第一章「邂逅」

Ep.I

 曇天

 重苦しい色の雲が空を覆い、息が詰まるような空気が張り詰めている。

 小さな村の中にその規模に似つかわしくない立派な祭壇と装飾が散りばめられた場所にコツコツという乾いた音と共にゆっくりと誰かが進んでいく。


 村人が見守る中、歩みを止め乾いた音を響かせていた杖に両手を添えて蜘蛛が絶え間なく広がる空へ視線を向ける。

「これは何かの暗示かもしれぬな」

 長く白い髭を蓄えた老人が物々しい雰囲気に包まれた祭壇の上で呟く。

 これから始まるある儀式に臨むため老人は更に祭壇の中央へと進んでいく。

 村人たちには見慣れた光景だった。過去に幾度か行われた儀式。


[召喚の儀]である。


 髭の老人、恐らくは村の長であろう男は祭壇に描かれた紋様に歩く時と同じようにコツコツという乾いた音を杖で響かせる。

「来たれ…我が契約のもとに。この世界を救いたもう勇敢なる戦士よ。」

 そう告げた後、ブツブツと何やら呪文のようなものを唱え始める。

 村人達はそれを固唾を呑んで見守り厳かな雰囲気の中、淡々と儀式が続いていく。


 遠くでゴロゴロと雷鳴の音が聞こえたと同時に、祭壇の紋様がカッと眩い光を放ち始めた。

「現れるぞ!我らの新たな救世主が!」

 眩い光の中、老人は勇ましく告げる。

 光は一層輝き始め、曇天の空さえも照らすほどの光の柱を産みその中に何やら人影が揺らめいている。

 光の柱はゆっくりと輝きを失いながら光の粒子を残し、その中へ現れた人影を鮮明にしていく。


(ここは…。)

 光の中に現れたのは精悍な姿の青年だった。


「おお!!なんと頼もしきお方か!」

 芝居がかったような身振りをしながらゆっくりと老人は召喚された青年へと近づいていく。

 少し癖のある黒い髪が風になびき、徐々に青年の視界を鮮明にしていく。

 ようやく慣れた頃に何やら仰々しい老人の姿を捉えながら一瞬


 周りには気づかれない程度に眉を潜めた。


「これで安泰じゃ…。このような立派な方をお呼びてきるとは!」

 手の届く距離にまで近づく老人。

 まだ現状を把握出来ていないであろう青年の姿を見ながら「最初から」着ていた鎧に包まれた手を取り言葉を続ける。

「ようこそお出で下さった!貴方様こそ新たなる希望!我が村の新たなる勇し…」

 言い終わるか否か。


「黙れ…君たちには生きる資格は無い」


 静かな言葉を老人に聞こえるほどの声量で告げる。

 それと同時に仰々しい立ち居振る舞いをする老人から炎が上がったのは本当に一瞬だった。

「きゃあああああ!!」

「うわあああああ!!!」

「長老が!!長老がぁ!!!」

 集まっていた村人から老若男女問わず悲鳴が上がる。

 混乱する人々の目の前で燃え尽きた長老だったものがゆっくりと崩れ落ちる。


 その先から黒い衣装に身を包んだ青年がカチャカチャと音を響かせながら歩いていく。

 逃げ惑う村人を逃さないように青年が腕を振るうと炎が周りを取り囲む。

 無言のまま静かな怒りを見せる青年に訳の分からぬまま為す術なく恐れおののくしかない村人たち。


「何故だ!」

「どうして…!?」

 各々が理由を訪ねようと言葉を絞り出すが青年は何も答えようとはしなかたった。

 ただただ、目の前に居る人々を蔑むように視線を送りながら、ただ一言だけこう告げた。


「さようなら」


 村人を取り囲んだ炎は勢いを増し、そのまま村すらも包み込む。

 まるで悪魔が笑いながら飲み込むように…。


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