愛おしい君に、言えなかった5文字
夢我夢中
第1話 ありがとう。「またね!」 大好き。
「ありがとう」
どうやら僕は病院に入院しているらしい。何故入院しているのかは分からない。というか、記憶が無いのだ。そして「ありがとう」と伝えたのは、この病院で知り合った女子高生の細川小百合ちゃんである。小百合ちゃんは極度の拒食症を患っていて、食べても直ぐに戻してしまうらしい。そのせいで女子高生らしい丸みを帯びた体系では無く、パジャマの上からでも分かる位に痩せている。
その顔はとても愛らしく誰が見ても美人である事が分かるが、目の下には隈が出来ていて彼女の辛さを見て伺える所でもある。
そして、僕の所に来ていつもくれる物がある。それは、手紙だ。手紙の内容は至って単純であり、前日に起きた事を只書いてあるだけの手紙だ。でも、言葉の節々に僕に興味がある事を仄めかす様な言葉もチラホラ見え隠れする。そこが、可愛い所でもある。
僕の名前は「高峰翔太」20歳。大学生だという。看護師から聞いた事だけど。僕自身は学生である事も、名前も全く覚えていない。
僕が記憶喪失になった理由は、大学の通学途中に車と接触してしまった事により頭を強打したものだという。そして、その時背中も強打した事で背骨を損傷し、下半身麻痺になってしまったのだ。この歳にして人生が終わってしまった感で一杯だ。
でも、こんな僕にでも優しくしてくれるのが彼女であるのだ。小百合ちゃんは手紙だけでなく、お喋りも沢山してくれる。自分の事、家族の事、兄妹の事。でも、学校の事を話してくれた事は無い。多分、学校で何かあったのだろうと察し僕も聞かない様にしている。そして、手紙を渡した後は必ず「また明日ね」といって自分の病室へ帰って行く。
病院という建物の中で缶詰状態になっていても、彼女という存在が居てくれるだけで、この場所が大学のキャンパスに思えて来る。いつの間にか僕は、彼女の事が気になり僕に会いに来てくれる事を待っているという自分が居る事に気が付いた。そして、彼女に恋しているのだと気付く。でも、その事に気付いてから僕の心は不安に満ちて来たのだ。
だって、僕は歩けない。僕には歩くという普通の事が出来ないのだ。これは、致命的な事だ。その事を考えると心の真ん中に深い穴が開き、そこへ落ちて行きそうになる。
それから、数日過ぎたある日彼女が僕の所へ来なくなった。僕は看護師に彼女の事を聞くと、食べれない事により体力が低下し貧血気味でもあるらしい。そのせいで、ずっとベッドに寝ているとの事であった。しかし、今は落ち着き少し元気も出てきていて手紙の様な物も書いていると言う。
「僕への手紙だ」と思った。
僕は考えた。彼女は僕に病院がキャンパスに思える程の楽しみをくれるのに、僕は彼女に何もしてあげていない。もし僕が彼女の気持ちに癒しを与えられる事が出来たなら、多少でも食べられる様になり普通の生活に戻れる様になるのではないのかと感じた。
今度彼女が来たら何かをしてあげよう。僕には何が出来るのか?何をしたら彼女は癒され病気を克服する事が出来るのか?今の僕に出来る事は「絵を描く」事だと思った。
その日から彼女が元気になり僕の所へ来て手紙を渡してくれる時、僕からも絵を渡そうと思い、必死で何を描くのかを考えた。そして僕は頭の中で考えたイメージ映像を描く事にした。数日間掛けて何回も何枚も書き直しやっとの思いで一枚の作品を描き上げた。
数日後、久しぶりに彼女が僕の所に来てくれた。僕の胸は高鳴った。まるで、誕生日のプレゼントを待つ子供の様である。只、彼女の体調はあまり良くない様だ。
僕は我慢が出来ず、手紙をもらう前に自分が描いた絵を渡した。彼女はその絵を見て何とも微笑ましい笑顔を見せた。その絵は病気を克服しふっくらとした小百合ちゃんが立っている。そしてその横には、車椅子から立ち上がっている僕が居る絵だ。2人の未来を描いた絵を贈ったのだ。プラス2人は手を握っている。
彼女の目には涙が滲んでいた。
その後、彼女が書いた手紙を貰った。動けない時に書きまくったのだろう、数枚にもなっていた。
そして、他愛もない話をして彼女は病室へ戻って行く。僕の気持ちは「まだ行かないで」という思いだが、そんな我が儘は言っていられない。とその時、彼女が僕のほっぺたに「キス」をして来た。彼女はニコッと笑うと「またね!」と言い、そのまま行ってしまった。
その後はウキウキ気分で手紙を読んでいた。
だが、少し引っ掛かっていた事があった。それは、彼女が帰り際に言う「また明日ね」を言わなかった事であった。
そして数日後、看護師から彼女の訃報を聞かされた。彼女は僕の描いた絵を抱きしめながら旅立って行ったそうだ。
僕は数日間泣きまくった。気が狂う程泣いて、泣く事を止めた。
小百合ちゃんが書いた手紙の内容は、僕の絵と同じ内容だった。
2人が症状を克服し元気になってデートをしている内容が書かれていた。
僕は記憶を失った。だけど、彼女との思い出は僕の記憶から絶対に消える事は無い!
僕が本当に伝えたかった事は、絵よりも尊い
「だい好きだ」と言う言葉だ。
愛おしい君に、言えなかった5文字 夢我夢中 @jyo-san
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