第4話 今、4日って

 弘美さんの作ってくれたお粥は、とても美味しかった。

 ただのお粥だというのに、作った人の思いやりが伝わってくる。

 私は遠慮なくごちそうになると、弘美さんが事の経緯を話してくれた。


 聡子ちゃんは、喉に重い悪性腫瘍が出来て、声が出なくなってしまった。そして転校して、治療に専念していたけど、翌年早々には治療の甲斐なく亡くなってしまったんだそうだ。

 

「葬儀も身内だけでひっそりとね」


「どうして私に連絡してくれなかったんですか?」


「・・・・うん、聡子がね、それだけはしないでって言い残して。紗代ちゃんが悲しむのを、天国で見たくないってね」


 そうか、それで電話もメールも繋がらなかったんだ。

 そんな事になっていたなんて、私が中学2年の頃には、聡子ちゃん、もうこの世に居なかったんだね。

 お粥の味が、涙混じりになりながら、私は一生懸命に食べた。

 食べたんだけど、やっぱりだめだ。

 スプーンが落下して、私はまた泣き出した。聡子ちゃんを想って。

 弘美さんは、病院でしてくれたみたいに、私をしっかりと抱き締めてくれた。

 きっと私、今ものすごくブサイクなんだろうな。

 幼い子供のように、私は恥を捨ててただ泣いた。

 弘美さんの広いマンションに、私の潰れたような泣き声だけが響いていた。

 泣くだけ泣いたら、少しは冷静さを取り戻す。

 お腹が満たされ、泣いた事で、つっかえていたものが抜けたように感じられた。

 

「紗代ちゃん、お風呂先にどう? あなた、四日も入っていないんだから、気持ち悪いでしょ」


 あれ? 4日? 今、4日って言ったわよね。

 ・・・・私、どこかで時間の感覚がおかしくなっている? まさか車の中で3日も寝ていた・・無いか、さすがにそれは。

 

「私、もしかして病院で何日も意識を失っていたんですか?」


「もしかして、気付いていなかった? そうよ、あなた生死の境をさまよっていたんだから」


 そうか、タイミング良く弘美さんが現れたんじゃなくて、私が救助されてから数日経過していたんだ。

 いろんな人に迷惑かけちゃったんだな。誰にも迷惑かけたくなくて、あの場所を選んだのに。

 私は、遠慮なく先にお風呂を頂く事にした。

 たしかに言われてみれば髪もベタベタで、こんな状態の私を車に乗せてくるのも嫌だったろうに、なんて思いながら私は久々のバスタブに身体を沈めた。

 そうして、ゆっくりと天井を見ながら色々と考える。

 そう言えば、なにか違和感があるのは何でだろう。

 私、どうして今、まるで何事も無かったようにこうして居られるんだろう。

 考えても仕方がないけど、やっぱりまだ、頭の中がぼやけているところがあるな。

 着替えに弘美さんの部屋着が置いてあった。「私のだけど、使って」って、なんだかまるで、親戚のお姉さんみたいだな。

 濡れた髪を乾かしていると、弘美さんが脱衣場で服を脱ぎ始めた。


「すいません、すぐ出ますね」


「あ、そのまま乾かしてていいよ、すぐ入っちゃうから」


 弘美さんは、そう言うとテキパキと服を脱ぐ。

 私は少し異様な物を見た気がした。

 彼女の身体は、見た目の可愛らしさとは違い、よく鍛えられたアスリートのような体つきに、明らかにおかしな傷がいくつか見えた。

 私は任侠の家で育ったからわかる。そのうちの一つは、銃で撃たれた跡だ。

 

 ・・・・そう、弘美さんはカタギではない人なんだ。


 多分、私と同じ、極道の女だ。

 それも、妻や愛人ではなく、構成員の方の。

 そして、私はさっきまで違和感と捕らえていたものの正体を理解したんだ。

 そう、彼女が聡子ちゃんに似ている、という曖昧な理由で付いてきたけど、彼女の素性が本当に聡子ちゃんのお姉さんだという証拠は何もない。

 私を売り飛ばそうとした菊田会系の構成員だという可能性を、不覚にも私は選択肢から排除していた。

 ・・そう言えば、さっきの電話・・

 [じ後処理、どうするのよ、私、嫌だからね、あんたの尻拭いするの]とか言っていた。

 あれは、私をこの後、どう始末するかの相談? いや、ただ殺すなら、あの場で殺した方が簡単のはず。

 菊田会にとって、私は仇敵の娘、ただ殺したんじゃ意味がない。


 たっぷりと苦しみを与えて、見る人がトラウマになるほどの残虐性で始末する必要がある。


 そうか、そう言うことか。

 道理で、親切な訳だな。

 

 私は逃げた。

 部屋にあった弘美さんのコートを羽織り、マンションを飛び出して、夜の世田谷に飛び出して行ったのだった。

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