有馬温泉

 神鉄って婆さんとかはシンユー電車って言ったりするけど、あれはどうしてなの?


「それか。始まりが神戸有馬電気鉄道やったからそうや」


 へぇ、始まりは神戸から有馬を結ぶ観光鉄道みたいなものだったのか。そう言えば三田線って乗ったことあるの。


「あらへんな。三田線なんか三田学園に通うやつぐらいしか使わへんやろ」


 そこまでは言い過ぎかもしれないけど、地元からなら新開地にしか行かないものね。ツーリングでも、


「どうやって市街地をパスするかしか考えへんもんな」


 そんな感じ。丹波にツーリングに行く時の通過都市だもの。三田で立ち寄ると言えば、


「コメダのモーニング」


 そうなってしまう。六甲北有料道路がもうちょっと伸びていて、三田市街をパスしてくれていたら、どんなに良かったかと思うぐらい。


「うちの故郷も他人のことを言えんけどな」


 神戸電鉄って今でも有馬温泉に行ってるよね。


「ああそうや。昔は新開地からの直通もあったらしいけど、今は有馬口で乗り換えらしいで。ところでやが千草は有馬温泉に泊ったことあるか?」


 あるよ。近すぎる観光地ってかえって行かないけど、さすがに故郷の人間なら一度ぐらいは泊った人が多いのじゃないかな。あれは小学校の時だったよ。なんか懐かしいな。


「家族旅行やってんやろ」


 もちろんそうだ。でもね、あれは最後の家族旅行みたいなものだった。


「千草の親っさんは旅行が嫌いやったんか」


 そうではないと思うけど、千草の家も複雑なんだよね。


「そやった、そやった。悪いこと聞いたな」


 良いよ。済んだことだし。千草の実母は不倫騒動を起こして家から叩き出されてるのよね。その後に後妻さんが来たのだけど、後妻さんも最初は千草と仲良くなろうとしてたんだ。千草はとにかく複雑だったけど、あの有馬旅行は親父が後妻さんと仲良くさせるためだったんだろうと今なら思うな。


「どこ泊ったん」


 グランドホテルだったはず。


「それって中の坊か」


 そうだったはず。あれは夏休みでプールに入ったのを覚えてるよ。夜は卓球もやったよ。


「温泉卓球やな」


 そうなるか。あの時は家族団欒って感じもあったから楽しかった。けどね、それから後妻さんに息子が出来、それからは継母と継子関係になって行ったんだ。その直前の一瞬の輝きみたいな時間だったかな。有馬か、なんか懐かしくなってきた。


「行こか」


 梅雨空だよ。


「そやからシンユー電車でや」


 あははは、それ良いかも。そうなると新開地からになるよね。


「千草がそうしたいんやったら、そっちでもエエけど・・・」


 そっかそっか、家からなら地下鉄で行く手もあるのか。以前は新神戸から北神急行だったけど地下鉄と合併したから料金も安くなってるはず。


「もう新開地から有馬温泉に行くやつなんておらへんのんちゃうか」


 たしかに。来週も梅雨は明けそうにないから行って見ようよ。なんか突然みたいに決まったけど、翌週には有馬に向かって出発だ。まず三宮に出て、


「だいぶ変わってるな」


 再開発中だものね。地下鉄はこっちからだから、


「地下鉄もあんまり乗らんもんな」


 まあね。だってだぞ、あんなとこを走る電車なんか用事なんかあんまりないじゃない。前に乗ったのは運転免許の更新の時だったかな。


「ゴールドは伊丹や明石に行かんでも県庁の近くで免許の更新できるもんな」


 地下鉄にしたのは、ちょっと失敗だったかもしれない。こっちの方が早くて安いけど、地下走ってるから景色が何にも見えないもの。たとえ有馬でも旅行だから、景色を見ながらテンション上げてく感じになりにくい。それでも新神戸から六甲山の長いトンネルを抜けたら、


「そこは谷上やった」


 梅雨空がどよんとしてるぐらいだ。谷上駅に下りるのも初めてだけど、ホームの向かいで乗り換えれるようになってるのか。なかなか立派な駅だな。


「上の丸とはエライ違いや」


 較べるのも恥ずかしいぐらいだ。待ってたら、ウルトラマンカラーの神鉄がやって来て、有馬口駅までご案内だ。これが三田線か。あんまり変わり映えしないな。当たり前か。有馬口駅で乗り換えだけど、この駅は良く言えばクラシック、


「風情に溢れ過ぎとるな」


 ここもホームで乗り換えだ。さすがに山の中に入って行くな。でもさぁ、こんなとこまで温泉があれば人は目指したのよね。そうこう言ってるうちに有馬温泉駅だ。それなりの駅ではあるけど、こんなものなんだ。


「客の数見たらわかるやろ」


 電車で来る人は少なそうだものね。改札口を出たら有馬温泉のはずだけど、ここって有馬の入口みたいなところのはずよね。ここからは歩きだけど、雨が止んでいて助かった。少し歩くと四つ角に出たけど、あんな噴水広場なんかあったっけ。信号を渡ると川沿いの歩道だけど、河原が広場みたいになってるぞ。


 全然覚えてないな。だって小学生の頃の話だものね。それに千草はクルマで来てるから、通っても見てない気がする。見てたって川の下まで見えないだろうし。そうそう有馬を代表する宿と言えば。


「♪有馬兵衛の向陽閣へ」


 あれってまだあるの?


「あるわい。最近やったらAKBバージョンがあるぐらいや」


 そうなんだ。そう言えばキムタクが泊った話もあったはず。あれって有馬のどの辺にあるのかな。


「あれや」


 あれって・・・あの川の向こうに見えるデッカイやつとか。こりゃ、失礼しましただ。さすがは浪花のモーツアルトとまで称えられた大作曲、


「フレッシュ九時半キダ・タローです」


 の偉大なCMソングの威力だ。関西人なら耳タコなんてものじゃないもの。でも次の信号を右に曲がると言う事は、今夜は有馬兵衛の向陽閣じゃないんだな。なんか惜しい気がする。曲がって入った道だけど、ここって、お土産屋さんだとか、飲食店みたいなのが軒を並べてるのだけど


「温泉街ってことになるんやが、オレも記憶にあらへんわ」


 コータローだって来たのは小学生の頃だものね。でもさぁ、どこも新しそうだから、千草やコータローが来た時にはなかったかもしれないよ。


「あったとしてもリニューアルしたんやろな」


 それはそうかもだけど、昔からあったって感じじゃないのは同意だ。この道の先にあるのはバスターミナルみたいだけど梅田まで行くのか。それは良いけどデカデカと書いてある、


「特急で五十五分、急行で六十分ってギャクかいな」


 それ思った。五分しか変わらないのに料金が変わったらアホらしいよ。そのバスターミナルの角のところだけど、どうもコータローには見覚えがあるみたいで、


「ここを曲がって入ったはずやねん。つうか、バスターミナルのとこで行き止まりやった気がするねんけど」


 きっと記憶違いだよ。あんな狭い道をクルマで通ったはずないじゃないの。そこからくねって回って登りになり、登ったところにある筒みたいなビルの前で、


「ここや、ここ。そやけどなんか違うな」


 池之坊満月城ってなってるけど、ここにコータローは泊ったみたいだ。でもさぁ、なんか雰囲気がおかしいよ。廃墟にはなってないと思うけど、ここって、


「みたいやな。旅館としては営業してへんみたいや」


 どうもその建物の周りは広い駐車場になってるみたいだけど、


「自信あらへんねんけんど、ここに石垣みたいなのがあるやんか。たぶんこの辺から入って、庭園になっとった気がするねん」


 コータローも気になってスマホで調べたけど、どうもコータローが泊ったのは旅館を廃業する少し前だったみたい。


「今来た道はあらへんかったはずやねん。そやなかったら玄関の位置が不自然やろ。やっぱりバスターミナルのとこから入って、こっちからまっすぐ入って来て・・・」


 よく覚えてるのに感心した。コータローもよほど思い出深いのだろうな。子どもの時の記憶って妙に残ってるところとすっかり忘れてるところが入り混じってあるのよね。


「そうやねん。この旅館かって他はエレベーターぐらいしか覚えてへん」


 コータローもやったのか。エレベーターは行きたい階のボタンを押すけど、あれがとにかく押したい時期は誰だってあったはず。それにしても結構歩くな。でさぁ、でさぁ、もう教えてよ。今夜はどこに泊まるの?


「そんなもん、♪月光園、月光園、あ、り、ま」


 あの有馬兵衛の向陽閣と並ぶぐらい耳タコCMの月光園なのか。やっぱり浪花のモーツアルト、


「フレッシュ9時半」


 もう良いって。どうも違うみたいなのか。もっともキタ・タロー作品はとにかく多くて一説では本人でも良くわかっていないとか、なんとか。


「さすがにそれはあらへんやろけど、キダ・タローやったらそれぐらい言うやろ」


 とにかく楽しみ、楽しみ。

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