第2話






 百合香に偽彼氏についての話を聞いているんだけど、もしそれをする場合、アタシがかずくんに『彼氏(役)になって!』ってお願いしなきゃいけないんだよね?なんだか考えただけで、すっごくドキドキしてきちゃったよ。


 恋人のふりをしてって言うだけなのに、こんなにドキドキするし、断られたらって不安になる。もし本当に告白することになったら、どれだけの勇気が必要になるんだろう。


そんな勇気を振り絞って、アタシに気持ちを伝えてくれた人たちには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 でも、アタシが好きなのはかずくんで、それ以外の人とお付き合いするなんて考えられない。だから、伝えてくれた気持ちに真摯に向き合って、誠意を込めてお断りすることしかできなかった。


 初めて告白されたときなんて、精神的な疲労でくたくたになった。くたくたになって、もやもやして、処理しきれない感情に悩まされて、まる一晩眠れなかった。今ではだいぶ慣れたけど、それでも相手の気持ちを拒否するっていうのは、精神的に疲れる。


 百合香からは、「そこまで相手のことを考える必要ない」って言われたけど、好きな人に気持ちを伝えることの怖さは良くわかっているから、どうしても相手を蔑ろにすることはできなかった。


「だからこそ、中間くんに彼氏役をやってもらうんだよ。『告白されて断るのが大変になったから、彼氏のふりをしてくれないかなぁ』ってさ」


「な、なるほど。彼氏役をお願いするだけの、ちゃんとした理由があるってわけだね」


「そもそも、あんたらの場合は外堀がしっかり埋まってたの!だから中学の頃はさくらに告白する男子なんかいなかったし、中間くんにちょっかいかける女子もいなかった。それが高校に入学してから、外堀が徐々に崩れ始めてる。さくらに告白する男子が出てきたのが良い例だよ」


 うぅ、たしかに、高校に入ってからはかずくんに少し距離をとられてる気がする。『東城さん』なんて他人行儀な名前で呼ばれるようになっちゃったし、一緒にいられる時間も少しずつ減ってる気もする。


 もしかしたら、これからどんどん一緒にいられる時間が減って、気がついたら離ればなれ、とか?そんなことを考えたら、泣きそうになってきた。


「だから、とっとと告れって言ってるのに!」


「で、でもぉ」


 ふられたときのことを考えると、どうしても最後の1歩が踏み出せない。


かずくんへの気持ちは揺らがない。だけど、だからこそ、失敗してもう一緒にいられなくなる可能性があるのなら、今のままでも良いやって、そう思ってしまう自分がいる。


 本当に、世の中の恋人たちは強いなって思う。こんな試練を乗り越えて結ばれるんだから、そりゃあ人目も気にしないでいちゃいちゃできるわけだよね。


「言っとくけど、中間くんが他の女子に告白されるのだって、時間の問題だからね?」


 そうか。高校に通ってるのは同じ中学校の子たちだけじゃない。アタシがかずくんのことを好きだって知らない子もいる。それに、アタシに気を使ってくれる子ばっかりじゃないんだ。かずくんは、見た目は平凡だけどムダにスペックが高い。センスだって良い。すっごく優しい!世界一格好良い!そんな人を好きになるのが、アタシだけなんてあり得ない!


「どうしても告白できないんなら、まずは偽の恋人になってもらって、外堀を埋め直しな」


 よし!本当の告白はまだムリでも、偽の恋人になってもらって、ただの幼馴染みじゃなくて、恋人として意識してもらえるように頑張ろう!


 そしていつか、正式な恋人に・・・・・・お嫁さんにしてもらうんだ!






「ねえ、かずくん。アタシね、最近いろんな男子に告白されてるの!」


 珍しく朝から家に来たと思ったら、なにを言ってるんだこの幼馴染みは!それは嫌味か?嫌味なのかな?


 高校に入学して1ヶ月も経つというのに、恋人はおろか、女子の知り合いもいない俺に対する嫌味なのか?


 でも、さくら・・・・・・いや、東城さんがそんなことを言って俺を煽ってくるとは思えない。これでも少なからず一緒に生きてきたんだ。東城さんの為人はある程度把握している。


誰にでも分け隔てなく明るく接することができる。困っている人がいればどんな相手でも手を差し伸べられる。思いやりのある、どこのテンプレ聖女様だよってくらいの優しい女の子だ。


 そんな子が、朝から非モテの俺なんかを煽ってくるはずがない・・・・・・と思いたい。


「へ、へぇ~、そ、そうなんだ~。東城さんにも彼氏ができたのか~。爆発しろ~?」


 いかんいかん。おめでとうと言おうとしたのに、なぜか口からは怨嗟の念が漏れ出そうになってしまった。


「ち、違うよかずくん!か、彼氏なんてできてないから!告白は全部断ってるんだよ!」


「ぅええええ!なんで?もったいない!」


 告白を全部お断りしている、だと?


つまり東城さんは、相手を吟味するだけの余裕があると言うことだ。なんて羨ましい。俺がもし誰かに告白されたら、思考する間もなくオッケーの言葉を口にするはずだ。


「かずくんは、アタシが誰かと付き合っても、嫌じゃ、ないの?」


 ふむ。東城さんが誰かと付き合う、ということは、今以上に俺とは疎遠になるということ。週末にお出かけしたり、放課後にどこかへ遊びに行ったり、そういう東城さんとの日常がなくなるということだ。


「それは、ちょっと寂しい気がするなぁ」


 思わず口をついて出てしまった言葉だが、紛れもない俺の本心だ。俺の生活には、常に東城さんが一緒にいる。もしそれがなくなってしまったら、間違いなく寂しい。


 東城さんもそう思ってくれているようで、俺の言葉を聞いて、嬉しそうに目を細めていた。


「それでね、かずくんにちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」


「お願い?」


「う、うん。その、ね?あ、ああ、アタシの、こ、ここ、ここここ、恋人のふりをしてくれないかな!」


 ちょっとなにを言ってるのかわからないな。告白をたくさんされているから、俺に恋人のふりをしてほしい?恋人が欲しいんなら、告白してきたヤツの中から誰かを選べば良いだろうに。


 それとも、なにか俺に恋人のふりを頼まなければいけない理由があるのか?


「だ、ダメ、かな?」


「ちょっと待ってくれ。今考えるから」


 そう言えば、なにかのマンガかラノベで読んだことがある。モテすぎる女子は、他の女子から嫌われる、と。


 女子と仲良くなったことのない俺にはまったく無縁の世界だが、女子同士の付き合いは、ドロドロギスギスしたマウントの取り合いだとか。


エロい話をしとけば良い男子とはまったくの異世界だ。


 もしかしたら、モテすぎる東城さんは、非モテ女子たちからのやっかみで、イジメを受けそうになっているのではないか?だからこそ、これ以上周りからのヘイトを稼がないように、男避けとして俺に恋人役になって欲しい、と。


 俺が東城さんの恋人役になることでそれが解消されるというのなら、幼馴染みとして協力してやるべきなのではないだろうか?


「あれ?でもそれって、恋人役が俺である必要はないよね?告白してきた誰かにお願いするとか、もしくは本当に付き合っちゃえば良いんじゃああああああぁ!だからなんで囓るんだよ!いつの間に吸血鬼にジョブチェンジしたんだお前はあああああああぁ!」


 昨日の首筋に引き続き、今日は朝から手の甲を囓られた。首筋はまだ歯形と痣が残ってるって言うのに、これ以上生傷を増やさないでくれよ。


「わかった!恋人役でもなんでもやってやるから、囓るのを止めてくれ!」


「ふぉんふぉに?」


「本当に!ガチで!マジでええぇ!」


 そこまで言って納得したのか、ようやく東城さんは俺から口を離してくれた。危うく手の皮を噛み千切られるところだった。


「ふふふ、よし!」


 俺がいまだに痛がっている姿が見えないのか、東城さんは嬉しそうに笑い、ガッツポーズをしていた。







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