梅雨時

 但馬へのツーリングをあれこれ考えたのはツーリングシーズンも終わりに近づいていたのもあったんだ。ツーリングの天敵は天気だ。具体的には雨が一番だけど、気温も手強過ぎる。冬の寒さも凍死しそうになるけど、


「夏はオーブンで照り焼きにされ熱中症になる」


 それでも頑張るバイク乗りはいるけど、そこまでは千草は出来ないな。


「オレかって堪忍や」


 そう考えるとツーリング出来る時期は短いのよね。三月の三寒四温の四温の日ぐらいから、


「梅雨明けぐらいまでやろ」


 梅雨が明けたら灼熱の季節だもの。とはいえ梅雨時には言うまでもないけど雨が立ちはだかる。なんてったって梅雨だから、


「梅雨の晴れ間を見つけてぐらいになるもんな」


 それまでだって雨のタイミングが休日になったらアウトなのがツーリングだ。夏になってしまえば、


「九月から頑張っても十二月ぐらいまでやろ」


 十二月もシビアだよ。小春日和があればぐらいになってしまうもの。でもね、バイクってね、そういう乗り物だから仕方ない。と言う事で今日も雨の休日だ。来週の天気予報も、


「なんか傘マークばっかりや」


 この調子だったら但馬へのツーリングは秋になりそうだ。梅雨時の天気は晴れと思っていても雨が降り出すことも多いし、但馬は北の方だから涼しそうなイメージはあるけど、


「フェーン現象で暑い時も多いからな」


 県内で最高気温が但馬なんて日も良くあるのよ。酷暑の時代だから四十度ぐらいになる日もあるぐらい。四十度って体温より高いどころか、熱出したってそこまではなかなか上がらないじゃない。


「風呂ぐらいになるもんな」


 でもね、ツーリングも良いけど、コータローとまったり過ごす時間も好きなんだ。この辺は幼馴染の同級生カップルだから共通の話題も多いかな。今日は高校時代の話になったのだけど、


「千草は東高やんか」


 千草の頃の高校進学は例外的なのを除いたら地元の県立高だったんだ。これはどこでも似たようなものだと思うけど、成績順で一番手校、二番手校、三番手校・・・てな感じで割り振られてく。コータローはバリバリの一番手校の明文館だけど、


「千草なら二番手校に行くと思うとった」


 せめてあそこは行きたかったな。明文館は別格としても、あそこだって前身は高等女学校の伝統校なんだ。レベルの差は明文館とはかなりあったけど、そうだな、頑張れば関関同立も夢じゃないぐらいだけど、現実的には産近甲龍ぐらいかな。


 だから地元的には二番手校に入れれば合格点って扱いになってた。そのせいだと思うけど、千草の中学と制服が同じだったぐらい。地元的にはそこまでレールが敷かれてた高校だったのよね。


 東高は千草の前の世代ぐらいだけどニュータウンが出来て人口急増期があったのよ。子どもも増えたから高校が足りなくって出来たのが千草の入った東高なんだ。いわゆる新設の三番手校になる。ちなみにさらに北高もその後に出来てる。


「千草もあれ着とったんか?」


 そりゃ、制服だから着てたわよ。新設校だから近隣の高校とは違う制服にしたのはわかるし、


「なんか有名なデザイナーに頼んだらしいやん」


 らしい。どういうツテがあったのか知らないけど、ウェディングドレスで有名だとかなんとか。名前ぐらいは千草も聞いた事はある。だったらさぞ可愛いものになりそうなものだけど、そうじゃなかった。


 ブレザーが基本だとは思うけど、そこはまあ良いとしとく。あの色ってなんなのよ。なにをトチ狂ったのかわかんないけど、グレーと言うより、あれは灰色だ。お蔭で付いたあだ名が、


『ドブネズミ』


 千草もそうだったけど、なんの因果でこんな制服を着ないといけないと思ったぐらい。もっと言えば東高にしか入れなかった罰ゲームみたいにしか思えなかったもの。だから不評なんてものじゃなく、千草が二年の年についに変更されたんだ。


 けどさ、新しい制服が適用されるのは新入生からなんだ。そうなるのはわからないでもないけど、とにかく羨ましくて、羨ましくて。これまたなんの祟りか千草がドブネズミの最終卒業生になってしまったもの。


「セーラー服が着たかったか?」


 ぐぬぬぬ。無いとは言えない。でもさぁ、地元でセーラー服は別格なんだよね。だってあの辺りでセーラーなのは明文館だけで、さすがは伝統校って感じだ。とにかくセーラー服ってだけで、それだけで特別扱いって感じにされてた。あれは優等生でおりこうさんの象徴みたいな扱いだったと思うな。


 でもさぁ、そう簡単に着られるものではないのよね。千草も見かけただけで憧れだったし、羨ましかったもの。この辺はこっちが東高のドブネズミだったのが輪をかけてた感じだよ。コータローは毎日見てたんだよね。


「まあそうやねんけど、衣替えで初めて夏服を見た時は眩しかったわ」


 わかるわかる。あの白いセーラー服に一度は袖を通したかったもの。だってだよ、東高のドブネズミはブラウスまで灰色だったんだよ。お蔭で、


『夏になってもドブネズミ』


 ここまで言われたもの。たくブラウスぐらい白にしろよな。


「千草も制服フェチやな」


 それはコータローだ。千草はフェチ野郎の欲望の対象だろうが。


「あれ聞いたか?」


 聞いたよ。故郷もご多聞に漏れず少子高齢化で子どもの数が減ってしまってる。東高も北高も定員割れが続いてたみたいで、なんと合併しちゃったんだよ。


「総合高校ってなんや」


 コータローが知らないものを千草が知ってる訳ないじゃないの。わかってるのは校名がその総合高校になるってことぐらい。校舎は東高のを使うらしいけど、東高の校名はこの世から消えてしまう。


 卒業したからって胸を張って言えるような高校じゃなかったけど、高校時代の青春の思い出が詰まってる学校じゃない。母校の名が消えるのは寂しいよ。もう二十年もしたらこの世に東高なんてあったのを忘れられちゃうんだろうな。


「千草は大学もそうやもんな」


 あっちの方が早かった。大学と言っても短大だったけど、今どき短大なんてわざわざ進学しないよね。


「今やったら四大か専門学校やろ」


 そうみたい。


「なんか梅雨っぽい話になってもたな」


 来週は晴れてくれないかな。

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