第22話 その反応は・・・

授業終わりのチャイムが鳴った。

教卓からこちらに向き直った教諭が締めの言葉を投げかけると、号令がある。静まり返った礼の後、教室内は一気に騒がしくなった。

午前の授業がすべて終わって、早々に教室を出て行くクラスメイトもいる。私もそれを見ていそいそと準備する。


お弁当のバッグを抱えて、教室を移動する。

トン、トン、トンと少しだけ早く打つ心臓の鼓動。緊張はない。これは、待ちきれなくて楽しみに思っている時の鼓動だ。


教室に踏み入る前に、葵の姿を確認する。クラスメイトと話しているようだ。

でもすぐに私に気づいて手招きした。

朝、いきなり言った誘いだったが、大丈夫だったらしい。


私が葵の席まで行くと、突然立ち上がって「私やっぱり…」と後ずさろうとしたのは、葵のクラスメイトだった。


「待って純ちゃん。麗華、こちら山田純ちゃん、いつも一緒にお昼食べてるんだけど一緒に食べていいよね?」


小柄で眼鏡の娘は、怯えているのか肩を強張らせている。


「ええ。いいから座って、山田純さん。ね」


初めましての彼女に社交的な自分を見せるようにと、少し取り繕ったような笑顔と言葉で答えたのは正しいだろうか。

山田さんの肩に手を置いて、名前を確認するように呼ぶと座ってもらった。


「は、はい……」


欲を言えば、葵と2人が良かったけれど、正直誰かにいてもらった方がいいと思っていたのも事実だ。


他人行儀に学校で、葵とあまり関わりを持たなかったのは自分に自信がなかったせいだ。私と学校でまで関わるのは、葵は疎ましいだろうと思ってたから。藤宮家の関わりを学校でまで、持ち込まれるのは嫌だろうと思ってきた。

クラスもいっしょになったことがない。そのことを葵は、良かったとまではいかなくとも、ほっとはしているんだろうななんてずっと思ってた。気になりはするけれど、葵の交友関係に触れないできた。それで私なりに気遣っているつもりだった。


葵を見ると、ニコッと笑顔を向けられる。


「食べよっか」


葵がそう言って一区切りつけると、3人それぞれにお弁当を出して広げる。

結局、会話を回してくれるのは葵だったんだけれど、やっぱり3人だったから会話がはずむまではいかなくとも、沈黙が気になることがなかった。まだ緊張の見える山田さんはそれでも話しかけてくれたし、少しくらいは目を合わせてくれた。すぐ逸らされてしまうのは、私にもなんとなく気持ちが分かるから気にならなかった。

山田さんをだしにして、葵の視線が山田さんに行ってる間、私は葵のことを眺めてた。お屋敷で見る葵とは違う、私と2人でいる時とも少し違う気がする。もう少し砕けた雰囲気に少し嫉妬しそうになる。春美さんには嫉妬より諦めを感じていたのに、自分でも不思議に思う。


そのせいではないと思うけれど、気を取られていたと思う。

山田さんがこちらを向くと2度見して、「あっ…」と声が漏れたのが聞こえた。

何だろう今の視線と不思議に思って首を傾けて、葵の方を見る。

葵の視線は、やや下にあって、


「麗華」


呼び止められたから、


「ん?」


と返事すると、身を乗り出して葵の手が伸びてくる。


「ふっ…、ついてる」


唇の端に触れた葵の指が何かをぬぐった。私はただ固まって葵を見ていると、その指が当たり前のように葵の口の中に運ばれてしまった。

固まった私は、顔が急に熱くなった。ご飯粒をつけて恥ずかしいと思った以上に、葵の行動に熱せられる。

反則だ…急にそんなことをするのは……、私の唇についてたご飯粒ナチュラルに食べたりするなんて……。


山田さんも私達を交互に見て、箸を持つ手が止まっている。

こんなこと普通はしたりしないんだよ。

今の私たちの関係性で、葵の方からこんなことがあるなんて思わなかった。


唇の端に手を置いて固まった私を見て、ハッとした葵が


「ごめん」


と謝った。謝られるのはなんか違うんだけれど……。


「ううん」


それで、私は顔を伏せるようにお弁当の続きを食べ続けた。





帰りの時間、迎えの車が葵のマンション前に着いて、葵が降りる。

私も運転手さんに「私も降ります」と言って、葵に続いて降りた。


車のドアを閉めて、見送ると少し驚いた葵と目が合う。

今日葵の家に寄っていくなんて一言も言っていないから当然だ。


「麗華どうしたの?」


「どうもしていないけど、降りちゃった。いい?」


「うん、いいよ……」


何も聞かないでいきなりお邪魔するなんてしないから、驚くのは当たり前だけれど、葵はダメだなんてやっぱり言わなかった。


リビングに入ると、


「飲み物用意するね、ミルクティーでいい?」


と聞かれて、すぐに葵はキッチンに向かおうとした。


「ううん、いらない」


そう言って、私は葵の手を捕まえて一緒にソファーに座らせる。

また午後から私は集中できない授業を受けていた。

気になったことを端に置いておけなかった。


捕まえた手を離さない私に、葵がなんとなく身構えているのが分かった。

だから、普通に話するつもりだったのに、私の気持ちはなんだか煽られてしまった。


葵を捕まえているのとは反対の右手を伸ばした。


「葵は、私の唇に触ったのに何も感じなかった?」


「……」


葵の唇の端、葵が私の唇に触れたのと同じ位置に人差し指で触れてみる。

私の心臓はバクバクと鳴っている。私だけだ、こうやって触れて熱くなっているのは・・・きっと。


葵は何も言わないし、身動きもしない。

だから、その指を横に滑らせてはっきりと唇をなぞる。気にもしてくれないだろう葵への仕返しと、触れたくてたまらない私のわがままだ。

手を離そうと、唇に向けていた視線を上げると、葵と目が合う。

瞳がわずかに揺れて、視界に入った葵の耳が赤くなっているのに気づいた。


「えっ?」


思わずそう言っていしまったのは、葵の反応が予想していなかったものだったからで。いやさすがに、こんなことをされれば誰だって照れるのか……?

だからって、やっぱり葵が私を止めないのはどうかしてると思ってしまう。


私は葵の方に倒れ込んで、その肩に額をつく。

「はーっ」と盛大にため息をついて、数秒そうしていた。


葵はそうしている間も何も言わないし、身動きもしない。また目を合わせるとダメだ。自分の口を手で覆って


「帰る」


と立ち上がった。床に置いていたカバンを手にすると、急いで玄関から飛び出した。









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