六章 1
「嫌だ……行かないで」
後ろで啜り泣くルミエルを置いて、俺は駆ける。心に芽生えてしまったものを振り払うように。もう二度と正道でそこに立つ機会を棒に振る勢いで。だってそこは俺がいるには明るすぎるのだから。
「起きろ、メイ」
「なんだよぉ、まだ早いじゃん」
あの誕生パーテイーからもう一ヶ月が経った。いきなり、この環境に身を置き始めたメイにとって、規則の正しくなる貴族屋敷の従者として生活することはなかなか辛いものがあったみたいだ。
「メイド長に叱られるぞ」
「だああ!!」
「やっと起きたな」
「スッゲェびっくりするんだよ! 脅かさないでくれよ!」
この屋敷のメイド長はなかなか厳しい。ルーナみたいな奴がいるから勘違いをしそうになるが、あいつもあいつでちゃんとした場ではしっかりと自分の役割を果たせるしな。それにまだ素人のメイに対しては最初が大事とでも言いたそうな感じでより一層厳しい教育をしている。
「それでも給料が高いからすごいもんな」
「区分が違う俺は別として一応貴族の屋敷だからな」
初めての給料をもらった時のメイの顔を非常に面白いことになっていた。予想よりも多かった……というよりも、量が初めてとでも言いたそうな顔をしていた。そもそも、俺たちからスった時はそれより断然に多かったし、それをこっそり指摘すると顔を顰めていた。
「おかけで、母さんと父さんにいっぱいご飯食べさせられてるしな」
「お前は歳がる見えると近いからな。しっかり学べば、お付きのメイドになってさらに給料がもらえるかもな」
「そうすれば、母さんの治療費を自腹で――」
「そうわけだ。お迎えは来ているから、頑張れよ」
俺はそう言い残してメイの部屋を去っていった。後ろには俺たちの会話を聞いていたメイド長がいたからな。あの会話を聞けばさらに教育が厳しくなること間違いなしだな。
「その心意気、見事です。手取り足取り教育を施します」
「え、ちょっと。置いていかないでくれ!」
「何度も言いますがその口の矯正をしっかりと行います!」
もう俺の知るところじゃないな。俺はこれからコッテリと絞られるであろうメイのことをほんのちょっとの罪悪感を抱いて足早にルミエルの部屋に向かう。
「俺の言えたことじゃないが、成果を得たいならそれ相応の対価を支払わないとな」
「あなたが言えることですか?」
ぶらぶらと歩いていたらルミエルに後ろから話しかけられた。気づいてはいたがルミエルがこういう時に危害を加えようとする奴ではないのはわかっているので特に何も思うことはなく、そのまま部屋に向かう足を止めることはなかった。
「平和ですね」
「んまあ、俺の仕掛けたトラップを除けばな」
二人してぼんやりと歩いているように見えるが、ルミエルは大半のトラップに対して何も思うところがないので極々自然な反応をしていた。
「もう少し勢いのあるものにできないのですか?」
「それするなら、もう一度最初の戦闘くらい屋敷が壊れないと無理だぞ」
「なら、もう一度戦います?」
「それ、俺に死ねって言ってる?」
そんな平和な一日がスッと続いている。この生活を続けると自分が暗殺者であるなんて忘れて……! いいや、俺はルミエルを殺すための暗殺者で、世界最高の暗殺者死神だ。
「俺は―――じゃない」
「……どうかしました?」
「いいや、なんでもない」
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