勇者という職業にも飽きてきたところなのでこの世界で善良な魔王に転職しようと思います

野木咲 紫暮

序章「さよならは別れの言葉じゃなくて」

プロローグ

 冷たい感覚が身体を突き抜けた。

(ああ…またか…)

 冷たい感覚が抜けると同時に生暖かい感覚が襲い、ゆっくりと力が抜けていくのがわかった。

 硬く冷たい大理石の敷き詰められた床にどさりと音を立て倒れていく。

 じわりじわりと赤い水溜まりが広がっていく後ろからか細い声が聞こえてくる。

 嗚咽混じりに何度も何度も、ごめんなさいごめんなさいと…。

 誰が彼女にそうさせたのだろう。なんと惨いことだろうか。


 耳鳴りが響き薄れ行く視界と意識の中でか細い声の主の顔を浮かべ哀れんでいく。

 きっと彼女は一生背負って生きていくのだろう。もしくは心優しい彼女ならば自ら…。

 ボクを愛したばかりに、ボクが愛したばかりに。


 ああ…なんとも虚しい…。幾度目かの幕引き。

 聞こえてくる音は様々だ。

 啜り泣く声、祈る声、謝罪、怒号、開き直り、歓喜、称賛。

 慣れ親しんだ声の主たちを脳裏に浮かべながらゆっくりともう映ることの無い瞳を閉じていく。


 成すべきことは成した。思い残すことは無い。

 それがこの「世界」での役割なのだから、そう割り切るしかないのだ。


 ああ…でも…本当は最後に…最後に…一度だけでも…。


(あいつらのような…仲間が…居たのなら…。)


 そう胸に抱いた瞬間、男の意識は消え失せ事切れていた。

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