内容を読み取っていた。


 ベルグが重く拳を握りしめ、無言で椅子を蹴り飛ばす。その音が沈黙を破り、張り詰めた空気が一気に緊迫の色を強めた。


「……あの野郎ども、ふざけやがって!」


 怒りに震える戦闘隊長ベルク・ドラズが拳を握りしめ、まるで野獣のように息を荒げた。


「これは罠ね。ザガン様が村に向かったところで殺されるだけ。赤鉤団の力を削るつもりよ」


 斥候隊長のミラ・ハーヴェイは、ザガンから受け取った文を焚火の灯りにかざし、視線を走らせていた。彼女の端正な顔には、感情の一片も浮かんでいない。しかし、その鋭い青灰色の瞳の奥では、複数の可能性を瞬時に計算しているかのようだった。


 彼女の言葉に、室内の空気がさらに緊張感を増した。

 ベルグは舌打ちし、顔をしかめる。

 ザガンは静かに矢文を見つめ、長く息を吐いた。考え込むように、地図を見つめ、無言のまま指でなぞる。その沈黙が、誰よりも重かった。


「……ガルスを失うわけにはいかない。俺が村に行こう」


 焚き火の明かりがザガンの鋭い目を照らし、影を深く刻む。彼の顔には決意と覚悟の色が浮かんでいた。


 「……ガルスは俺の右腕だ。何より団員は全て俺の家族のようなものだ。ここで何もせずにガルスを見捨てることなどできるわけがない。それでは王国の連中と何も変わらん」


 ベルグは歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。ザガンの言葉に、胸の内に渦巻く焦燥と怒りが抑えきれなくなる。

 彼はザガンがこの選択をすると分かっていた。誰よりも義理に篤く、仲間の命を見捨てることを許さない男だ。それでも、何か言わずにはいられなかった。


「冗談じゃねえ! あんたが行ったら殺されるに決まってる! ガルスを助けたいのは俺だって同じだが、そんな危険な賭けをする必要はねぇだろう!」 


 ザガンは口元をわずかに緩め、短く笑った。


「もう潮時なのかもしれないな」


「ふざけんな! あんたを信じてついてきた俺たちを見捨てるってのか!?」


 ザガンはゆっくりと首を振る。


「お前たちも、ガルスも、村人たちの命も……俺にとっては等しく大切だ。どれかを選べるはずもない」


「だからよぉ……そこにあんたの命の勘定が入ってないって言ってんだよ!」


 ザガンは苦笑することしかできなかった。



※直哉の一人称に戻ります※


 次の日の朝、霧がかった森の中から、一人の男が姿を現した。

 赤鉤団の団長、ザガン・ヴォルク。

 単身、たった一人で村の前に立つ男は、彼は村の門を見据え、静かに口を開く。


「——約束通り来てやったぞ。会談とかいうやつを、さっさと始めようか」


 村人たちは驚きと恐怖で息をのむ。

 村の見張り台からセシリアが驚いた声を上げた。


「本当に一人で来た……!?」


 俺はそんなザガンの姿を見ながら、心の中で呟いた。


(さて……どう転ぶかな)

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